俺の幼馴染がバイオレンスな魔法少女を辞める件

無月兄

第1話 プロローグ 1

 人々の悲鳴と怒号が飛び交う街の中。騒ぎの中心にそれはいた。

 凶暴で巨大な獣のような姿をしていて、それでいて地球上のどの生物とも違うその怪物は、魔獣と呼ばれる怪物である。


 魔獣はただ本能の赴くままに街を破壊し、人を襲う。一度その爪や牙を突き立てればどんな頑丈な建物であっても瞬く間に引き裂かれる。ましてや人間など紙くず同然だ。

 幸いなことにまだ人的被害は出ていないが、それも時間の問題だ。駆けつけた警官隊が対応しているが、まるで歯が立たないのは明らかだった。

 人間よりもはるかに強く強大なそれを力で押さえつけられるはずもなく、警官が手にした拳銃を弾が無くなるまで撃ち続けてもその体には傷一つついていない。誰もが恐怖に支配されたその時、魔獣は新たに標的を定めた。


 それは逃げ遅れた母と娘だった。娘の方はまだ5、6歳くらいの女の子だ。そんな年端も行かない子供を襲うなど、少しでも良心のある人間なら間違いなく躊躇うところだ。だが残念ながら魔獣にはそんな物は無い。一切の迷いを見せることなく、この哀れな親子へと飛び掛かっていった。


「―――っ」


 恐怖のあまり声を上げる事も出来ずに目を閉じる女の子。だが不思議な事に、いつまでたってもその後に起こるはずの惨劇がやってこない。


(?)


 不思議に思い、女の子は勇気を出して閉じていた目を恐る恐る開く。しかし目の前に魔獣の姿は無く、代わりに瞳に映ったのは一人の少女の姿だった。


「……きれい」


 こんな時だというのに、女の子の口からはそんな言葉が漏れた。

 目の前に立つ少女。少女と言っても、その身長から女子よりもずっと年上であることは明らかだ。最低でも中高生くらいにはなっているだろう。彼女は白くヒラヒラとした可愛らしい服に身を包んでいる。その顏にはヴェールがかかっていて残念ながら中を確認することは出来ないが、その姿はこの地獄ともいえる状況の中で場違いなくらい輝いて見えた。


「怖かったね。もう大丈夫だよ」


 少女は優しそうな声で語りかける。その姿を見て女の子はあるものを思い出した。


「お姉ちゃん、魔法少女なの?」


 目の前の少女は、テレビでやっている女の子が変身して戦うアニメのヒロインそのもののように思えた。


「似たようなものかな。危ないから下がっていってね」


 そう言って少女は女の子の頭を撫でる。


(凄い。本物の魔法少女なんて初めて見た)


 テレビでしか見た事の無い憧れの存在を前にして、女の子の胸はときめいた。

 だけどその時、それまで距離を置いていた魔獣が魔法少女めがけて襲い掛かってきた。


「危ない!」


 女の子が叫ぶが、魔法少女が動いたのはそれよりも速かった。クルリと魔獣の方へと振り返り、僅かに腰を落とす。そして上半身を捻りながら、向かっている魔獣めがけて思い切り腕を振るった。


「ギャァァァァッ!」


 次の瞬間、魔獣は叫び声をあげはるか後方へと吹っ飛ばされる。

 自分よりずっと巨大な魔獣を殴り飛ばす。それだけでも十分に驚きだが、それを見ていた女の子は少し違った思いを抱いていた。


(あれ、魔法少女なのに殴っちゃうの?ステッキを振ってキラキラした光線を出したりしないの?)


 腰の入った見事な正拳突きは、女の子の抱く魔法少女のイメージからはかけ離れていた。しかしそんな疑問に首をかしげる間もなく、辺りに再び魔獣の咆哮が響いた。

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