第14話 茉理の異変 2
今回の魔獣の出現場所は街のど真ん中。とはいえみんな逃げているので、ほとんど人はいなくなっている。いるのは茉理と、物陰に隠れて様子を伺う俺とバニラ。あとは魔獣のすぐそばに一人。あれはたしかシンリャークの一人で、名前はウワンとか言ったな。二人いるうちの部下の方。上司の姿は見えないが、今日来たのはこいつだけなのだろうか?
「やいアマゾネス、この前はよくもやってくれたな!おかげでシレー様はあれ以来ショックで寝込んでいるんだぞ!」
なるほど、だから姿が見えないのか。そんなのが司令で大丈夫か?
「おまけに自分は寝込んでいるにも関わらず、俺には何とかしてこいの一言だ。無茶だってことはテメエもよく分かってるだろバカヤロー!」
ずいぶんと口が悪いな。よく見れば顔も赤い。おそらくムシャクシャしてヤケ酒でも飲んできたのだろう。どこの世界でも下っ端は大変だということか。
だがそんな敵の事情なんて俺達には関係無い。どうやら今回は作戦も無いようだし、これならいつも通り瞬殺だろう。バニラもそう思っているようで、既に俺達には緊張感なんて欠片もなかった。
「浩平くん、今日の晩ごはんは猫まんまがいいニャ。ご飯に鰹節をまぜて、そのあと鮭フレークもかけてほしいニャ」
「いいぞ。でもその前に、帰ったらまず茉理の話を聞いてやろうな」
こんな会話までする始末だ。実際、結果の分かり切っている魔獣退治よりも、茉理の悩みの方がはるかに気になる。
だがそんな中、俺達の緩んだ空気を吹き飛ばすような声が辺りに響いた。
「きゃぁぁぁぁっ!」
それはとても信じられない、だけど聞き間違えるはずもない声、茉理の悲鳴だった。
ハッとして、茉理のいる方に顔を向ける。その時俺の目に映ったのは、魔獣の振るった一撃を受け吹っ飛ばされる茉理の姿だった。
魔獣の攻撃を受け、木の葉のように宙を舞う茉理。信じられない思いでそれを見ていた俺は、気がつけば声をあげていた。
「茉理!茉理!」
何度もその名を呼び、駆け寄ろうと足を踏み出す。だがそんな俺をバニラが止めた。
「浩平くん、今出ていったら危ないニャ!」
俺の足にしがみつきながら、前に進むのを邪魔してくる。けれど俺だって止まるきは無い。
「離せよ!茉理が危ないのに黙って見てられかよ!」
俺みたいなただの人間が行ったところで何にもなら無いかもしれない。それでも動かずにはいられない。傷ついた茉理のもとへ、すぐさま駆け寄ってやりたい。バニラにだってそれは分かるはずだ。
だがバニラは、慌てる俺を見て、とても冷静そうにこう言った。
「落ち着くニャ。そしてあれをよーく見るニャ。君にはあれがピンチに見えるのかニャ?」
「えっ?」
言われてもう一度茉理を見る。一度吹っ飛ばされはしたものの、上手く着地したのか目だった外傷は無い。だがそこで、魔獣は更なる追撃を始めた。大きく鋭い爪が茉理を襲う。
「きゃーっ。こわーい」
悲鳴をあげながら逃げる茉理。手も足も出ず、防戦一方と言った状況だ。だが、どうにも違和感がある。
「あれって棒読みだよな?」
最初聞いた時は驚いて気づかなかったが、茉理のあげる悲鳴はどうにもわざとらしい。逃げ回る動きだってそうだ。
「よく見ると魔獣の攻撃を全て紙一重でかわしているニャ。相手の動きを完全に見切っていないと出来ない芸当だニャ」
手も足も出ないように見せながら、その実一撃もまともに食らわない動きは流石の一言。だがあげる悲鳴がわざとらしい為、まるで大根芝居を見ているようだった。
だがそれに気づかないやつもいた。ウワンだ。
「おっ、何だか知らないが押してるぞ。そこだ、いけーっ!」
酒がまわっているせいか真実にも気づかず、上機嫌に手足を振り回しては魔獣に声援を送っている。
「これでアマゾネスを倒せたら特別ボーナスが出る。そしたら女房にはナイショのへそくりにするんだ!」
あいつ、結婚していたのか。しかもあの口ぶりからすると、どうやら財布は奥さんに握られているらしい。侵略者にも色々あるんだな。
「それにしても、茉理ちゃんは何であんなことをしているニャ?」
「う~ん、さっぱり分からん」
普通にやれば瞬殺のところを、なぜか声をあげて逃げ回る。いったいそれに何の意味があるのだろう?
だがそんな三文芝居もついに終わりを迎えた。噛みつこうとしたのか、魔獣が大きく口を開けて迫った時だった。
「いやー、来ないでー」
茉理はまたも棒読みで叫びながら、メチャクチャに腕を振り回す。それが魔獣に触れた瞬間、その姿が消えた。
「おおっ、ずいぶん飛んだな」
空を見上げながら呟く。茉理が振り回した手は、明らかに攻撃の意図を持っていた。それをまともに食らった魔獣は、その巨体からは想像出来ない勢いで天高く吹っ飛ばされる。さっき茉理が芝居でやられていたのとは違い、本気のやつだ。その証拠に顔の半分が潰れている。
「へっ?」
地面へと降ってきた魔獣を見て、ウワンが間の抜けた声をあげた。どうやらショックで酔いも覚めたようで、さっきまで赤かった顔も今は真っ青だ。
茉理は魔獣に近づくと、なおも棒読みを続けながらバタバタと手足を動かす。
「やめてー、助けてー」
その姿は、精一杯好意的に見れば恐怖でパニックになっているように映らなくもない。だがそんな彼女の手や足が命中する度に魔獣の体は削り取られ、赤い血が噴き出していく。とてもグロテスクだ。あれではもう魔獣もお終いだな。
こうして、いつもより多少時間はかかったものの魔獣は無事退治され、いつの間にかウワンの姿も消えていた。きっと逃げていったのだろう。
またも茉理の楽勝。だが俺達としては、このまま終わりというわけにはいかなかった。
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