第44話 茉理side セイヤ様 3

「前にも僕は一度助けられた事があるんだ。この近くのイベントに出た時に魔獣が現れて避難したんだけど、アマゾネスが現れて倒してくれたんだ。もし彼女がいなかったら、たくさんの被害が出てたんじゃないかな」


 それは恐らく、茉理が初めてセイヤの姿を見た時の話だった。

 それは茉理にとっていつもと変わらぬ魔獣退治、だけどそれをこんな風に他の人から言われたことなんて無かった。


「じゃあ、アマゾネスが怖いとは思わないんですか?大人しくて、守ってあげたくなるような子が好きなんじゃ?それにアマゾネスは、あんなたくさんの人から、残虐無悲とかグロすぎてR指定が入るとか言われているのに」


 それは人がアマゾネスについて語る際、必ずと言っていいほどつけられる言葉だった。ネットでアマゾネスと検索すると、同時に打ち込まれるワードの上位はほとんどそんな言葉で埋まっている。

 だけどそれを聞いてセイヤは言った。


「確かに大人しい子は好きだけど、それ以外が嫌いってわけじゃ無いよ。活発な子もいいと思うし。それに世間の声ってのは、悪い言葉の方がどうしても広がるんだ。僕だってネットじゃさんざん叩かれてるよ。あること無いこと言われたり、絵が下手だって言われたり、絵が下手だって言われたり、絵が下手だって言われたり……」

「ああ……」


 セイヤが絵が下手なのは茉理も知っている。もちろんその程度で幻滅したりする事は無いが、どうやら本人は相当気にしているらしい。


「でもいくら悪意のある声が大きくても、応援してくれてる人はちゃんといる。アマゾネスだって、感謝している人はたくさんいると思うよ」


 そんな人がいると言うのは茉理も知っていた。世の中にはアマゾネスを肯定する声も少なからずあった。それを知りながら尚、茉理は「怖い」や「残酷」と言った負の言葉に怯えていた。さっきセイヤの言っていた通り、悪い言葉の方がどうしても広がってしまうから。心に突き刺さってしまうから。

 だけど――――――


(アマゾネスを認めてくれる人、ちゃんといたんだ)


 こうして直接感謝の言葉を聞くことで、今まで抱いていた不安が消えていくような気がした。それを言ったのがセイヤだと言うのも大きいかもしれない。


「ええーっ、俺はやっぱ無理だな。グロいの嫌いだし、あそこまで暴力的な女なんてあり得ないよ」


 マネージャーが再び口を開くが、それを聞いても前ほどのショックは無い。悪意ある言葉をぶつけられるのをあれだけ嫌がっていたと言うのに、今は不思議と怖くない。

 その時、ふと何やら心に引っ掛かるものを感じた。


(あれ?前にもこれと似た事があったような?)


 頭に浮かんだのは、幼稚園の頃の記憶だった。誘拐事件の直後の、周りのみんなから怖いと言われ距離を置かれていた頃の記憶だ。

 だけど同時に、思い出す。辛い記憶に隠れた、大切な思い出を。


『僕たちが助かったのは、茉理のおかげだよ』


 あの時、一人ぼっちになりかけていた自分にそう言って味方してくれた子がいた。


「―――――ぷっ。あははっ!」


 気がつけば茉理は吹き出して笑っていた。突然の出来事にセイヤとマネージャーは意味が分からず、キョトンとしている。


「僕、なにか変なこと言ったかな?」

「違うんです。ちょっと昔の事を思い出したんです。とても、大事な事を」


 セイヤはますます分からないと言った風に首を傾げるが、そんな彼に向かって茉理は言った。


「すみません。ここからはお二人だけで逃げてください。私は、やらなきゃいけないことがあるんです」

「えっ?」


 セイヤが驚くのがわかった。多少離れているとはいえ、近くではまだ魔獣が暴れている。すぐにでもこの場を離れるのが賢い選択のはずだ。


「危険なのは分かってるよね?」


 念を押すように、あるいはその覚悟を確かめるように問う。できることなら一緒に逃げようと言っているようだった。

 茉理も、このまましばらくセイヤと一緒にいたいと言う気持ちはある。憧れの人なのだから当然だ。けれどそれでも、答えが変わることは無かった。


「まだ近くに友達がいるんです。とても大切な友達が」

「………そうなんだ」


 凛とした声で返した茉理を見て、セイヤもそれ以上食い下がりはしなかった。

 変わりにマネージャーが前に出る。


「えーっと、君はここに残るんだね。僕達はもう行くよ、セイヤに何かあったら悲しむ人が大勢いるから」

「構いません、私は自分の都合で残るだけですから。二人は早く逃げてください」

「そうかい。じゃあ僕らはもう行くよ」


 マネージャーはそう言うと、セイヤについてくるよう促す。それに従うセイヤだったが、最後に茉理を振り返りった。


「君と、君の友達の無事を祈ってるから」

「――――――っ。はいっ、ありがとうございます!セイヤ様も無事でいてください。これからも応援しています!」


 最後まで身を案じてくれたセイヤに、お礼とファンとしての言葉を送る。その後ついでに、マネージャーに向けても言った。


「マネージャーさん、今度はセイヤ様を突き飛ばしたあげく、置き去りになんてしないでくださいね」

「えっ?」


 とたんに顔が引き吊るマネージャー。それを聞いたセイヤも、ジトッとした目で彼を見た。


「違うんだ。あれは事故で偶然で不可抗力で、僕にはなんの責任も無いんだ。そもそも君は誤解して………」


 あれこれ喚きながら茉理のいる方を向くが、その時既に彼女の姿は無かった。


「どういう事か、後でしっかり説明してもらいますね」


 セイヤにそう言われ、真っ青になるマネージャーだった。

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