Chapter1 魔王(になる予定)、初めて城を出る

第1話


 高らかな足音が、磨き抜かれた床の上を打ち鳴らす。


 繊細でありながら、豪奢ごうしゃ意匠いしょうらした城内を満たす音は、その人物の高潔さを雄弁に物語っていた。すれ違う使用人達も、思わずといった風情で風を切る主を盗み見る。



 長い廊下を歩くのは、一人の少年だった。



 青年と言うにはまだ早いその顔つきは、しかし幼さに反して凛々しい覇気を匂わせていた。紫がかった艶のある黒髪に、月の様に落ち付いた琥珀の双眸そうぼうが、整った顔立ちに彩りを乗せる。

 足早に駆ける足は、一つの扉の前で規則正しく止まった。合わせて、ひらりと長い漆黒のコートのすそひるがえる。

 荘厳な紋様が描かれた扉は、少年よりも倍の背丈はあり、見るからに重々しい。


 しかし。



「ふむ。これではばんだつもりか」



 造作もない。少年はとん、と軽く扉に触れる。

 同時に、指先から小さな魔法陣が描かれて明滅し、扉が速やかに折れていった。


 重厚な軋みと共に開かれた先には、人影が二つ。


 幅広い執務机の上にうずたかく積まれた書類と格闘しながら、彼らは熱心に話し込んでいた。気付いていないのか、少年には見向きもしない。

 話の内容としては、今期の国家予算の最終調整の様だ。これは邪魔出来ないと、少年は判断する。

 なので、大人しく少年は待った。



 待って、待って――待つこと十数分。



 遂に、彼らの会話が一段落した。

 待ちに待った好機。

 少年は大きく息を吸い込み、腰に両手を当て、力の限り叫んだ。



「――じいっ!」

「――――――――」



 先手必勝。発せられた気迫が、波の様に室内を駆ける。

 そこでようやく、二人が少年の方へと振り向いた。朝焼けを映し出した様に真っ赤な髪をした青年の方が、「おー」と机に座りながら手を振ってくれる。

 そんな彼に、少年の瞳は嬉しくて細まったが、慌てて口を引き結んだ。問題はこちらではない。


 きっ、と少年が睨み据えた先には、自分などよりも遥かに年を重ねた老獪ろうかいなじじい――もとい好々爺こうこうやがいた。


 ふっさふさが自慢じゃ、と常々吹聴している白髪に、立派な顎鬚あごひげが人の油断を誘う。

 極めつけに、「会えて感激じゃ!」と言わんばかりに瞳がうるんでいるが、騙されてはいけない。これは、相手を籠絡ろうらくするための策略なのだ。ここで喜んだら、相手の思う壺である。ペースに乗せられてはいけない。


 ばたん! と牽制けんせいのために魔法で扉を仰々しく閉め、少年はずいっと老人の前に進み出た。



「じい! 今日こそは、我の話を聞いてもらうぞ!」



 びしっと指を突き付け、宣言した。

 表情も引き締め、圧するほどの気概きがいを叩き付ける。声も、自分としては精一杯低めに出し、威厳を強めることも忘れない。

 が。



「はああああん、坊ちゃまあ……っ!」



 厳格な宣告は、しかし謎のあえぎの様な叫びに掻き消された。

 その声の不気味さに、少年は若干身を引いてしまう。――早くもペースが乱されていることに、本人は当然気付いていない。


「お、おお、じい。相変わらず気味が悪いの……」

「あああ、エルミスではなく、真っ先にわしをご指名下さるとは! そう! エルミスではなく! このわしを! わしは、わしはあ……っ!」


 両手を握り締め、ぱああっと天に召される一歩手前の様な笑顔で存分に涙を流す様は、もはや喜劇だ。――ちなみに、引き合いに出されたエルミスと呼ばれた青年は、その喜劇を完璧な笑顔でスルーしている。

 滑稽なほどズレまくった老人の応答に、威厳をハリボテの様にくっつけていた少年は、怒りに眉を跳ね上げた。


「こらあ、じい! 我はもう十七。来年で成人。すなわち! 秘密香るハードボイルドな大人だ! 坊ちゃまではない!」


 肩を怒らせ、少年は可能な限り叫ぶ。同時に、ぶはっとエルミスが勢い良く噴き出した。

 からからと笑い転げる彼を、もちろん少年は無視する。ふん、っと無意味に胸を張って対峙したが、既に威厳もがれ落ちていることなど、少年は知る由もない。


「あああ、坊ちゃま。胸を張る姿も大人になられて……」

「ええい、坊ちゃまともう呼ぶでない! 良いか、じい。今、この時をもって我は、坊ちゃまを卒業する!」

「いやいや、坊ちゃま。十七と十八。一つ違うだけで、赤ん坊と大往生した英雄くらいの差があるのですじゃ。つまりは、坊ちゃまは未だ赤子の手を捻るほどにかわいいかわいい子供の盛り。すなわち、坊ちゃまラブ、ですじゃ♪ きらーん」


 舌を出してウィンクする姿は、どこか愛嬌があるが、やはり気味が悪い。

 ぶるっと体を震わせて、少年は更に怒鳴り返した。


「ラブとか小っ恥ずかしいことをぬかすでない! 大体、我のこの170もある身長の、どこをどう見たら赤子と間違える。一度目医者へ行け!」

「ほおおん! 坊ちゃま、こんなに的確なツッコミを……わしは、わしはもう、胸がいっぱいで……!」

「ええい、話にならん! まずは赤子と目医者の何たるかを聞かせてやろう! よく聞くが良い! 赤子とは、母親が懸命に腹を痛めて痛めて痛めて奇跡の果てに誕生した偉大なる」

「なあ、アーシェ。話ずれてるぞー。俺は楽しいからいいけど、そろそろ昼飯食べに行きたいから、せめて二時間で終わらせてくれよなー」

「――はっ!?」


 外野からささやかにクレームを飛ばされ、アーシェと呼ばれた少年は我に返った。

 言われてみれば、確かに論点が枠外にぶっ飛んでいる。まんまと思惑に乗せられたことを悟り、多大なる影を背負って崩れ落ちた。



「な、何たる醜態……、い、いや。……まだだっ!」



 ぐっと床に突いた拳を握り締め、アーシェは涙ながらに立ち上がる。

 老人――じいと話していると、いつもペースを乱される。下手をすれば、最初の目的を綺麗さっぱり忘れて帰る、なんてこともザラだ。


 しかし、それで終わらせるわけにはいかない。


 今日こそは、己の偉大なる目的のため、この極悪非道冷血老人に打ち勝たねばならないのだ。


「かくなる上は――これを見よ!」


 ぱちん、と指を鳴らして魔法を起動させる。

 指慣らしに合わせて魔法陣が輝き、空間が裂かれながら開いて次元の間を覗かせた。

 そこに収納しておいた束の書類を取り出し、だん、と執務机に叩き付ける。おお、とじいが感涙にむせび泣くのには構わず、手を腰に当てて胸を張った。


「今日の分の書類だ。昨日の宣言通り、昼前に仕上げたぞ」

「おお!」

「例の商会についての最終決定印も押した。こちらもすぐ動ける様に取り計らっておる」

「おおおお!」


 山に山に山と重ねた書類をあごで指し示し、感激にむせび泣くじいに断固たる意思で対峙する。

 一度、彼らに気付かれぬ様に小さく呼吸を整え。

 少年――アーシェル・ラング・フェルシアーノは、遠くまで響く声で、じいに命を下した。



「今日こそは、認めてもらうぞ。――フェルシアーノ国第65代魔王継承の儀式。今度の満月の日に、り行う!」



 つっかえずに言えた。

 じーん、と達成感にひたったのもつかの間。


「あ、はいはい。無理ですじゃー」

「そうか。ようやく無理か……って、何だと!?」

「む・り・で・す・じゃー、じゃー、じゃー」


 断固たる決意を、あっさりエコー付きで却下され、アーシェは頷きかけて絶叫した。「やっぱなー」と妙に納得した相槌を打つ薄情なエルミスを、反射的に睨み付ける。


「エル! お前、いつもそうやって高みの見物を決め込みおって。従兄なのだから、少しは我の加勢をしてくれても良いではないか!」

「だーって、じいさんの説教食らうのめんどいし。それに、どうせ成人したら魔王になれんだから、急ぐ必要ないじゃん? 何焦ってんだよ」


 文句を飄々ひょうひょうと柳の如く受け流す従兄に、アーシェは気が遠くなった。

 これで自分と同じく王家に連なる血筋だと言うのだから、たまったものではない。事の重大さを理解していないのかと、頭が割れる様に痛くなった。


「あのな、エルよ。これは、国始まって以来の由々しき事態なのだぞ。何故なら」

「エルミスの言う通りではござらんか。あと、たった一年。何をそんなに急ぐ必要があります」

「――っ!」


 ほっほっほ、と軽快に笑うじいに、だん、とアーシェは思わず机を殴り付けてしまった。

 おお、と目を丸くする二人には、しかし微塵みじんも反省は垣間見えない。悔しさのあまり、もう一度机を叩き飛ばした。――遠くで、綺麗に机が真っ二つに割れたが、見ないフリをする。


「お前たち! 今の状況、危ういとは思わんのか!」

「なーにが」

「なーにが、ではない! 先代の魔王が崩御してより十二年。未だ、王座は空位であるのだぞ!」


 空位。


 口にして、更に現実が嘲笑う様に伸し掛かってくる。

 心に、きりりと苦味が走ったが、彼らは揃って顔を見合わせるだけだ。「だからどうした」と度外視する姿勢が理解出来ず、アーシェは孤独にさいなまれる。



 フェルシアーノ国は、『魔王』と呼ばれる者が統治する、王政国家だ。



 国の象徴である魔王を民は仰ぎ、忠誠を誓う代わりに、魔王は民に絶対の平和を保障する。

 古来より外国と大なり小なり小競り合いは勃発ぼっぱつしたが、一度も侵されることなく平穏は築かれてきた。近年では魔王を恐れ、絶対不可侵の傾向にあるくらいだ。

 しかし、十二年前。



 アーシェの父、ラズウェルが亡くなってから、暗黙のルールは異変を遂げた。



 本来なら、当時五歳となるアーシェが王位を継ぐはずだったが、父の遺言で魔王の資格を剥奪はくだつされた。成人するまでの期限付きではあるが、アーシェは未だ魔王の座に就いてはいない。


 案の定、それに便乗して隣国が宣戦布告をしてきたりもしたが、こちらは特に重要視していない。


 腐っても、『魔王』の二つ名をいただく主が治めていた国家だ。

 他国では珍しい『魔法』に長けた一流の騎士達は、絶大なる力を誇る精鋭。有象無象など話にならず、今では手も出してこない。



 問題は、内部にあった。



 直系であるアーシェを排斥はいせきし、王位を狙う分家の存在が潜んでいる。

 当時、幸いにもアーシェ側に付いた王侯貴族が多かったため、崩御直後の内乱はすぐさま鎮圧出来た。

 だが、現在も不穏分子が目を光らせている状況だ。

 そういった火の粉を振り払うためにも、一刻も早く空位を埋める必要がある。


「じい、頼む。最近はまた不穏な動きがあるとも聞く。我は、これ以上お前たちが、必要のない傷を負う様は見たくない」

「ならば、坊ちゃま。わしも言わせて頂きますが」


 すっと目を細め、じいが後ろに手を回して姿勢を正す。

 唐突に引き締まった空気に、アーシェの背筋も自然と伸びた。エルミスは机で足を組みながらリラックスし、見守るスタンスである。

 ぴん、と張り詰めた緊張感。急激にふくれ上がる雰囲気に、じいはうやうやしく一度、目を閉じ。






「今の坊ちゃまは、ラズウェル様の七光り以下! つまり、――残念人間ですじゃ♪」

「――――――――」






 とんでもない暴言を吐かれた。巨大な岩で、全力で頭を殴打された様な衝撃である。

 ぱくぱくと、酸欠の様に口を開閉させるアーシェを眺め、じいはやれやれと肩をすくめた。憐みさえ乗せて、大袈裟おおげさに頭を振る。


「坊ちゃま。常日頃から申しておりますが、魔王に必要なのは、威厳、風格、気品の三点セット。これさえあれば、例え『あほーあほー』と一日中鳴いていようが、ぶっちゃけどうでも良いのです」


 それもどうなんだ。


 的確なツッコミを、しかしこの場で発する者は誰もいなかった。


「しかーし! 坊ちゃまはどれをとっても! ラズウェル様の足元どころか、光の速さでかけ離れていっております!」


 どどーん、と雷をバックにたずさえる効果音と共に断言された。腹に響く鈍い攻撃を食らって、アーシェの頬がひくりとる。


「魔法も満足に扱えない上、対戦ではいつもエルミスにコテンパン。辛うじて政治の手腕はあれど、魔王としては未熟も未熟。卵の殻を打ち破って産声を上げようとしては、卵ごとごろごろ、みっともなく転がり回るだけの、ひよっこの『ひ』の字も見当たらぬ!」

「ひ、ひよ、ひよっこ、のひ」

「それで何として魔王と心得るのですじゃ! 魔王を舐めるとは、じいは、じいは、悲しゅうございます……っ!」

「ちょ」

「まあまあ、じいさん。駄目だろー? 俺なんかと比べたら」


 よろりとふらつきながら反論しようとすると、エルミスがすかさずじいの肩を叩いた。魔法で生み出した風で、さらりと髪をなびかせつつ、陶酔した様に頭上を仰ぐ。


「俺ってば、この国始まって以来の大大大天才ってうたわれてるし? 俺なんかと比較してたら、いつまで経ってもアーシェは魔王になれないぜ」

「おい」

「ううう、その通りじゃ! これはいかん! すぐさま坊ちゃまに、エルミスの爪のあかを飲み食いさせねば!」

「いや、じい、待」

「その手はどけろよ、じいさん。痛いのやだし。……ま、安心しろよ。この従兄で頼れるエルミス様が、七光りもくすむこいつを、立派な虹色くらいには仕立て上げてやるぜ?」

「ああ、エルミス、何と頼もしい……! わしは、わしは、もう心残りは……っ!」


 いきなり涙を流しながらすがるじいを、ぽんぽんと肩を叩いて慰めるエルミス。



 何という猿芝居。



 これで何回目だと考え、すぐに放棄した。ここ数年では、毎日の様に繰り返されたやり取りだ。もう慣れた。

 それに、魔王としてはまだまだ未熟なのは事実。故に、そしりは甘んじて受け入れよう。

 だが、今日ここに来たのはこの話のためではない。継承式を拒絶されるのは目に見えていた。

 だからこそ、本題は別に用意してある。


「……じい」


 ささやく様な声を、しかし、じいは耳ざとく拾い上げてきた。真剣な声音に、悪ふざけを中止して向き直ってくる。

 本番を前にして、アーシェの口の中はからからに乾いていった。じいから発せられる圧力は、外見のひ弱さに反して凄まじい。下手に気を抜けば、こちらの喉を潰される。


 ――だが、引けない。


 奮い立たせるために力の限り拳を握り締め、アーシェはありったけの願いを口にした。



「ならば、せめて。先日相談した通り、我に城下へ下りる許可をくれ」

「――――」



 言葉にした瞬間、痛々しいほどの沈黙が横たわる。じいの気持ちを代弁するかの様な静寂だ。

 しかし、譲れない。あごを引き、じいの顔を挑む様に見据えた。



 アーシェは生まれてこの方、一度たりとも民の顔を見たことはなかった。



 元々、魔王の子息は六の歳を迎えるまで、民にお披露目にはならない。幼い時は暗殺の対象になりやすく、己の身を守れる様になるまでは、という理由も含めて様々な観点からの決定だ。


 だが、アーシェは、更に長くその規律を課せられた。


 成人を迎えて魔王になり、そこで初めて民の前に姿を現せる。幼き頃から、父の遺言として行動を制限されてきた。

 自分を父の息子と知る者も、じいとエルミスを含め、今や王族と城で住み込みをしている護衛や侍従などわずかな例外のみ。会議で顔を突き合わせる貴族にさえ、息子の代理として出席している。



 いつかは国を背負い、民の命を直接この手に委ねられる自分。



 今この時にだって、民は総出で国を支えてくれているのに、直接感謝を述べることも叶わない。不義理以外の何物でもないだろう。

 顔も見せぬ自分に、民はどう思っているか。考えるだけで背筋が震えた。



 ――城下へ行きたい。



 好奇心と責任感とがい交ぜになって、成長するにつれてアーシェの想いは強くなっていった。

 先代魔王である父も、民の元に通っていたという。ならば、息子の自分も誠実でありたい。

 それに。



『魔王は勇者に倒され、果てる』



 確かめなければならない。

 城下の暮らしも、遥かなる古来よりの伝承も。

 だから――。



「――なりませぬ」

「――」



 非情な一言が、胸を貫いた。

 ずん、と頭上から押さえ付けられる様な息苦しさに、顔を歪める。


「待て、じい! 話が違うではないか! 昨日話に出した時は、社会経験を積むには良い機会かもしれませぬなー、と同意を示していた。撤回するつもりか!」

「はて。そんなことは、一言も申し上げてはおりませぬが」

「何を言う! ならば、我は何のために今日」

「坊ちゃま。ただでさえ、坊ちゃまは魔王となるには未熟に過ぎるのに、わがままを申しますな」

「じい!」

「城に繰り出し、遊びほうけ、堕落してしまえば、民に受け入れてもらうことなど夢のまた夢。今は魔王になるため、魔王修行に集中すべきかと」


 淡々と諭される。

 淡泊なのに、絶対の『拒絶』の二文字を貫かれ、焦燥に焼き切れそうになった。


「だが! 我は既にこの手で政治を担っている。書面にある文章や数字は、全てを語ってはくれぬだろう」

「……」

「文字や数字では分からぬ部分に触れ、民の視点に立てばこそ、政治と言うものは初めて成り立つのではないか!」

「坊ちゃま」

「顔の見えない君主に、民だって好き勝手にされたくはないだろう。我は」

「坊ちゃま……」


 はあっと大袈裟に溜息を吐かれる。額を押さえてよろける姿勢は、芝居がかり過ぎていっそ清々しい。


「じい。何が不満だ。我の言っていることは」

「間違ってはおりませぬ。このじい、そこまで成長された坊ちゃまに、感激で涙が止まりませぬ」

「ならば」

「で・す・が」


 ずずいっと人差し指を突き付けられる。

 妙な迫力に押され、アーシェは思わず一歩後退してしまった。



 それが、敗北の決め手となった。



 そんな憐れなアーシェを、目をすぼめてじいは見上げ。

 その実、とても憐憫れんびんとは程遠い攻撃を、敬意を添えて繰り出した。


「坊ちゃまは、ラズウェル様の『七光り』という威光さえ、有効に活用できておらぬ! どうせ、民に『我こそは次期魔王よ!』と真っ正直に打ち明けても、相手にされぬでしょうよ! はっ、と蔑みの、いえ、可哀相な目で見られること間違いなし」

「へ」


 断定口調で指を差され、アーシェの目が点になる。

 あらぬ方向からの攻撃に、完全に気圧され、更に敗北の決定打となった。


「『ふぐあーはっはっは! どうだ、この威厳溢れる姿! 敬うが良い!』と魔王っぽく高笑いを上げようと、『はーっはっはっは! 坊主、冗談も休み休み言いな!』と笑われるのが関の山!」

「んな! そ、そ、そんなわけなかろう! 我だって、高らかに正体を明かせば」

「威厳は底辺、風格は海の底、気品は奈落の底さえもビックリな坊ちゃまが、信用されるわけがありませぬ! エルミスと並んだら、百人中百人が言いましょうぞ。『エルミス様あああ! 魔王様!』と!」


 きっぱりはっきり断言され、アーシェは二の句も継げなかった。あまりにも自信たっぷりに言い切られ、プライドは粉々に砕かれる。「あー」だの「うー」だの、反論もおぼつかない。

 そんな情けない敗北宣言に、じいは、ふふんと勝ち誇り。


「いっちょまえの口を利く暇があるなら、一日も早く魔王に相応しい品格を身に着けるべく、さっさと家庭教師の元に走るがよろしい! この、七光り未満坊ちゃまが!」


 トドメとばかりに、びっしゃーん! と雷鳴をととどろかせまくり、じいは、さっさとアーシェを部屋の外に放り捨てた。実に軽々と投げ捨てる様は、ゴミをゴミ箱に放り投げる光景にも似ている。

 ばたん、と拒絶と共に閉じられる扉。

 アーシェは、しばし呆然と座り込み、断絶した扉を恨めしげに見つめていたが。



「……おのれ。見ておれ、じい」



 引きつった顔に悪巧みの色を乗せ、家庭教師のいる部屋とは反対方向に駆けだした。


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