第15話


「きゃあああああ、ランスリット様ーっ!!」

「畑を耕すお姿、眩しすぎて目眩めまいが……っ」

「おや、可愛い僕の花びら。今日もなめらかでいて艶やかだね。妖艶でありながら、何て高潔な匂いを奏でているんだろう。ああ、土にまみれていなければ、すぐにでもこの手ですくい上げたいくらいだよ」

「ああ……ランスリット様……!」

「是非、掬い上げて欲しいですわ……! 土の輝きまで美しい……!」



 くらりと、熱中症よろしく可憐に倒れ伏す婦女幾数名。頬を薔薇色に染めながら、うっとりと畑を熱く見つめる者多数。


 孤児院にて。

 窓越しのアーシェの眼前には、およそ孤児院の裏畑とは思えぬ光景が広がっていた。

 建物の周囲を囲うさくは、めりっみしっと窓越しでも聞こえてきそうなほど悲鳴を上げている。もし柵が無かったなら、今頃この畑は仕事も滞るほどの人で溢れ返っていただろう。

 なるほど、あの柵は対ランス専用の女性対策なのだなと、アーシェはどこか遠い目で理解した。



「……なあ、レティ。この畑は、いつもこんな感じなのか」

「あ、はい。ランスが畑仕事に精を出す時は大抵」



 聞きたくも無いのに聞いてしまうのは、ツッコミ属性としての性か。

 律儀に答えてくれるレティも、本当に律儀である。あいつも見習えば良いと、何故かダンスパーティよろしく、くるくると華麗に回り、優雅にクワを土にめり込ませて弧を描くランスを一望した。

 どうして、あんな不真面目な方法でも畑が綺麗に耕されるのか。不思議で仕方がない。心なしか、土でさえうっとりとした風に煌めきが散らばっているし、ランスは謎が多すぎる。


「……我も、手伝おうか?」

「まあ、ありがとうございます。でも、大丈夫ですわ。あと数分で終わりますもの」


 ころころと品良く微笑みながら、レティはジュースと紅茶の準備を進めている。もうすぐ建物との続き窓を叩き開け、子供達が飛び込んで来るだろう。彼らのために冷たい一杯を彼女は用意しているのだ。

 アーシェも何かしようとしたら、「客人ですから」とあっさり断られた。

 城ではそれが普通なのだが、この孤児院では全員が働いている。

 故に何となく落ち着かないのだが、どっしり構える威厳も大切かとアーシェは無理矢理納得した。


「わたくしも畑仕事をしたかったのですが、いつもクワが壊れてしまいますの。だから、こうして裏方に回るしかなかったんです」


 懐かしいですわー、と幼少期を思い起こしているのか、レティが焦点の合わない瞳を虚空に泳がせている。アーシェは「流石怪力」と納得してしまった。

 クワは、孤児院の立派な事務用品だ。毎日壊されては、金も馬鹿にならなかっただろう。院長は良い選択をしたと心の中で盛大に拍手喝采した。


「そういえば、レティは七の歳に今のミラルド家に引き取られたのだったな。何がキッカケだったのだ?」


 ふ、と降りてきた疑問をアーシェはそのまま口にしてみる。

 初めて孤児院に通された時、彼女は七歳の時に引き取られたと言っていた。

 ミラルドの者達は気の良い人柄であることで有名だが、商家とはいえ、かなり幅を利かせている大商家だ。立場的には、ほぼ貴族に近い。一般人を、しかも孤児を引き取るには相応の理由があるはずだ。

 軽い疑問ではあったのだが、次の彼女の言葉で、アーシェはぎくりと心ごと顔が強張った。



「あ、それはですね。鏡ですわ」

「……、鏡?」



 一瞬勇者の鏡のことが脳裏をよぎって警戒してしまったが、レティは露ほどもアーシェの異変には気付かない。軽く笑いながら、ポケットから手鏡を取り出した。

 途端、ふわりと香りの良い空気が鏡から満ちて、アーシェは目をみはる。

 銀色の鏡面は、この世のものとは思えぬほど綺麗に澄み切っていた。鏡を縁取るうっすらとした桃色の枠は、繊細で緻密な紋様を描きながら、どこか温かみのある柄で彩られている。

 何よりも、心が洗われるほどに冴え返る波動が、鏡から伝わってくるのに驚いた。体が羽の様に軽くなる錯覚まで覚える。


「これは……魔法具か?」

「はい。代々ミラルド家に伝わる手鏡なのだそうです。あまり知られてはいませんが、これも初代魔王様の親友が作ったのだそうですよ」

「親友? 魔道士か?」

「いえ、これは魔道士様では無いようですわ。鏡の裏側に、名前らしきものが書いてあるのですけれど。長い年月を経ていますし、読めなくて」


 鏡を裏返すと、そこには確かに数行の文章と共に、名前のサインらしきものがつづられていた。文章の方は、「罪」「咎」など断片的にしか読み取れず、名前に至っては塗り潰された様に黒ずんでいる。

 何かのメッセージだったのかもしれないが、つなげようにも情報が少なすぎて、作成者の意思は残念ながら伝わってはこなかった。


「……鏡は魔を呼び寄せるものもあれば、魔を払うものもあり、これは後者だとか。勇者の鏡と同じく、持ち主も鏡が決めるそうですわ」

「ほう。……レティが持っているということは、鏡はお前を選んだということか?」

「はい。何でも、五百年くらいは持ち主が見つからなかったらしくて。子供のいなかった両親は、喜んでわたくしを引き取って下さいました。……あ、アーシェ様。試しに持ってみて下さいませ」


 可愛らしく差し出され、アーシェも何の気なしに触れてみた。

 すると。



 さあっと、鏡の枠の色が金色に変化していった。



 おお、っと驚く合間にも鏡面は少々曇り、先程の清らかな輝きは鳴りを潜めてしまった。心なしか、清澄せいちょうな空気も沈んでしまう。


「か、鏡が、変わった」

「はい。持ち主によって真価の有無がくっきり分かれてしまうのです」


 ということは、自分は鏡には認められていないのだろう。空気も落ち込み、鏡面も曇るということは、あまり良い変化では無い。

 勇者の鏡にも弾かれたし、どうも『魔王』は初代魔王の親友達には歓迎されていないらしい。『自分』のみを指すのなら益々へこみそうなので、深くは追及しなかった。

 大いに落胆していると、レティは「まあ」と手を頬に当てて首を傾げた。


「でも、珍しいですわ。鏡が完全に曇ってしまわないなんて。ランスなんか、触れるどころか、触れる前に弾かれてしまいますのに」

「……え、そうなのか?」

「はい。この鏡は、触れられる人と触れられない人がいるのですわ。触れられても、大抵は曇って何も見えなくなるのですけど」


 きょとっと目を大きく瞬かせて、レティが考え込む。

 確かに、今アーシェが手にしている鏡は、一応曇りながらも己の顔を映し出していた。完全には曇ってはいない。

 一体何が違うのだろうとアーシェも考え込むが、やがてレティがあどけなく両手を合わせた。



「そうですわ! アーシェ様は、魔王様の血筋を引いていらっしゃるから」

「……は?」



 突飛な方向へ話を展開され、アーシェの目が点になる。

 時折豪胆だったり感性がズレていたりと、どことなく不思議な雰囲気を匂わせる彼女だが、今回も如何なく発揮されている様だ。アーシェとしては全く展開に付いていけない。


「……すまぬが、我にも分かる様に説明してくれぬか」

「はい。えっと、これは一部の民間に伝わっている伝承なのですけど。魔王様は、代々月に愛されていると言われています」


 月に愛されている。

 いきなり話が飛んで、アーシェは焦点を何処に合わせれば良いか迷った。こてん、と首を傾げて視線を虚空に彷徨さまよわせてから、再度レティに合わせる。


「……月、にか?」

「はい。その証拠に、魔王様の血を引く直系の方は、瞳が金に近い琥珀色となるのです。直系でない一族の方にも稀に出るとか」

「……金に近い琥珀」

「アーシェ様もエルミス様も、金色の様な琥珀色でしょう? この色は、一般人には現れない珍しい色なのですよ」


 初めて聞く話だ。

 城にある文献は全て記憶しているが、そういった物語や伝記も目を通した記憶が無い。本当に民間にしか伝わらない伝承なのだろうと察せられた。


「そして、月は月鏡とも呼ばれます。月には浄化……つまり、この鏡と同じ様に魔を打ち払う力があると言われています。月に愛された魔王様にも同じ能力が宿っていると、おとぎ話ではよく語られていたりもするのですわ」

「ほう……」

「だから、アーシェ様にも本当に浄化の力があるのかもしれません。だから、この手鏡もあまり曇らないのかもですわ」


 新たな発見をした子供の様に無邪気に喜びレティに、だがアーシェは複雑な気分がぬぐえない。

 代々、魔王は魔の力に屈して、例外なく悲惨な最期を遂げてきた。

 しかし、レティはその魔王には、魔を払う力が備わっているのだと言う。真実ならば、酷く皮肉な伝承だと失笑してしまった。


 ――もちろん、我は歴史にならうつもりなどさらさら無いが。


 だが、もしその伝承が本当ならばどれだけ気が楽だろう。先代までの末路を考えると思わずにはいられない。

 レティに悪気はない。にこにこと、心からの歓喜に満ちた笑顔を向けてくる。

 そんな純粋な彼女に、アーシェが困った様に鏡をいじっていると。



「なーに二人で仲良くいちゃいちゃしているんだい? 箱入り自称魔王様ってば、手が早いんだね」

「――――――――」



 ぽん、と予告なく肩を叩かれ、アーシェは反射的に身構えた。魔術式を展開しようとして――すぐにぐっと思い止まる。

 そこには、勇者で親友のランスが、にやにやしながら窓枠に手をかけてたたずんでいた。こちらを意味ありげに見つめて、ひたすら、にやにやー、にやにやーっと楽しんでいる。


「何。邪魔したからって、魔法ぶっ放すの? 自称様ってば、過激だね」

「自称様って略すな! だ、大体、いちゃいちゃとは何だ! いちゃいちゃとは!」

「ら、ランスったら! わたくしたち、まだ手も繋いでいませんのよ」

「そうだ! それに、えーと、男女の交際はまず交換日記からだとエルが言っていた様な」

「「交換日記?」」


 二人にハモってオウム返しされ、アーシェはさっきとは別の意味で身構えた。自分はまた、何かおかしなことを言ったのかと頬が引きつる。


「ち、違うのか?」

「……なるほど。あのエルミス様、自称様をからかうのに全力なんだね」


 がん、と巨大な隕石がアーシェの頭上をかち割った様な激痛を覚えた。にまにまと馬鹿にした様なランスの視線に、かあっと体温が沸騰してくる。


「おのれ、エル……また我を騙しおって! 我が城下のことを知らないからって!」

「うふふ。……でも、わたくし。交換日記、してみたいですわ」

「え」


 思ってもみない言葉に、アーシェの怒りが急激に冷えていく。

 何かを期待する様な眼差しに、アーシェは先程の激昂は何処へやら、しどろもどろに頬を掻く。


「あ、いや、……そ、そうか?」

「はい! 次に会う時までに用意しておきますわね」


 張り切って、ぐっと拳を胸元で握り締めるレティに、アーシェは面食らいながら視線をわずかに逸らしてしまった。

 直接顔は見ていないのに、嬉しそうに弾む空気が伝わってきて、何とも落ち着かない。頬では無く耳に熱が集まっていくのが更に気恥ずかしくて、「えー、あー」と咳払いしながら話題を逸らした。


「そ、そうだ。こ、子供達は」

「子供達なら、今手を洗って着替えているからもうすぐ来る……って、噂をすれば何とやらだね」

「あー、まおうにいちゃん!」

「おにいちゃん、いらっしゃい!」


 アーシェを見つけるなり、わっと子供達が一斉に押し寄せてきた。自分より背が低いとはいえ、津波の如く迫られると威力は絶大だ。アーシェは、床に転倒しない様にするのに全身全霊をかける。

 まとわり付く子供達に、いつ見ても元気なものだと半ば感心してしまった。


「おお、お前達。元気そうだな!」

「おー! まおうも元気そうだな!」

「げんきー!」

「はっはっは。そんな元気なお前達に、今日はお土産を持ってきたぞ」

「え! なになに?」


 お土産という単語を聞いた途端、一様に目を輝かせた子供達に、アーシェは少しだけ緊張する。

 喜んでもらえるだろうかと憂慮が過ぎったが、無理矢理笑顔で押し込めた。



「今日はな、お前達に絵本を持ってきたのだ!」



 じゃん、と効果音を言葉で鳴らしながら、仕舞い込んでいた別次元の空間から一冊の本を取り出した。

 子供達はぱちぱちと瞬きをした後、こてんと揃って首を傾げてきた。

 表紙に描かれたファンシーなクマさんには、女の子達が「かわいいー」と反応してきたが、男の子達は微妙な顔だ。おおむね予想通りの手応えである。


「絵本なら、ここにもたくさんあるよ?」

「ふっふっふ。これはただの絵本ではない。これを床に置いて、開いてみるが良い」


 ほら、と先頭に立っていた男の子に手渡してみる。

 恐らく代表格なのだろう。全員を戸惑いつつ見渡し、大人しく床に置いた。

 ぱらりと、最初のページを男の子はゆっくりとめくる。

 すると。


「――え!」


 突如、本から真っ白な光が螺旋らせんを描きながら宙に舞い上がった。くるくるっと軽やかに舞い踊り、虹色の光の束がやがて一点に集中していく。

 そして。



 ぽん、と可愛く弾けた光の中から、一匹のクマがぱたぱたと手足を動かしながら空中に躍り出た。



「えっ!?」

「……お、おおっ!? く、クマが、……出たー!」



 子供達が一斉に目を丸くして叫ぶ。

 驚きで目と口がまんまるになった彼らに、クマはぱたぱたと手を振りながら、ぺこりとお辞儀をした。



『こんにちは。ぼく、クマさん』

「し、……しかも、しゃべったー!」

「すっごーい! こんにちは、クマさん! わたし、ビア!」

『こんにちは、ビアちゃん。ぼくと、お友達になってね』

「おおー! すっげえ!」

「クマ! おれもおれも!」

『おれもおれも?』


 くるっと丸まったつぶらな瞳。口元は可愛らしく閉じ、くりんと右手を頭に乗せて首を傾げる姿は子供達の心を射抜いたらしい。

 本の上でぱたぱたするクマを、男女問わずに全員が触りまくる。魔法で投影された姿だが、一応感触がある様に設定はしておいた。

 きゅーっと握手をしてくれるクマに、子供達は一層歓声を上げて触りまくる。クマは一躍人気者――否、人気クマになり、両手を振って愛想を振りまいていた。


「わたし、この絵本よむー! むかしむかしあるところに、いっぴきのこころやさしいクマさんがいました」

「えっと、……あるひ、クマさんがもりのなかをあるいていると」

『今日はとっても良いお天気だね! おれもおれもも、そう思わない?』

「って、おおおお! クマさん、歩き始めたぞ!」

「森もいどうしてる! って、おれ、おれもおれもじゃないよ!」

「すごーい、クマさんこっち向いてー!」

『はーい。みんなも、一緒にお散歩しようよ』

「って、向いたー! かわいいー! おどっておどって!」

「あああ、おどりだしたー! 何、このダンス! おもしろーい!」

「ああ、月だしてるよ! 魔法!?」

『何でも出せるよー。飛んじゃえー!』

「月にのってるー! い、いきなり夜になった!」

「すごーい!」


 きゃいきゃいと、子供達は瞬く間に絵本のとりこになった。一瞬で心を捉えたクマに夢中になって話しかけたり、本を読み進めたりしている。

 どうやら無事に喜んでもらえたらしい。かなり不安だったが、一安心だ。アーシェは知らず、入っていた力を全身から抜いた。


「うむ。成功したようで何よりだ」

「……す、凄いですわ。あんな絵本は初めて見ました。あれも魔法ですの?」

「そうだ。昔、エルに作ってもらって嬉しかったのでな。喜んでもらえて本当に良かった」

「ええ、ええ、もちろん! ああ、わたくしも、あのクマさんに抱き付きたい……」


 うっとりとクマを見つめるレティは、本気で今にも抱き付きかねないほどうずうずしている。そこまで気に入ってもらえると、アーシェとしても幸せで一杯だ。


「そう言ってもらえるのは嬉しいな。二桁を超すくらい作り直した甲斐がある」

「二桁? ……君、そんなに失敗したの?」

「う、うむ。結局エルにアドバイスをもらいながら完成させた。……破壊と修復以外の魔法を、もっと勉強せねばならんな」


 毎晩徹夜でエルミスに手伝ってもらった日々を思い起こし、アーシェは苦笑いを貼り付けて反省した。立派な魔王になると宣言したばかりなのに、早速世話になっている自分を踏み付けたい。

 だが、出世払いで乗り切ると決めた。絶対に一人前になってみせると、完成した時に改めて誓い直したものだ。

 そんな風に日々を顧みていると、ふと横合いから視線を感じた。

 振り返れば、ランスが少しだけ表情を改めてこちらを見定めている。いつになく真剣な眼差しに、知らず身構えた。



「……何だ?」

「何でも。……でも、ま、子供達があんなに喜んでいるのを見るのは、僕も嬉しいからね。お礼は言ってあげるよ」

「――」



 青天の霹靂の様な一言だった。

 上辺でもお世辞でもなく、どうやら本当に感謝の念を抱いているらしい。響きに誠実さがこもっていて、アーシェは耳を疑った。

 初日に剣を突き付けられ、次に会った時には罵られ、それでもめげずに踏ん張ったが、歩み寄るまでの道のりは長いと長期戦を覚悟していたのだ。

 だが、今、ランスはお礼を告げてくれている。他ならぬ、魔王となる自分にだ。


〝どうか、大切にしてくだされ〟


 それは――。


「……ランス」


 気持ち目線を下げながら、アーシェは神妙に名をささやく。

 ランスも世間話ではないと悟ったのだろう。「何」と煩わしそうに聞いてくる声は、いつもより低かった。



「……我らは、本当に。いつか、殺し合う仲になるのだろうか」



 それは純粋な疑問だった。遥か古来より続く、魔王と勇者の血塗られた歴史。

 魔王は権威を手にする中、必ず道を踏み外し。勇者はそれを討伐し、短き生を終える。

 初めて耳にした時は、何の感慨も湧かなかった。定められたシステムなのだと告げられれば、魔王に非があったという証拠があるのならば、反論も出来ない。

 だから、アーシェは長い間勘違いをしていた。魔王と勇者は天敵であるが故に、相容れない存在なのだと。

 だが。


「つい最近まで、正直ランスの存在をあまり深く考えたことはなかったのだ。お前に怒られた通り、眼中に無かった。……いつか敵対することになるから、考えたくなかったのかもしれぬ」

「……」

「だけど、分からなくなった。二ヶ月前に、じいから話を聞いた時に」


 魔王と勇者の関わり。

 自分の名の由来。

 そう。

 自分の、名は。



「……我の名前である『アーシェ』とは。ひいおじいさまが愛した妻、勇者の名前なのだろう?」

「――――――――」



 瞬間。

 二人の息を呑む音が、やけに大きく聞こえてきた。


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