第4話 魔法少女になった日 2

 その日、人類には有史以来最大の危機が訪れていた。


『えーっ、地球人の諸君。我々は宇宙の侵略者、シンリャークである。今から地球は我々が力ずくで頂くことにする』


 突如空から響いた謎の声に人々は最初困惑し、何かの冗談かと思った。何しろあまりにも荒唐無稽で現実感が無い。何だこれと笑っている者もずいぶんといた。

 だがその直後、事態は一変する。


『とりあえず我々の戦力である魔獣を一体放つことにする。えいっ!』


 掛け声とともに、街中に光が出現した。そして光の中から誰も見た事の無い大きな獣、魔獣が現れる。

 魔獣は咆哮を上げ、近くの建物を引き裂いた。それを見てようやく、人々の心にも恐怖が宿る。魔獣の声さえも聞こえなくなるような悲鳴が飛び交い、我先にとその場から逃げ出して行った。

 しかし時を同じくして、すぐ近くではこんな会話が行われていた。


「突然だけどお願いニャ。アイツをやっつけるために、魔法少女になってほしいニャ」


 これがバニラと俺達の初めての出会い。バニラが茉理に向かって初めて言った言葉だった。

 しかし、それを聞いた茉理の反応がこれだ。


「猫が喋った!なんで?どこかにスピーカーでもついてるの?」


 茉理にとっては話の内容以上に、猫が喋ったという事実の方が重要だった。そして興味津々にバニラを抱きかかえる。


「わっ、くすぐったいニャ、ボクの体をいじくり回さないでほしいニャ!」

「無いなスピーカー。お腹の中に入ってるのかな?中、見れないかな?」

「入ってないニャ。完全に生身の天然ものだニャ!」


 一方俺はと言うと、すぐ近くでそんな二人の様子を見ながら頭を押さえていた。


「学校帰りにいきなり宇宙からの侵略者がやって来たと思ったら、今度は喋る猫。俺は夢でも見ているのか?」


 有り得ない事がこんなに連続で起こったんだ。現実逃避の一つもしたくなる。試しに頬っぺたを抓ってみたところ、痛みを感じてすぐにやめた。


「どうやら夢じゃないみたいだな。それで、お前は何なんだ?あいつの仲間なのか?」


 何とか頭を落ち着かせ、近くで元気に暴れまわっている魔獣を指差しながら尋ねる。だがそれを聞いたバニラは膝をつき肩を落とした。


「ひ、酷いニャ。僕はむしろあいつらから地球を守るためにやってきたニャ。それを言うに事欠いて仲間だニャンて。だいいち、あの魔獣とボクのラブリーで愛らしい姿とじゃ似ても似つかないにゃ」


 うん、どうやら仲間じゃないようだ。よほど傷付いたのか、オイオイと泣き出すバニラ。そしてとうとう小さくなって地面に座り込んでしまった。

 それを見て、茉理が慰めるように言う。


「ごめんね。急に色んなことが起きてビックリしたんだよ。ほら、浩平も謝って」

「ああ。変なこと言って悪かった」


 俺は促されるままに謝るが、一度落ち込んだバニラは中々回復してはくれなかった。


「今更そんなこと言っても遅いニャ。君の心無い言葉でボクのガラスのハートは粉々に砕かれてしまったニャ」

「悪かったって。高級猫缶買ってやるから許してくれよ」


 一向に機嫌の治らないバニラに対して、俺は苦し紛れに言う。それを茉理はあきれ顔だ。


「浩平、そんなんで何とかなると思ってるの?食べ物なんかでつったら余計に怒るんじゃ……」

「高級猫缶!ホントかニャ。だったら許してあげないことも無いニャ」


 茉理の言葉が終わらないうちにバニラが顔を上げる。よほど高級猫缶が嬉しいのか、その顔はさっきまで落ち込んでいたとは思えないほど生き生きしていた。


「……何とかなっちゃった」

「現金な奴だな」


 食べ物につられバニラの機嫌が直ったところで、今度は茉理が質問する。


「それで、結局君は何者なのか教えてくれないかな?」


 本当はもっと早く聞かなければならなかった事だ。と言うか、喋る猫なんて非常識なものを見てしまったら普通真っ先にそれを尋ねるだろう。にも拘らず、さっきの一連の件が長かったせいで半分忘れてしまっていた。


「ボク?僕はニャンダフル星から来たニャンダフル星人だニャ」

「ニャンダフル星?」

「そうニャ。科学の代わりに魔法が発達した、平和と日向ぼっこをこよなく愛する星ニャ。平和を愛するが故にシンリャークのやることが許せず、奴らと戦うための魔法少女を育てるために地球にやってきたニャ」


 うん、全然理解できない。だが目の前にしゃべる猫や魔獣なんてものがいるのだから信じるしか無いのだろうか?というか、色んなことがありすぎて驚くのも疲れてきた。


「さっきも言ってたけど、その魔法少女って何なの?」


 茉理もこの状況を受け入れたのか、更にバニラに向かって尋ねる。俺もそれに続いて抱いた疑問を口にした。


「ニャンダフル星の人が直接戦ったりはしないのか?」

「魔法少女ってのは魔獣と戦う女の子のことニャ。あと、ニャンダフル星人が戦うのは無理ニャ。ニャンダフル星人は戦闘系の魔法は使えないニャ。だから現地の女の子を魔法少女としてスカウトする事にしたニャ」


 なるほど、さらに質問を続けよう。


「女の子限定なのか?」

「ニャンダフル星では事前に地球の文化を調べていたニャ。そしたらビックリ、地球では女の子が魔法使いになるという文化が既に根付いていたニャ。と言うわけで、男よりも女の子の方がスカウトしやすいと踏んだわけニャ。魔法少女って名前もそこから借りたニャ」

「そうか。その文化が根付いているのは一部のサブカルチャーだけだと思うけどな」

「アニメとかでやってるやつだね」


 俺も茉理もあまり詳しくはないが、そういうジャンルのアニメがあるというのは知っている。とても信じられない事だが、それが現実に起きたという認識で良いようだ。

 俺達が理解したのを確認したバニラは満足そうに頷くと、それから茉理をビシッと指さした。


「とにかく、そう言うわけでボクははるばる地球にやってきたニャ。それで本題、何度も言うように、君にあの魔獣をやっつけるための魔法少女になってほしいニャ!」

「えっ、私?それってもっと小さい子がやるんじゃないの?」

「流石に小さい子に魔獣の相手はきついニャ。コンプライアンス的にNGニャ」


 バニラが指さす先では、今も魔獣が暴れている。たしかに子どもにあんな凶暴な奴と戦えというのは酷だろう。というか……


「いや、小さい子じゃなくても普通はNGなんじゃないのか」

「確かにそうかもしれニャいけど、誰かがやらなきゃ地球は終わりニャ。本当はもっと時間をかけて適任者を探すつもりだったけど、そんな暇ないからもう最初に会った君で良いニャ」

「……何だか失礼な勧誘だな」


 しかし、そんな扱いにも茉理は特に気にいた様子は無かった。


「分かった。じゃあ魔法少女になるね」


 ほとんど考える間もなく答える茉理。いいのか、そんな簡単に決めても。

 あまりにアッサリと言ったものだから、バニラの方が驚いていた。


「ほ、ほんとにいいのかニャ?危険もいっぱいあるニャ」

「うん、いいよ」

「まあ、ボクとしてはすぐに引き受けてくれて良かったニャ。よーし、それじゃ早速契約を始めるニャ。ニャニャニャン、ニャ~ン」


 かくして、特に大きな葛藤も無く茉理は戦うことを決意した。

 バニラは呪文だか鳴き声だかよく分からない事を言いながら空中に肉球をかざす。すると何もない空間が光り出し、そこから一本の杖が出現した。白い柄の先端には、ハートの形をした石が取り付けられている。いかにも魔法少女の持ち物と言った形状だ。


「これが君に力を与える魔法のステッキだニャ。さあ、これを持ってボクが言う言葉を続けるニャ」


 指示を出すバニラ。色々手順が必要だが、これらは全て魔法使いになるために必要な事なのだそうだ。

 だが茉理はそこまで話しを聞くと、ステッキを握ること無く言った。


「何だか時間かかりそうだからいいや」

「えっ?」

「それより早くあの魔獣ってのを倒した方が良いよ」


 その発言にバニラは耳を疑った。


「いや、確かに少し時間は掛かるけど。こうしないと君は魔法少女にはなれないニャ」

「用はあの魔獣を倒せばいいんでしょ?」

「そ、そうニャ。だからそのためにも魔法少女にならないと…」

「大丈夫、何とかなる」


 茉理はそう言うと、戸惑うバニラを尻目に暴れている魔獣の方を向き、歩いて行く。


「何をする気ニャ?危ないニャ」

「危険もいっぱいあるって、さっき君も言ってたでしょ」


 魔獣へ向かって行く茉理を止めようとするバニラだが、足を止める気配は一向に無い。慌てるバニラだったが、その体を俺は抱きかかえた。


「まあまあ、本人もああ言ってることだし、ここは茉理に任せようじゃないか」

「何言ってるニャ?魔法少女にもなってないあの子が行ってどうにかできる相手じゃないニャ!」


 必死になって危険を訴えるが、それを聞いても俺は慌てたりしない。そして諭すように言う。


「あの魔獣ってのがどんなに恐ろしい相手なのかは分からない。でもきっと、茉理なら大丈夫だ」

「大丈夫なわけないニャ。一体ニャにを根拠にそんな事が言えるニャ」


 そこまで言った時、ついに茉理が魔獣の正面に立った。

 目の前に現れた茉理を見て、一瞬魔獣の動きが止まる。しかしそれも束の間、再び動き始めた魔獣は大きく口を開きながら茉理めがけて飛び掛かっていった。


 しかし、その光景を前にしてもなお、俺は大丈夫だと語る。そもそも危険だと思うなら、茉理が魔法少女になってくれと言われた時点で猛反対をしていた。

 そうしなかったのは、これを危険とは思わなかったからだ。たとえ相手がどんな奴でも茉理なら何とかなる。そう思っているからだ。

 そして俺は、尚も慌てるバニラにその理由を語った。


「あいつは、茉理は、普段からもの凄く体を鍛えているんだ」

「無茶ニャ!」


 バニラが叫んだのと、茉理の拳が振るわれ魔獣の体が吹き飛んだのはほとんど同時だった。

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