第13話 茉理の異変 1
「浩平、前に私の私服を作ってもいいって言ってたけど、それってまだ生きてる?」
最後に魔獣と戦ってから数日後、学校で茉理に呼び出されたかと思うと、突然こんなことを言われた。
俺は夢を見ているのだろうか?茉理が自分から服を欲しがるなんて、とても現実とは思えない。
「茉理、俺の頬を思い切りつねってくれないか」
「……いいけど?」
首を傾げながら、茉理は俺に向かって手を伸ばす。
「ぎゃぁぁぁぁっ!」
「あっ、ごめん。痛かった?一応手加減したんだけど」
痛いなんてもんじゃない。ちぎれたんじゃないかと思った。だが恐らく手加減したという言葉に嘘はないのだろう。もし本気でつねっていたのなら、今頃本当に頬がちぎれていたに違いない。
とにかく、これだけ痛いということは夢ではないようだ。
「本当に、俺の作った服を着てくれるのか?」
念を押すように確認するが、こうして口に出してみるとまだ全然現実感が湧いてこない。だが茉理は頷き、更に続けた。
「うん。それと、オシャレのなんたるかを教えてほしいの。私、可愛くなりたい」
オシャレ。可愛くなりたい。茉理の口からは決して出るはずの無い言葉に、俺はただ驚くばかりだ。いったいどうしたと言うのだろう。そんな疑問が微かによぎるが、それよりも喜びの方が遥かに勝っていた。
茉理を可愛く着飾らせることができる。それはもはやファッションデザイナーになることと並んで俺の夢と言って良かった。そしてその夢がついに叶うのだ。気がつけば固く拳を握り、肩を震わせていた。
だが、何も言わない俺を見て、茉理は少し不安な顔をする。
「どうしたの?もしかして、私じゃ可愛くなるなんて無理なの?」
「そんなこと無い!」
飛び出した弱気な言葉を打ち消すかのように俺は叫ぶ。そして今まで黙っていた思いの丈を吐き出した。
「いいか茉理、お前は元々素材はいいんだ。いや、今のままだって本当は物凄く可愛い。ただ普段の残念な言動がその全てを台無しにしているだけなんだ」
「……それって誉めてるの?それとも貶してるの?」
複雑そうな顔をするが、どちらでもない。全てただの事実だ。
「けどな、お前が持っているスペックを余すことなく引き出せば、例え相手がモデルやアイドルだって敵わない。俺が保証する、お前は誰よりも可愛くなれる!」
この時の俺は喜びのあまり心のタガが外れていたのだろう。普段は恥ずかしくて可愛いの一言を告げるのが精一杯だと言うのに、今は称える言葉が溢れだして止まらない。ここまで言われるとは思わなかったのだろう、茉理も少し圧倒されている。
だけど、それからニッコリと笑って言った。
「いくらなんでもそれは言い過ぎだと思うけど……でも、ありがとね」
ああ、やっぱり可愛い。こんな茉理を着飾り、磨きあげることができるかと思うと、天にも昇る気分だった。
「じゃあ、今日の放課後さっそくはじめよう。俺の家でいいか?」
「うん、お願い」
なぜ茉理が突然こんな事を言い出したのか分からない。だがだが俺は、ただ降って湧いたこの幸せな状況に打ちひしがれていた。
その日の放課後。
目の前に、ネイビーのブラウスに白のフレアスカートといった服装の茉理が立っている。今回のコーデのテーマは清楚系だ。いつも着ているジャージとは違い、洗練された組み合わせが茉理の可愛さを引き出している。
だがそれを見た俺は、一言も発することなく沈黙を貫いたままだった。
「ねえ、どうかな?」
その言葉にようやく我に帰る。いけない、思わず見とれてしまっていた。
「いい、凄くいい!」
「ほんと!」
「ああ。次はこれを着てみてくれ。アクセサリーはこれを……いや、これだとこの組み合わせの方がいいか?」
何着もの服を手にしながら、次はどの組み合わせにしようか悩む。カジュアルな感じにするか、ボーイッシュなのもいいな。
そんな俺達の様子を、バニラが目を丸くしながら見ていた。
「いったい何が起きたニャ?」
「茉理が可愛くなりたいって言ったんだ。だからまずは色々な服を着せるところから始めようと思ってな」
俺の言葉の通り、茉理は今、着せ替え人形のごとく様々な服を次々と試着している。こうして見比べることで、どんな傾向が一番似合うのかを探っていく。
「それにしても、どうしてこの家に女物の服がこんなにたくさんあるニャ?今はほとんどボクと浩平くんしか住んでいないニャ」
「服作りの参考にするために、気に入ったのがあれば買うようにしてるんだ」
「なるほどニャ。でもこれ、浩平くんの服よりも多くないかニャ?」
「いいだろ。そのおかげで、今こうして茉理を着飾らせることができるんだから」
そうしている間にも、茉理は次々と衣装を変えていく。今まで見たことの無いその姿に、服作りの参考と言う本来の目的さえも忘れそうになる。できることなら永遠にこの至高のファッションショーを堪能したいくらいだ。
「ところで茉理ちゃん、何でまた突然オシャレに目覚めたニャ?」
それを聞いて次の服を選んでいた俺の手が止まる。喜びのあまり舞い上がってすっかり忘れていたが、そう言えばまだその理由をちゃんと聞いていなかった。
「そうだな。何もないのに急に興味が出てきた、なんて事はないよな。俺も聞きたい」
何しろ茉理がこんなことを言い出すなんて、幼なじみの俺でさえただの一度も記憶に無い。いったい何があったのか、ぜひ聞いてみたかった。
だが茉理はすぐにはそれに答えず、困ったように口ごもる。
「えっと、それは…」
何か言いにくい事なのだろうか?だがオシャレをしたり可愛くなりたいと思うのは自然なことだ。言うのを躊躇う理由なんて想像がつかない。
茉理はそれからもう少しだけ迷った末に、今度はとたんに真面目な顔になる。何なんだ?
「オシャレの理由も言うけど、それとは別に話があるの。とっても大事な話が」
「何だよ改まって」
俺は軽く答えながら、その実内心では不安を感じる。今の茉理からは、さっきまでとは打って変わって僅かな不安と確かな緊張が見えた。いったい何を話そうというのだろうか。
一方でバニラは、そんな変化が分からないのか暢気なものだ。
「さては悩み相談かニャ?大丈夫、人間の悩みなんてボクらニャンダフル星人にとっては些細なことだニャ。ここは大船に乗ったつもりで話してみるニャ」
こいつは何かにつけて人間に対して上から目線の発言をするな。些細なことなんて言われたら却って話しにくくなると思うぞ。
それでも茉理は、僅かに躊躇うそぶりを見せながらも結局は口を開いた。
「あのね、実は……」
出かかった言葉に、ゴクリと唾を呑み込みながら続きを待つ。だがそれ以降を聞くことはできなかった。茉理が次を言う前に、部屋の中に気の抜けた音楽が響いたからだ。
にゃ~ん、にゃ~ん、にゃ~んにゃにゃ、にゃ~んにゃにゃにゃ~ん。
にゃ~ん、にゃ~ん、にゃ~んにゃにゃ、にゃ~んにゃにゃにゃ~ん。
※『スターニャーズ』、帝国のテーマに合わせて脳内再生してみよう。
「むむっ、魔獣出現の合図だニャ!」
「前から思っていたけど、その合図もっと緊張感のあるやつにした方がよくないか?」
一応危機を知らせるサイレンのようなものなのだから、こんな脱力感のあるやつと言うのはどうかと思うぞ。
「何を言うニャ。この曲はニャンダフル星ではダウンロード数一年連続一位の名曲ニャ」
「ニャンダフル星人の感性が地球人とは違うってことはよく分かったよ」
俺とバニラがしょうもないやり取りを繰り広げるが、その間茉理はさっきまでと同じ体勢で固まったままだ。大事な話の腰をおられたのが嫌だったのかもしれない。
とはいえ、魔獣が出た以上放っておくわけにはいかない。いつも茉理に瞬殺されているのであまり実感はないが、相手は街一つを簡単に壊滅させられるような怪物だ。すぐに対処しないと被害が出てしまう。
「茉理、悪いけど話は魔獣を倒してからでいいか?」
「うん……分かった」
よほど言いたい事があったのだろうか、力の無い返事が返ってくる。そんな様子を見ると心が痛むが、さすがに魔獣を後回しにするわけにはいかない。
「ごめんな。帰ってきたら、ちゃんと話を聞くから」
なだめられながら、茉理はいつものように魔法少女の衣装に着替え、両手に俺達を抱える。
こうして俺達は、もう何度目かも分からない魔獣退治へと向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます