第2話 プロローグ 2
立ち上がった魔獣の顔は陥没していて、明らかに骨が砕けているのだと分かる。大きく顔が歪んでいて大変グロい。だがそれでも、魔獣の戦意は一向に衰えてはいなかった。
奴ら魔獣はたとえ体を半分に引き裂かれようと簡単に死ぬことは無く、命尽きるまで決して破壊を止めることは無い。この異常な生命力と尽きること無き破壊衝動こそが、魔獣の何よりも恐ろしいところだった。
「ひっ……!」
その姿を見て、女の子は短い悲鳴を上げる。だが魔法少女はというと、怖がるような素振りは微塵も無い。
「相変わらず頑丈だな」
呟くように言った次の瞬間、少女の体が消えた。かと思うと、一瞬にして魔獣の目の前に現れる。
瞬間移動、近くでその様子を見ていた警官はそう思った。だが実際はそうでは無い。彼女はただ走って距離を詰めただけだった。だけどその速度があまりにも速すぎて、見ている者の目には瞬間移動としか映らなかったのだ。
そして魔法少女は拳を振り上げ、もう一度魔獣を殴る。いや、一度では無い。続けざまに一発、それからさらにもう一発、休むことなく魔獣の体を殴り続ける。
殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る。
その一撃一撃が、文字通り必殺と言っていい威力だった。くらう度に魔獣の肉は潰れ、骨は砕け、血やら内臓やらその他諸々が飛び散っていく。そして少女が殴るのを止めた時、魔獣はもはや原型を留めぬ血と肉の塊へと成り果てていた。さすがの魔獣も、こうなってしまっては当然生きてなどいない。
ちなみに、長々と殴るシーンを記してはいたが、少女が殴り始めてから今までにかかった時間は僅か数秒の出来事だった。たったそれだけの間に、少女はあの恐ろしかった魔獣をただの肉塊へと変えたのだ。
「……ふぅ」
魔獣を倒したのを確認し終え、少女は構えを解く。それから、さっき助けた女の子の方へと歩み寄っていった。
「もう悪い奴はやっつけたから、安心してね」
優しげな声で言う少女。敵を倒す勇敢さと子供を助ける優しさ、それはまさに女の子が大好きだった魔法少女と同じだった。ただ彼女の場合、その体には魔獣を殴った時に浴びた返り血や細かな肉片がこびり付いていて、白い服や顔を覆い隠しているヴェールを真っ赤に染め上げていた。
そして一部始終を見ていた女の子はというと……
「うっ……うわぁぁぁぁん!」
声を上げて泣き出してしまった。目一杯モザイク処理でもしないとお見せできないような光景が目の前で繰り広げられたのだ。当然である。
そばで呆然としていた女の子の母親も、泣きだした我が子の声を聞いてハッと我に返る。そして女の子の手を掴むと、助けてくれた魔法少女にお礼を言うことも無く、まるで逃げるように走ってその場を去って行く。
一瞬だけ振り返り少女へと向けられたその目は、恐怖で引きつっていた。
「怖がらせちゃったな」
少し悲しそうに、ポツリと呟く少女。そんな彼女に近づく人物がいた。そばで事態を見ていた警官だ。
「あ、あの……まことにお手数をおかけして恐縮なのですが、よろしければお話をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」
震える声で、変な敬語になりながら話す警官。ビビっているのがすぐに分かる。すると少女は、ヴェールで隠した顔を彼へと向ける。
「ひっ!」
警官は短い悲鳴を上げる。その瞬間、少女の姿が消えた。まるで最初から誰もいなかったように、忽然といなくなってしまったのだ。
そしてその場には、ただ唖然としている警官と、数分前までは魔獣と呼ばれていた肉塊だけが残されていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
魔獣を倒し、いずこかへと消えた少女。次に彼女が姿を見せたのは、さっきの場所からほど近いところにある路地裏だった。
服には相変わらず返り血が付いていて、人に見られれば間違いなく騒ぎになるだろう。だが幸いなことに、ここには声を上げるような人は一人もいない。そもそも人が滅多に来ない場所なのだ。今ここにいるのは、少女を除いては彼等しかいなかった。
「
そう声をかけたのは高校生くらいの、両手で白い猫を抱いた少年だった。端正な顔立ちをしていて、世間一般でいう所のイケメンと呼ばれる部類に入るだろう。
少年は茉理と呼んだ血まみれの少女に、何ら怖がること無く歩み寄っていった。
「平気だよ。
少女がそう言って、顔にかけられたヴェールを外す。見たところ、やはりこちらも高校生くらいのようだ。
身長は女子としては平均的。そのスレンダーな体つきからは、直に見ていなければ魔獣を殴り飛ばしたなどとても信じられないだろう。
髪型はショートボブ。明るい栗色の髪質と相まって、笑顔で答えるその姿は見る者に可愛らしい印象を与えることだろう。無論、魔獣の返り血に染まっていなければの話であるが。
だが浩平と呼ばれた少年は、そんな彼女に対して一切怯えた様子は無い。
「そりゃ大丈夫だとは思うけど、やっぱりあんなのと戦うとなると心配にもなるさ」
そう言いながら、服についている血が全て返り血であることを確認する。そこでようやく安心したように息をつく。
そのタイミングで、二人のどちらとも違う声がした。
「何はともあれ、魔法少女のお仕事ご苦労様なのニャ」
声を発した人物、いや人物と言うのは謝りだ。さっきの声の主は、浩平の抱いていた猫だったのだ。その猫は当たり前のように人間の声をして、人間の言葉を語っていた。
「あの凶暴な魔獣を瞬殺なんて茉理ちゃんは凄いニャ。やっぱり君を魔法少女に選んでよかったニャ」
「そうかな?ありがとうバニラ」
バニラと呼ばれた喋る猫に褒められ、照れる茉理。だがそれを聞いて浩平は首をかしげていた。
「意地でも茉理のことを魔法少女って呼ぶんだな。でもその呼び方でいいのか?だってあの強さは魔法じゃなくて全部本人のトレーニングの賜物だろ」
「うっ……そ、それはだニャ―」
浩平の言葉を受け、バニラは複雑そうな顔で唸った。
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