第12話 敵幹部現る 2

 一方立ち上がったシレーはと言うと、気を取り直して再び語り出している。


「私がこうして来たからには、貴様ごとき問題では無い。己の無力さを思いしれ」


 今度はちゃんと言えて満足そうなシレー。しかし俺は今までのやり取りを見てホッとしていた。幹部が出てきてどうなるかと思ったが、こいつらならなんとかなりそうな気がする。


「それで、あなた達が戦うの?でもその体、ホログラムなんだよね?」


 話を聞き終えた茉理が尋ねる。ホログラムなら茉理に殴られる心配も無いだろうが、攻撃する手段も無いだろう。だがシレー達は不敵に笑った。


「その通り。我々は直接戦ったりはしない。貴様の相手はあくまで魔獣だ。だが、今までの魔獣とは一味違うぞ」

「その通り。我々は魔獣をその場で強化することができるのだ。生まれ変わった魔獣の姿を見よ!」


 そのとたん、魔獣の体が光りだした。そしてどういう原理かは分からないが、みるみるうちにその姿が全く違うものへと変貌していく。


 肉食獣のような顔は丸みをおび、四足歩行立った四肢が手と足に別れ、ゴワゴワした体毛がモコモコなものへと変わる。そして完全に変わった姿を見て、俺は声をもらさずにはいられなかった。その姿はまるで…


「……テディベア?」

「あっ、浩平くんもそう思うニャ?」


 魔獣の変貌した姿はどこからどう見てもテディベアだった。大きさは元の魔獣とそう変わらないため巨大ではあるが、なんとも可愛らしい姿には思わず癒される。


「でも、どうしてテディベアなの?」


 茉理が当然の疑問を口にする。実際の戦闘力は分からないが、これでは元の方がずっと強そうだ。

 しかしそれを聞いたシレーはよくぞ聞いたと言わんばかりに語りだした。


「幾度の敗北を経て、我々も多少は地球人のことを調べることにしたのだよ。国や宗教、文化に価値観、人気のお笑い芸人からからインスタ栄えするスイーツに至るまでな」


 ドヤ顔で語っているところ悪いが、果たしてそれは意味があったのだろうか?特に後半。そして今のところテディベアの理由がさっぱり分からない。

 だがそれは間もなく語られた。


「そして知ったのだよ。貴様のような女子は可愛いものが好き、すなわち弱点なのだと。どうだ、この可愛い姿になった魔獣を攻撃などできるか?できるはずがあるまい。フハハハハハハ」

「流石ですシレー様。このウワン、その知略に感服いたしました」


 ……うん、薄々分かっていたが、こいつらアホだな。まあ、俺の隣にいるバニラは戦慄しているが。


「確かに可愛いニャ。これはボクにとって協力なライバルの出現だニャ」


 とはいえ、これだけ愛らしい姿だと攻撃したくない気持ちも少しは出てくるかな?だがそれはあくまで俺の感性での話だ。茉理は違った。


「あっ、話終わった?じゃあ、もう殴って良いよね」


 ドゴォッ!

 茉理が言い終わるのと同時にテディベアの、もとい魔獣の体が吹っ飛んだ。これは思いきり殴ったな。多分何の迷いもなく。


 一方、それを見たシンリャークの二人は目を丸くしている。


「なっ…なっ…なっ…何てことするんだーっ。あんな愛らしいテディベアを思いきり殴るなんて!」

「えっ、だって敵でしょ?だったら倒さないと」


 やっぱりな。茉理は基本可愛いものにほとんど関心を示さない。動物型のクッキーを出されても躊躇い無く真っ二つにするし、誕生日プレゼントにぬいぐるみよりもダンベルをもらった方が喜ぶような子だった。

 だが納得のいかないシレーはなおも叫ぶ。


「いくら敵って言ってもあんなに可愛いんだぞ。少しは良心が痛まないのか!」

「うーん、別に平気だけど?」

「鬼!悪魔!血も涙もないのか、なんて恐ろしい奴なんだ!」

「恐ろしい、そうなのかな…………」

 

 散々文句を言われ堪えたのか、さすがの茉理も手を止める。それから少しの間何やら思案していたが、何を思ったのか魔獣のもとへと寄っていった。


「可愛い子を殴り飛ばすから怖いんだよね。それじゃあ……」


 殴り飛ばされた魔獣は、死んではいないものの目がバツになって倒れている。茉理はその頭を片手で掴み上げると、もう片方の手を顔へと伸ばし、そこに指を突き立ってた。

 そして……


「よいしょっと」


 そんな掛け声と共に、辺りには嫌な音が響いた。


 ベリベリベリベリベリッ!


 何の音かって?茉理が魔獣の顔の皮を力任せに剥ぎ取った音だ。


「グオォォォォッ!」


 悲鳴をあげる魔獣。無理矢理顔の皮を剥がされたのだから無理もない。まるで人体模型のように中の筋肉がむき出しになり、大変グロテスクだ。更に吹き出た血が辺りを真っ赤に染め上げていく。

 しかし、こんなおぞましい惨状にもかかわらず、茉理はそれを見て笑いながら言った。


「よし、これで可愛くなくなった」


 いや、あの、茉理?得意気に言ってるところ悪いんだけど、いくらなんでもこれは引くぞ。お前なら躊躇い無いだろうなとは思っていが、ここまでするのはさすがにどうかと思う。


「ま、茉理ちゃん、それはあんまりニャ」


 バニラも微かに震えていたが、恐らくこれを見て最も怖がっているのはアイツだろう。


「キャァァァァァッ!」

「シレー様、お気を確かに!」


 目の前で繰り広げられた光景がよほどショックだったのだろう。シレーは顔を剥がされた魔獣よりも大きな悲鳴をあげながら再び腰を抜かしていた。

 しかし、この事態を引き起こした茉理本人はそんなものどこ吹く風だ。


「さあ、可愛くなくなったことだし、これで遠慮無く攻撃できるよね♡」


 いったいいつ遠慮なんてしたのだろうか?そんな疑問を挟む間もなく、茉理の拳は魔獣へと叩きつけられる。


 殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る。


 ここまで来ればあとはいつもと変わらない。瞬く間に魔獣はただの血と肉の塊へと成り果てた。


「さてと、次はあいつらか」


 魔獣を殴り殺した茉理は、次にシレーとウワンの方に目を向ける。その途端、ビクリと肩を震わせる二人。

 とはいえこの姿は立体映像だ。さすがに殴ってどうこうと言う分けにはいかない。

 だが、特別何か対処をする必要は無かった。


「ひぃぃぃっ!」


 茉理と目が合ったとたん、二人は悲鳴をあげると瞬時にその姿を消した。早い話が、逃げた。

 いくら実態がないとはいえ、茉理と向き合うのが怖かったようだ。

 そして空に浮いていた宇宙船も、みるみるうちに高度を上げて去っていく。


「お、覚えてろよ。次は必ずやっつけてやるからな!」


 最後にそんな捨てゼリフが響いたが、その声はメチャメチャ震えていた。

 魔獣は倒され幹部たちは逃げ帰り、その場には俺達三人だけが残る。


「終わったみたいだし、帰ろっか」

「そうだな」


 結局、多少いつもと違う事はあったものの、茉理の圧勝という結果に変りはなかった。


「あいつらもこれに懲りて地球侵略なんてやめてくれればいいんだけどな」

「それは難しいニャ。シンリャークは宇宙一諦めが悪いことでも有名だニャ」


 俺の呟きを即座に否定するバニラ。さっきのビビり様を見たらいい加減懲りるんじゃないかと思っていたが、どうやらそう簡単にはいかないようだ。


「また来たら何度でもやっつければいいんだよ」


 我らが魔法少女は頼もしい事を言ってくれる。確かに茉理がいる限り、例えシンリャークが何度やって来ても大丈夫だろう。


「それじゃ、帰るよ」


 茉理は来た時と同じように、俺とバニラを抱き抱える。あとは瞬間移動よろしく、瞬時に俺の家に移動しているだろう。そう思っていた。


「あれ?」


 目の前の景色を見て声を漏らす。てっきり俺の家についたものと思っていたが、そこは相変わらず屋外だった。辺りを見回すと、魔獣と戦ったイベント会場からほとんど離れていない。

 なぜまだ俺達はこんな所にいるのか、考えられる理由は、茉理が途中で足を止めたくらいのものだ。しかしなぜ?


「茉理ちゃん、どうかしたのかニャ?」


 バニラが声をかけるが、返事はない。まるで周りの音など耳に入っていないように、茉理は何の反応も示さなかった。


「茉理!」

「―――っ!」


 今度は俺が、口調を強めながら耳元で叫ぶ。これは流石に聞こえたのか、ビクンと身を震わせながらこっちを向く。


「な……なに?」

「なにって、それはこっちのセリフだ。どうしたんだ?急に立ち止まったかと思ったらボーッとして」


 どうしたのかはさっぱり分からないが、らしくないその行動に不安を覚える。すると茉理は、ある一ヶ所を指差した。


「何でもないの。ただ、あれ何かなって思って」

「あれって?」


 指し示した先を見ると、そこには何人もの人が集まっているのが見えた。


「魔獣から逃げてきた人達が集まってるみたいだニャ。今回はいつもより人数が多いニャ」

「ちょうどイベントで人が集まっていたからな。けど、それがどうかしたのか?」

「ううん、何でもない」


 茉理は首をふってそう答えたが、どうにも歯切れが悪い。だがそれ以上尋ねる前に、再び俺達を抱えあげる。


「ごめんね寄り道して。今度こそ帰ろう」

「あ…ああ」


 そう言われると、俺達も何も言えなかった。それからあっという間に俺の家まで移動する。

 その後、いくらか軽い雑談を交わした末に茉理は帰って行った。だがその間もずっと、どこか上の空だったきがする。

 茉理を見送ると、俺はバニラに尋ねる。


「茉理、何だか様子がおかしかったよな」

「浩平くんもそう思うニャ?でも、聞いても何も答えてくれなかったニャ」


 茉理が帰る前、もう一度だけどうしたのかと聞いてみた。けれど返ってきたのは何でもないの一言。もちろん俺はそれを鵜呑みにするほどバカじゃない。だが聞いても答えてくれないのなら同じことだ。


「どうしたんだろうな」


 茉理の様子の変化、それは突然現れたシンリャークの幹部なんかよりもずっと心に引っ掛かった。

 そしてこれから数日後、俺は信じられない言葉を茉理から聞くことになる。

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