第3話 魔法少女になった日 1

 俺、福本浩平ふくもとこうへいはどこにでもいる普通の高校生……とは言えないだろう。そう思う理由の一端が、我が家の家庭環境にある。


「相変わらず浩平の家は広いね」


 リビングを見回しながら羨ましそうに言ったのは、同じ高校の同級生で幼馴染でもある森野茉理もりのまつりだ。家の中には俺たち二人以外の人間はおらず、静かなものだ。



「広すぎて一人でいる時は落ち着かない事もあるけどな。父さんと母さんも、高校生の息子を一人残して暢気なもんだよ」


 俺の父親はファッションデザイナーなどと言う洒落た仕事をやっている。

 しかも業界内では有名人のようで、そのせいかいつも母を連れて世界中を飛び回っていた。そのため俺は高校生だというのに、ほとんど一人暮らしのようなものだった。


「それだけ浩平はしっかりしてるって信用されてるんだよ。浩平だってお父さんとお母さんのことは嫌いじゃないでしょ」

「まあ尊敬はしてるし、俺もあんな風になりたいとは思ってる。あっ、この事は誰にも言うなよ、なんか恥ずかしいから」


 本音を言うと、俺はそんな両親の事が嫌いでは無いし、父親の仕事にはずいぶん影響を受けていると思う。だがそれを素直に認められるかと言えば別問題。年頃の男は色々面倒なのだ。

 それを聞いた茉理が笑って返すものだから、なんだか気恥ずかしくなる。俺は話の流れを変えるように、次の言葉を続けた。


「それに誰もいないからこそ、こうしてゆっくりできるのはいいな。もし今の茉理の格好を見られたら、誤魔化すのに苦労しそうだ」


 改めて茉理を見ると、その服にはべっとりと血が付いている。怪我をしているわけでは無く、これは全て返り血だ。

 茉理が魔獣と呼ばれ怪物と戦い、それを瞬殺したのはついさっきの事だった。


「そう言えばまだこの格好だったっけ。いい加減着替えよっと」


 そう言った瞬間、突如として茉理の着ている服が変化した。血が付いているとはいえ、白くてひらひらした可愛らしい服装が、一転して緑色をしたヨレヨレのジャージへと変わる。

 それを見て俺は慌てて叫んだ。


「お前、俺の目の前で着替えるのは止めろよな!」


 一瞬で変化した茉理の服。しかしそれは決して魔法や手品を使ったわけでは無い。さっきの言葉の通り、着替えたのだ。俺の目の前で。

 男の前で着替えるなんて、おおよそ年頃の女の子のすることじゃない。俺は何度もそう口を酸っぱくして言っているのだが、当の本人に恥ずかしがる様子は無かった。


「だって、素早く着替えたから何も見えなかったでしょ?」

「そりゃ、そうだけど……」


 言葉に詰まる。何度も言うが、茉理の服の変化は彼女がただ着替えただけの事だった。だがなぜ一瞬にして変わったのか。その答えは、着替えるスピードが桁外れに速かったからだ。

 どれくらい速いかというと、とても人間の目では捉えられないくらいだ。


「たしかに茉理が素早く着替えたら、ガン見したって全然見えないけど……あっ、ガン見ってのは例えであって、本当にやってるわけじゃないからな!」


 実際に見える見えないはともかくとして、必死に見ようとしてるなんて誤解をされたらたまらない。慌てて言うが、茉理はあくまでもマイペースなままだった。


「分かってるって。浩平はそんなことしないもん」


 どうやら俺の言い分を信じてくれたようで、、ホッと胸を撫で下ろす。するとそこで、俺とも茉理とも違う声がした。


「それにしても、今更ながら茉理ちゃん身体能力は凄いニャ~」


 今この家には俺と茉理以外の人間はいない。だが人間に限らなければ、後一人いると言っていいだろう。声のした方に目を向けると、そこにいたのは一匹の白い猫、バニラだ。

 バニラは人の言葉を発しながら、改めて茉理の身体能力を讃えた。


「殴れば魔獣はボッコボコ、走ればまるで瞬間移動、着替える姿は変身魔法ニャ。しかもそうなった理由が単に体を鍛えだけって、そんなの絶対おかしニャ。本来魔法の出番ってところを、全部力業で解決してるニャ」


 言い終えた後、遠い目をしながらため息をつく。

 おかしいと言うが、それには俺も同意する。


「たしかに茉理は普通じゃないよな。幼稚園の頃から暇さえあれば筋トレやってるような奴だったんだぞ」

「いいじゃない。体鍛えるの好きなんだもん」


 茉理とは幼稚園の頃からの付き合いだが、思えばこいつは昔から体を鍛えるのが好きで、暇さえあれば腕立てやヒンズースクワットをやるような奴だった。

 少なくとも俺の知る限りでは、そんな幼稚園児は茉理ただ一人だ。


「そのくせ運動系の部活には一切入って無いだろ」


 茉理は高校でどの部活にも所属しておらず、帰宅部だ。中学でもそうだった。普通それだけ鍛えるのが好きなら何かスポーツをやるんじゃないかと思うが、茉理の場合はそんなことは無かったのである。

「鍛えるのは好きだけど、前より力が付いたって思ったらそれだけで満足しちゃうんだよね。特別何かの競技に打ち込みたいとは思わないかな」

「勿体無い。一流アスリートになるのだって夢じゃないと思うのに、茉理は無欲だな」


 これが俺が茉理をおかしいと思う理由だ。そんな不思議ちゃんな彼女だが、長い付き合いという事もあり今更驚きはしない。今の問答をしている時も、俺達の間にはのんびりとした空気が流れていた。

 だがそれを黙って聞いていられない奴がいた。バニラだ。


「おかしいのはそこじゃないニャーッ!」


 バニラは大声で叫ぶと、そこから一気にまくし立てた。


「たとえどんなに体を鍛えても普通はあんなに強くはならないニャ!一流アスリートどころの騒ぎじゃないニャ、しかもその細い体で、筋肉量とか完全無視だニャ!君は本当はサイヤ人か何かなのかニャ!」


 渾身のツッコミを入れるバニラ。だがそれでも、俺達二人のほのぼのとした雰囲気が崩れることは無かった。


「尻尾が生えてたり金髪になったりしたことは無いよな?」

「もし私がサイヤ人なら、修業してかめはめ波も撃てるようになるのかな?」


 茉理がノリ良く構えをとっている。か~め~は~め~


「ワクワクしない!撃てたら色んな意味でマズいことになるニャ!構えるのを止めるニャ!」


 結局、茉理のかめはめ波は不発のまま終わってしまった。茉理ならもしかしたらと思っていたので少々残念だ。

 しかし、さっきからツッコミ倒しでお疲れのバニラにむかって、茉理はこんな事を言う。


「けどねバニラ、おかしいって言ったって現に鍛えたらこうなったんだもん。仕方ないじゃない」


 うん。バニラの言いたい事も分からなくないが、俺も茉理と同意見だ。


「そうだぞ。いい加減現実を受け入れたらどうだ?」


 俺にとって茉理の異常なまでの身体能力は子供の頃から身近にあるため、とっくにそういうものとして受け入れている。茉理にいたっては我が事なので尚更だろう。


「……分かったニャ。ボクも観念して、茉理ちゃんはそういう存在だって思うことにするニャ」


 俺達の言葉の甲斐あって、とうとうバニラも諦めたようだ。そして腕を組みながら懐かしそうにしみじみと言う。


「思えば初めて会った時から茉理ちゃんはそうだったニャ。あれからもう三か月、つまりボクが故郷の星から地球に来てから、もう三カ月が経ったてことだニャ」


 そう。さっきから普通に喋っている猫のバニラだったが、何を隠そうコイツは地球の生き物では無い。宇宙人だ。

 バニラの故郷の星、確か名前は……


「化け猫星って言ったっけ?」

「化け猫星じゃないニャ!『ニャンダフル星』って言うニャ!」


 ニャンダフル星か。正解ではないが、ニュアンスとしてはそんなに間違っていないと思う。うろ覚えだがそんな感じだったと思う。だがそれを聞いたバニラはご立腹だ。


「最初に会った時に教えたはずニャ。ちゃんと覚えているのかニャ?」

「悪かったって。ちゃんと覚えてるよ」


 バニラの言葉を受けながら、俺は思い出す。俺達が初めてバニラに会った日のことを。そして、茉理が魔法少女になった日のことを。

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