第4話 『投げる』けもの④

「かばんちゃん、どう?野生を解放できる?」

「うーん、分からないかな。」


としょかんから練習場所に戻ってきた僕は『野生を解放する』感覚をつかもうと思いました。でもやはり僕には分かりませんでした。実はできていたという線も考えましたがサーバルちゃんが見たことがないとのであれば間違いなく無いと思います。


博士さん助手さんによると二人が会ったことのあるフレンズさんはみんな野生解放できるとのことです。これはサーバルちゃんも同様でした。なので僕も当然野生解放ができると思い、その上で僕が『投げる』練習がうまくいかなかった理由を考えてくれたのでした。

しかし僕だけはなぜか『野生を解放する』事ができませんでした。

そんな中、博士さんと助手さんが立ててくれた推測がこれです。


『ヒトは野生がない動物だから野生解放もできないのでは』




『我々は名前がないと不便という意味も込めてフレンズの力を最大限に発揮することを野生解放と名付けましたが、本来野生という言葉はヒトの手にかからず野山で暮らす動物をさす意味であったそうなのです。』

『ならばヒトのフレンズであるお前は、ヒトであるという点において野生がない、解放できないのではないかと推論しました、苦しいですがこれが我々が推測するお前が野生を解放しない理由です。』

『相も変わらずヒトは不思議な動物であるということは間違いなさそうですね助手。』

『そうですね博士。』


僕はこの推測を聞いて、自分が他のフレンズさんと違うことに少し寂しさを感じましたが、でもこれで良いんじゃないかと思いました。これまで僕がパークを旅して思ったのは、僕はみんなの力を借りることではじめて色々な問題や危機に挑めたことでした。

もし僕がとても強いフレンズで最初から全部何でもこなせたのであれば、様々なちほーを巡り様々な出会いをすることなく様々な経験もせずに自分が何者か知らないままパークでずっと暮らしていたかもしれません。そしてサーバルちゃんに会うことも無かったかもしれません。

そう考えると僕が弱くて野生解放できないというのはとても良いことだったのかもしれない、そう思いました。


でも僕は少し気になりました。なぜどんな動物にもあるのに『ヒト』に限り『野生』が無いのか。そもそもなんでヒトの手がかからなければ『野生』、かかれば『野生ではない』のか、これが不思議でした。

これは仕方ありません。ヒトもあくまで動物のひとつに過ぎず、少し不思議だけどものすごい不思議なわけではない、僕も博士さんたちもこう考えていたからです。実はヒトが自分たちの『野生』を忘れてしまうほど、それこそ他の動物に関わった時点で『野生』を失わせてしまうものすごい不思議な『何か』を持っているなんて簡単に想像なんてできなかったでしょうから…。


『ちなみに『野生解放』ってどんな感じがするものなんですか?』

『えーと、大体ぶわーっ!としてふしゅー!ときてぴゅー!…ですかね。』

『博士と似たような感じですが、私はばさっとしてぐわっとしてびゅーですね。』

『がしっ、がりっ、うみゃみゃみゃみゃみゃー!』

『…やっぱり僕分からないかも。』

『ま、まあ感覚としては表現しづらいものなので分からないかもしれませんが、限界まで野生を解放すれば普段の何倍もの力が出ると考えて間違いないと思います。しかしその反面、サンドスターを大量に消費してしまうのであまり頻繁に使うことはできません。』

『もしサンドスターを大量に消費してしまうとどうなるんですか?』

『セルリアンに食べられた時と同様に動物に戻ってしてしまうと言われています。』

『えっ?』

『ですがサンドスターを使いすぎて動物になってしまうというのははまず無いと思って良いでしょう、走りすぎて疲れて死んでしまうような感じです。しかし普段から野生を解放しすぎていれば肝心な時に力を出せずにセルリアンに負けてしまうかもしれません。』

『あとは野生解放すると目が光るんだよ!自分のやつは見たことないけど、他の子のなら見たことある。』

『ライオンさんとヘラジカさんが戦ってる時に目が光ってたけど…あれかな?』

『おそらくそうだと思います。ヘラジカはライオンと全力で戦えることが嬉しくて、ライオンはその思いに応える為に野生解放したのだと思います。セルリアンと戦うだけではなく時にはフレンズとのこみゅにけーしょんの手段、パークで楽に暮らす手段として用いることもできるのが野生解放です。』

『…。』

『落ち込むことはありません。たとえ野生を解放しなくともお前がパークを回り、フレンズと様々な交流をして自分が何者か知り、パークの危機を救ったのは紛れもない事実です。』

『「野生解放しない」というのは逆に考えるのであれば「野生解放が必要ない」と取ることもできます。ヒトに関しては分からないことが多い。我々はお前が野生を解放できないのもきっと何か意味があるのだと思っています。』




その後、僕はできる限りのことをしたと思いますがやはり『投げる』ことに関しては、うまくいきませんでした。見たり聞いたりしてできることなら可能な限り挑戦して見ようと思いましたが、まったく分からない感覚に対してどう練習していいか全く分かりません。

そして陽もだいぶ傾いた頃まで野生解放できないか試した所で、僕はサーバルちゃんにこう切り出しました。


「サーバルちゃん、僕はとしょかんに留まって『投げる』練習をするのはやめようと思う。」

「えっ?なんで?これからうまくいくかもしれないじゃない!」


『練習をやめる』、サーバルちゃんはびっくりしながらも少し困ったような顔で答えました。今までしていた練習を突然止めてしまうのですから誰だってそう思うでしょう。しかし僕は続けました。


「やっぱり『野生解放』ってなんだか分からないんだ。それに僕ってあんまり戦うとかそういうの得意じゃないのかもって…。」

「そう…?」

「あ、でもこれで終わりじゃなくってこれからも少しずつ練習して見ようと思うんだ。『野生解放』は他のフレンズさんには簡単にできても僕には簡単にできないことかもしれないし、もしかしたら僕は投げ槍じゃなくて紙飛行機を投げる方が得意なのかもしれない。サーバルちゃんに教えてもらった木登りだって旅の中で少しずつ練習して覚えたし、『投げる』こともゆっくり覚えていこうかなあって考えてる。どうかな?」


僕の話を聞いているサーバルちゃんは少し寂しそうな顔をしているようにも思えました。しかし僕が話を終えると笑顔で「かばんちゃんがそういうならわかったよ!」と認めてくれました。

サーバルちゃんはここでする練習がすごい楽しかったので終わってしまうのが寂しかったのと、僕と一緒に体を動かしたり戦う練習ができたのが嬉しかったので止めてしまうのは少し残念だと思っていたようでした。でも、これからも時々僕と練習ができるならそれでいいやと言ってくれました。

僕はホッとしました。サーバルちゃんは他人のことを頭ごなしに否定はしない子ですが、なぜ?どうして?と理由を深く聞かれると思ったのです。




実は僕はサーバルちゃんに少しウソをつきました。

僕が練習をやめようと思った理由には続きがあります。もちろんサーバルちゃんに言った『野生解放』が分からないから練習をやめようというのは本当、僕が野生解放がすぐにできないかもしれないというのも、槍以外のものを投げることの方がうまいかもしれないのではというのも本当です。しかし最後にして一番の理由だけ伏せて言いました。


最後の理由…それは「これ以上知りたくない」と思ってしまったこと。

それは博士さんに最初に声をかけてもらった時に感じた「知ってはいけないのでは」という違和感から始まった思い。当初は違和感はただの思いこみで博士さんから話を聞いてしまえば自身に対する興味が勝ってそんな事忘れてしまうだろうと考えていました。しかしその違和感は拭えず、むしろヒトや自身について知り考えるほど大きくなっていき、今日二人が話してくれた推測で感じる違和感は頂点に達しました。


ヒトは他の動物を圧倒する『投げる』という強力な戦い方をすることができたから他の動物とは違う狩りをして発展し、不思議な存在になれた。このパークに様々な遺跡を残せる程の発展を。

しかし、なぜかそのヒトには他の動物がみんな知っている野生がなかったかもしれない、野生が必要なかったかもしれない…。これがすごい引っかかりました。

そして『投げる』と『野生』、どちらも普通のフレンズさんであれば発現する特徴が僕の場合は欠けている。博士さんたちは僕が旅の最中に戦えなかったのは知識が無いからではと考えて色々教えてくれましたが、多分そうではありません。では、なんで僕は野生解放できず、投げるのも戦うのも上手くいかないのか。

悩んでいる僕の頭にふと一つの言葉がよぎりました。


それは博士さんの言った「野生解放が必要ない」という一言。

元々ヒトは『投げる』ことが得意で他の動物と同じく『野生』で暮らしていたのかもしれません。しかしそれはなぜかある時必要なくなってしまった。僕はこれをヒトが僕たちが想像できないくらい発展した証拠なのではないか、そう考えてみました。

フレンズがフレンズの技や野生解放を使って戦うのはセルリアンに食べられると動物に戻ってしまうからです。だからセルリアンという脅威と戦うために『野生』を『解放』するのでしょう。

ならばヒトはなぜ『投げる』と『野生』が「必要なくなってしまった」のか。


…戦う相手、驚異が無くなってしまったから。

圧倒的な強さと能力で敵がいなくなってしまったから。

ヒトは「必要なくなってしまった」のではないのでしょうか。


ただのほんの思いつきです。でも僕は怖くなりました。

強い苦手意識を持っていた戦うことに関して必死になって考えていたからというのもあるかもしれませんが、自分だけ当たり前のことができず、分からないという疑問はこんなおかしな推測を生み出しました。

僕も最初はおかしいと思いました。変に考えすぎだと。しかしその後しばらく考えても僕と他のフレンズさんで何が違うのか思い浮かびませんでした。「じゃあなぜ僕は」の答えが。


そんな恐ろしい思いがめぐり少し混乱していた僕が至った結論が「これ以上知りたくない」でした。

もし、としょかんにずっと留まって練習し続けたらこのおかしな推測が当たってしまうかもしれない。野生解放とは何か分からず、小さなセルリアンと戦うことすらできなかった僕に戦う相手がいなくなってしまう程のとんでもない力が隠されている可能性があるかもしれない。

ならばこのままでもいい。野生解放できずとも、戦えなくても、弱くてもいい。これ以上できない、知らないことに大きく踏み込まない方がいいのではないか。そう思ってしまいました。


不思議なことです。ヒトがどこからパークへ来て、どんな動物で、なんでパークからいなくなったのか、ヒトに関することには強い興味がありました。そして自分は何者なのか、知りたい。違和感を持ちながらでも博士さんの教えてくれることをとても興味深く、楽しんで聞きました。

しかし僕は「ヒトの戦い」だけは知ってしまうのを防ごうとまでしたのです。




「でもあたしたちが別のちほーへ行っちゃったら博士たち悲しむね。」

「えっ?なんで?」

「かばんちゃんの料理が食べられなくなるから!」

「あはは…。」

「かばんちゃんは気付かなかったかもしれないけど博士たち、かばんちゃんが料理作ってる時によくつまみ食いしてたんだよ。あたしもいっぱい食べたけど、二人はもっと食べたかったんだね。」


サーバルちゃんに練習をやめることを伝えたあと、僕たちは練習場をきれいに片付けていました。これは今まで練習させてくれてありがとうという気持ち、博士さんが他のフレンズさんにも遊んでもらおうと考えていたことを汲んでもし僕たちの他にここに誰かやってきてもすぐに遊べるようにです。

僕の心は穏やかでした。この後、わざわざ本を読んで色々なことを調べてくれた博士さんたちに練習をやめたいと伝え、別れを告げて他のちほーに行ってしまうにも関わらずに。怯えていたのでしょう。僕が、ヒトがとんでもない動物であるかもしれないのが突拍子もない推測ではなく本当になってしまうことを。

でもこれ以上踏み入らなければ知ってしまうことはない。戦うことの練習をしなければ、としょかんから去って他のちほーへお礼をして回ることで日常が戻ってくれば。

僕のおかしな推測もほんの思いつきでおしまいになるのです。











でもそんな僕の願いは無残にも砕け散ることになります。




「ん?今何か聞こえなかった?」

「えっ?僕は何も聞こえなかったけど…。」


片付けもそろそろ終わりに近づいていた時、いきなりサーバルちゃんが言いました。サーバルちゃんは僕よりはるかに耳が良く、遠くの小さな音まで聞くことができます。旅の最中でもサーバルちゃんの耳が良かったからこそ分かったことや知れたことがありました。

そして、同じ様な経験を僕たちはしていたのです。二人で旅を始めたあの日に。


「ん!これは誰かの叫び声じゃない!助けに行かなくっちゃ!」

「え?待って、サーバルちゃん!」


僕の返事を聞くことなくサーバルちゃんは走り出しました。

練習場の脇は木が生い茂る森で、足元には背の高い草がたくさん生えていましたがサーバルちゃんはピョンピョン草むらを跳ねながらとんでもないスピードで駆けていきます。僕にはとてもついていけない速さです。

どうしようかと困っていると、そこから少し離れた所に草が少し少ない場所がありました。行ってみるとそこにはじゃんぐるでラッキーさんに案内された時に歩いたような木で作られた道がありました。これなら僕もついていくことができます。

有事かもしれない。こんな時にサーバルちゃんとはぐれるのはまずい。全速力で走りました。

しばらく走ると遠くで誰かの声が聞こえました。サーバルちゃんの聞いた叫び声の出所かもしれません。嫌な予感がします。サーバルちゃんが同じく叫び声を聞いたあの時と同じであれば、そこで起こるのは…。


走っていると突然道が終わり、練習場と同じような開けた場所が広がっていました。小さな建物があったり、色々なものが置いてあります。誰かが作った遊び場でしょうか。強烈な夕日に目がくらみました。

目が慣れてきた僕は少し離れた所でフレンズさんがセルリアンが戦っているのを見ました。頭に羽根か耳のようなものがある緑色の体をした初めて見る方でした。サーバルちゃんが聞いた悲鳴はこのフレンズさんのものとみて間違いは無さそうです。

状況は悪いようでした。戦っている相手は僕たちがあの日…さばんなであったセルリアンによく似ている空色のセルリアンで、こちらは腕が6本あり大きさもやや大きめなくらいでしょうか。少し身体がくぼんでいたので戦いで傷は負ったようですが、倒れるまでには至らなかったようで腕を振り回したり叩きつけて攻撃しています。

対するフレンズさんは遠目で見る限り息も絶え絶え、体は砂ぼこりまみれでした。その体はすでに攻撃を避けるので精一杯といった様子です。


セルリアンは攻撃の手を緩めず6本の腕を振り回し、一方的に攻撃を仕掛けます。フレンズさんは後ずさりながらもなんとか逃げ回ります。

しかしセルリアンは甘くありませんでした。攻撃に使っていない2本の腕を絡めると強く地面に叩きつけたのです。当たりはしませんでしたが大きく地面が揺れるほどの一撃。フレンズさんは衝撃で足がもつれ、転んでしまいました。次の攻撃は避けられません。

その機を逃さずセルリアンの腕が伸びます。腕の先は二股に裂けて広がり、とても逃げ切れる形ではありません。その形はまるでそのままとって食おうとしているようです。フレンズさんはなんとか立ち上がり逃げようとしますが間に合いません。


「危ない!」


僕は叫びましたが手が届きませんでした。いや、届いた所で何ができたでしょうか。

僕は見ていることしかできませんでした。




その時視界の端に何かが写りました。

サーバルちゃん。

すんでの所で飛び出したサーバルちゃんがフレンズさんを突き飛ばします。


この一瞬の光景は今でも目に焼き付いています。燃える炎のように真っ赤な夕日と木々、地面に落ちる真っ黒な影、迫る灰色の腕、突き飛ばされ宙を舞って茂みの奥に消える緑色のフレンズさん、そして…。


入れ替わりになる形でセルリアンの二股に裂けた腕に体をはさまれ、顔を歪めるサーバルちゃんを。

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セルリアンハンター、かばんちゃん エフジェイ @fjfj

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