第6話
たいやき屋台の屋根が、派手な音を立てて破裂した。
魔王と勇者の歴史的
「おーおー、ご主人。どうだい、屋台は繁盛してるかい?」
耳が腐りそうなほど不愉快な声が、主人に向かってぶつけられる。
立っていたのは、数人のがたいの良い男性だった。目つきも悪く、ガラも悪く、根性も悪いの三拍子を兼ね備える絵面で、にやにやしながら武器を携えている。ほのかに武器が魔力を帯びているので、恐らく魔法使いだろう。
腕前的には並程度だが、悪知恵は働く様だ。騎士の巡回スケジュールを思い出しながら、アーシェは冷静に分析した。
「何だ、またあんたらか。もう納税は済ませたし、払うもんなんかねえよ。帰んな!」
「いやあ、そうはいかねえさ、ごっしゅじぃん。ここに、請求書がまだ残ってるんですよー」
「……はあ?」
「貧乏くさいご主人のために、一週間も期限延長してあげたんだからさあ。……そろそろ払ってもらわなきゃ困るんだよ!」
ばきいっ、と男の一人が屋台の柱を斧でへし折った。
たちまち崩れ落ちる屋台を目にし、アーシェの眉が跳ね上がる。がらりと、屋台の残骸が出来立てのたいやきを無残に潰していくのを、静かな怒りと共に見送った。
対する主人は、
だが一瞬――ほんの一瞬だけ空気が怯んだのを、アーシェは見逃さなかった。
「ふざけんなよっ。オレはもう今月分は払ったぜ。そいつは、お前らが勝手にいちゃもん付けて引き上げた分じゃねえか! 何なら国に問い合わせてくれたって……」
「いえいえ、国には既に貴方からの納税内情は報告してありますよ」
「だから足りないって申告が来てるんだよ、ごしゅじいん。何せ、これしか……払ってないんだからさあ!」
ばさりと、これ見よがしに見せ付けられた数字に、主人が顔色を変える。
「これで分かっただろ? 分かったら、さっさと残りの分払いな!」
「待てよお前ら、嘘の申告してんじゃねえかい! こんなのは……」
「――まあまあ、待ちなよ。君たちさ、勇者の前でそういう
すっと、音もなく男と主人の間に割って入ったのは、勇者と名乗ったランスだった。きらりと、無駄に煌めきを撒き散らしていたが、
だが、男達は数秒押し黙っただけで、すぐに卑しい笑みを浮かべた。へらっと、追い払う様な仕草は完全に嘲笑っていた。
「勇者だろうが何だろうが、法律は絶対なんだよ。ここに証拠がある以上、引っ込んでな!」
「よく言うよ。捏造書類ばっかり作成してさ。それに、取り立てに暴力はご
「期日を守らない奴には、多少なりとも手荒になるだろうよ。これも、バーチェル商会の方針なんでね。悪く思うなよ?」
しかし。
――これが、例の商会か。
最近の不審な書類を思い浮かべ、眼差しが冷ややかになっていくのが自分でも分かる。
彼ら如き、ランスの腕前なら圧倒的な勝利を収めるだろう。このままぶつからせても良いが、ここで
追い払われては、今まで動いてきた労力が無駄になってしまう。
街に平穏をもたらすためには、その場しのぎでは意味が無いのだ。
故に、アーシェはじゃりっと、わざと強く砂を踏み鳴らした。
想定通り、全員の意識がこちらに向けられる。振り返って、主人が慌てて
「ば、馬鹿野郎! 坊主は下がってな!」
だが。
「うむ。下がるのはお前だ、たいやき屋よ」
とん、と風の力を乗せて主人を押す。思った以上に大きくよろけながら、彼が面食らった顔で見つめてきたのには、心の中で
「お前達、バーチェル商会の者か」
腰に手を当て、アーシェは淡々と男達を順次見やる。
突然乱入した自分を、男達は最初訝しげに観察したが、すぐにあからさまに馬鹿にする様に笑ってきた。思考が透けて見え、アーシェの視線が
「なーんだ、ガキか。お前も痛い目見たいのか?」
「いいですよー、お相手してあげましょうねー」
相手を子供と侮り、格上には
典型的な悪党に、アーシェは怒りも湧かない。あくまで無表情のまま、切り札を舌に転がした。
「エルミス・ウィル・フェルシアーノ」
「――――」
途端、男達の顔色が一変する。中には
「今ここに彼の者を召喚しても、同じことが言えるか?」
静かに、だが冷たい響きでもって男達に突き付ける。
だが青褪めていた彼らは一転し、子供に
「……この、ガキが。大人しくしてりゃ、つけ上がりやがって!」
地面を蹴って男の一人が飛びかかってくる。「坊主!」という悲鳴と、ランスの剣が引き抜かれるのを背後に聞き流し。
「つけ上がっているのは、お前達だ」
ぱちん、とアーシェは無感動に指を鳴らす。
途端。
――ドンッ!
地面が、勢い良く山の様に盛り上がった。突如突き上げられた男達は、為す術もなく空中に高らかに吹き飛ばされていく。
「もう一つ」
続けて、ぱちん、と更に指を鳴らして地面を速やかに平らに戻した。
同時に、屋台の残骸が巻き戻りながら本体へと吸い込まれていく。しゅるしゅるっと時間が遡る様に組み立てられていき、瞬く間に屋台は元の姿を取り戻した。びしっと、ついでに補強をしたのは、アーシェとしては先程のたい焼きの礼のつもりだ。
魔法は、正しく使われてこその魔法である。
よって、悪党共の魔法をアーシェは魔法としては認めない。
どさどさっと、男達が地面に重なり落ちてくるのを、アーシェは冷然と見下ろした。かつん、とついでに足音を近くで踏み鳴らしてやる。
そこに、先程まで子供の様に駆け回って騒いでいた少年は、何処にもいない。
国の頂点に立つに相応しい、高潔な気迫を携え、その場に君臨した。
「我々王族は、ここラファス地区の徴収をバーチェル商会に
淡々と判決を言い渡す。
途端、周囲が凍り付いた様に空気が固まった。事務的に、かつ機械的に告げられた内容に、男達だけではなく街の者達まで目を
「……、ん、だと、この野郎!」
「さっきの魔法といい、王族だとか、何なんだよお前……っ!」
我に返った男達が、みっともなく刃を振り上げてきた。
だが、アーシェにはもはや動きが止まって見える。風であっさり薙ぎ払えば、彼らは面白い様に転がっていった。
「二ヶ月前よりトップが交代して以降、上がってきた報告書がひどく不自然でな。数字の動きなどもそうだが、過去のデータと照らし合わせても疑問点が多かった故、秘密裏に調べさせていた」
「な、んだと!?」
「騎士の巡回時間の空白を上手く縫った様だな。魔法による証拠隠滅も実にえげつなかった。我は直接見ていないが、仲間は優秀でな。過度の徴収も暴力も、
「へ、……」
「礼を言うぞ。何せ、更にここで証拠を提示してくれたのだからな」
にっこりと、無邪気に笑ってやる。
兄のやり方を真似してみたのだが、効果は絶大だった様だ。子供だと馬鹿にしていた威勢はもはや鳴りを潜め、一斉に男達が恐れ
だが、それを見逃してやるほどアーシェも甘くはない。
「今頃、お仲間も縄についている。ちょうど今日が決行日だったのだが、手間が省けた」
「お、おい、待」
「この魔王の膝元で悪事を働いたこと、牢でたっぷりと後悔するが良い」
ぱちん、と再び指を鳴らす。
すると、軽快な音に合わせ、地面から螺旋を描く様に縄が跳ねながら飛び出した。
「お、おわあっ!」
「ま、待て、む、ぐう!」
騒ぐ男達を、縄は容赦なく蛇の様に縛り上げ、あっという間に拘束した。ついでにうるさい口も丁寧に縛り上げ、きゅっと蝶々結びにしてやる。当然、嫌がらせだ。
縄の端っこが、意志を持った様にきょろきょろと首を回し、ある一定の方向でぴたりと止まった。
ふむ、あっちかと、アーシェも視線を同じ方向に定めて頷く。
「では、後は頼むぞ」
縄に向かって命を下すと、縄は可愛らしく頭をもたげ。
ばいん、ばいんと元気良く地面を跳ね始めた。まるでトランポリンの様に跳ね回りながら、物凄いスピードで去って行く。
そうして、ばいん、ぼいん、と実に奇妙な物音を立てて、簀巻きにされた男達ごと角の向こうに消えていくのを、アーシェも、街の者全員も見届け終わり。
「うむ。これにて、一件落着」
「……いやいや、そんな一言で片付けないでよ」
がっくりと脱力しながら肩を掴んでくるランスに、アーシェはきょとんと首を傾げた。
何か不備でもあっただろうかと頭を捻ったが、街の者達が一斉にランスと同じ当惑の目で見てきたのですぐ思い出した。
そうだ。アーシェは、先程魔法を使った。
王族や城勤めの者は全員魔法が使えるが、一般人は全員が扱えるわけではない。
まさか、彼らに魔法で恐怖を与えてしまったのだろうか。
だが、起こってしまったことを無かったことには出来ない。それに、当然今の出来事の
故に、アーシェに出来るのは今の一連の情報を開示することだけだ。
「今のは、魔法で編み出した縄だ。あの縄は追跡機能付きでな、男達を頼れる者の元へと行かせた。バーチェル商会は全員お縄に着いたはずだから、もう大丈夫だ」
「……」
「今日からしばらくの間は、信頼に足る商会なり機関なりを見つけるまで、財務大臣直下の者達がここの地区の徴収を担当する。もし何かあったなら、遠慮なく申し付けてくれ。……何か、質問はあるだろうか」
会議の締め括りの様な仰々しい口調で、アーシェは周囲を見渡した。
しかし、彼らはぽかんと口を大きく開けるだけで、何も反応が返ってこない。
やはり、恐がらせてしまっただろうか。
あの男達が脅していたのと同じ魔法を軽く扱ってしまった。己に無い力を振るう者は、それだけで恐怖の対象になると聞いたことがある。
城下に来た第一声といい、色々失敗だらけだ。自分の行動がいかに軽はずみだったかと、秘かに反省をしていると。
「……君、さあ」
剣を
登場時のへらへらっとした笑みは崩れていないが、目が笑っていなかった。鋭い一振りの剣を連想させる視線に、アーシェの体も自然と臨戦態勢に入る。
「あれだけの魔法使えちゃうし、一応政治にも関わってるみたいだし? 気品の『き』の字も見当たらないけど、もしかして本当に次期魔王様なのかな?」
だから、そう言っているだろう。
声なく突っ込んだが、彼は答えなど求めていなかった様だ。
嫌悪の様な、親しみの様な。
複雑に絡み合った色を瞳に宿しながら、ランスはこちらに歩み寄ってきた。
「だとしたら、さ」
「――っ」
一瞬で間合いを詰めてきた。
冷たい感触が、首の
少しでも力を入れられれば、一気に血が吹き荒れるだろう。ぎりぎりの境目を見抜き、かつ自由自在に調整するあたりは見事としか言いようがない腕だ。
ぐっと押し当てられる刃の感覚に、だがアーシェは表情を変えず、淡泊にランスを見据えた。
気迫で負けたら、本気で斬られる。予感があった。
「僕、今、魔王である君と少なからず共闘しちゃったことになるんだよね」
「……そうだな」
言いたいことが見えてきた。
魔王と勇者。
この国が興ってからの、曰く付きの歴史だ。勇者は、魔王を倒すための剣しか持ち得ない。
その勇者が、意図していなかったとはいえ、魔王と共に敵に立ち向かった。両者の役目を知る者にとっては、茶番でしかないだろう。
「いずれ切り捨てる魔王と仲良しごっこだなんてさ、とんだ笑い話だって思わない?」
くすくすと、薄く笑いながらランスは剣を引いた。
元々殺意は感じられなかったが、もし本気で斬りかかられていたら無傷ではすまなかっただろう。それだけ、身のこなしは熟練されたものだった。
――勇者、か。
心の中で噛み締める。
本当に、とんだ笑い話だ。いつかは敵対する運命の自分達が、あろうことか共闘し、先程までは何気ない口論までしていた。
だが。
「……、ランス」
胸元を正しながら、アーシェは呼びかける。
つい先程までの嫌悪の気配は
そうだ。笑い話だ。魔王と勇者が、こうして刃も交えずに暮らしていること自体が。
ならば。
「信じるも信じないもお前の自由だ。そして、――これは、魔王からの宣戦布告だ。ありがたく受け取るが良い」
もう少しくらい、笑い話に踏み込んでやろう。
右足を踏みしめ、アーシェは人差し指を彼に突き付ける。
そして、息を大きく吸い込んでから、呑み込み。
「勇者、ランスリット。我の、生涯を渡る友となれ」
不敵な笑みを携えて、アーシェは高らかに、命令口調を装った願いを口にした。
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