第3話 『投げる』けもの③
「うみゃー!えーい!わーい!たのしいなー!」
博士さんから話を聞いた次の日、僕たちは図書館に留まっていました。お礼をして回るのは一旦中止、僕のフレンズの技であるかもしれない『投げる』の練習をすることにしたからです。僕が木を登れるようになったように、サーバルちゃんが物を投げることができるようになったようにうまく『投げる』ことができるようにするためには練習するのが一番だと思いました。
練習ですが図書館の近くの森にあまり木が生えていない場所があったので、土を運んで押し固めた壁を作り、丸太を輪切りにしたものを置きそこに槍を投げて当てる練習場所を作りました。最初は木の枝に何か的をぶら下げて練習しようかと思いましたが、他のフレンズさんに間違ってぶつけてしまっては大変なので、後ろに壁を作ることで危険を減らそうと思いました。
投げ槍は博士さんと助手さんが見つけた資料に載っていたものを見よう見まねで作ってみました。投げ槍は本来であれば先の尖った道具らしいのですが、練習用として使うには危ないので先は尖らせないことにしました。代わりにサーバルちゃんが毛づくろいをした時に抜けた毛を貰って集め、丸めたものを先に付けて大きく硬い枯れ葉で抑えてツルで縛りました。これなら柔らかいので万が一誰かに当たってしまったとしても大怪我にはならないのではないかと考えたからです。
また、投げ槍に鳥の羽をつける事でまっすぐ飛ぶようになると書いてあったので、博士さんと助手さんの羽をもらうことにしました。その時博士さんが「かばんにひんむかれたのです!責任をとって毎日料理を作るのですよ!」と言っていたのは結局どういう意味かよく分からずじまいでした。しかし前回図書館に来た時の経験から、お礼は料理を作ったら喜んでくれるかなあと考えていたのでとても良かったです。
…今思えばもしかしたら鳥のフレンズさんは羽を取られる事が嫌いで僕の配慮が足りなかったのかもしれません。もし謝る機会が訪れるのであれば…謝りたいと思います。
ちなみに投げ槍を作るのに使う長くて真っ直ぐな木は料理に使う焚き木を探している最中に程度の良いものをたくさん見つけることができました。
サーバルちゃん、博士さん助手さんに見つめられる中、僕は試しに槍を投げて見ることにしました。あまり離れず見やすい位置から助走をつけて投げた槍は…ちゃんと的に当たりました。的に当たった時に「カツン」という音はしましたが、かなり安全に練習ができると感じました。
「すごいね!あたしもやりたい!あたしもやりたい!」
「やりますねえ。見ていてなんですが意外と楽しそうなのです!これはのちのち大々的に宣伝してこうぎょうしゅうにゅーを得るために使えるかもしれません。」
「…せっかく二人が考えたものなのに勝手にそういうことに使う悪い博士はめっ!なのです。」
「すみませんでした…。」
「わかればよろしい。」
「何言ってるのふたりとも?」
その後博士さんと助手さんにも試しに使ってもらって、安全を確認。これで投げる練習ができるようになりました。お二人は知ってはいても物を投げる体験は初めてのようで、「本当にヒトという生き物は不思議な体をしていますね。」と驚いていました。
その後は完成した練習場所と投げ槍を使って毎日『投げる』練習をしました。とはいってもずっと練習をしていたわけではなく、博士さんと助手さんと一緒に本に書かれている料理を色々作ってみたり、サーバルちゃんと一緒に遊んだり、本を読んだりしました。『投げる』練習は僕だけでなくサーバルちゃんも一緒にしてくれます。
しかし、そんな生活の中で僕が練習に違和感を覚えたのはすぐでした。
「うみゃあ!…やった!真ん中だ!」
「……。」
「かばんちゃん?投げないの?」
「え?うーん、ちょっと考え事してた。ごめんね。」
僕が感じたのは、僕はそこまで『投げる』事が得意じゃないのでは?という感覚でした。これまで出会ったフレンズさんは必ず何か得意なことがありました。
サーバルちゃんは高くジャンプすることや遠くの音や小さい音まで聞くこと、速く走ることが得意だと言っていました。実際に僕と比べたら勝負にならないと思います。
僕も初めてとしょかんを訪れた時に博士さんに教えてもらったヒトの特徴にいくつか得意なことの心当たりがあるといえばあるので、一応フレンズとして得意なことはあるのだと思います。
しかし、『投げる』ことに関しては得意であるという気がしませんでした。サーバルちゃんと一緒に練習していても、僕の方が的にうまく当てられたり、遠くに投げることができるとは思いますが、その差はあまりありませんでした。
そんな僕を見てサーバルちゃんが「なにか分からないときはとしょかんで聞いてみようよ!」と声をかけてくれました。一度休憩して力を抜いてやろうという提案だったのかもしれません。僕はとしょかんで博士さん達に聞いてみることにしました。
「うーん、投げるのがどうもうまくなってる気がしない、ですか。たしかにフレンズ全員が動物だったときに持っていた能力をフレンズになっても使えるとは限らないとも思われますが…。」
「そうだとしてもヒトという動物にとって投げるという行為はらいふわーくであり、フレンズ化の際にも特徴として表れてもおかしくない、そう我々は考えて資料を集めお前に声をかけてみたのですが…うむむ。」
「博士と助手のはなしはちょっと難しくて分かんないけど、あたしはかばんちゃんって投げるの得意な子だと思うけどなあ。すごい遠くの的にぴゅーって投げてぴったり当たるんだもん!」
「もしかしたら僕は何か練習の仕方を間違ってるのかもしれません。お二人とサーバルちゃんは体を動かしたりセルリアンと戦ったりする時に何か心がけていることってありますか?」
博士さんと助手さんは首をかしげます。もちろん僕も分かりません。博士さん達の教えてくれた僕は投げることが得意というのが間違っているとはとても思えませんでした。でも僕は投げるのが得意であるとどうしても思えないのでした。そうであれば間違っているのは僕のやり方じゃないか、そう考える他ないのです。他のフレンズさんにあって僕にはないもの。
そんな時に「もしかして…」と手を挙げたのはサーバルちゃんでした。
「そういえばかばんちゃんは一度も野生解放してないけど、野生解放したらもっともーっと遠くに投げられるかもしれないね!」
「野生解放?」
今こそ日常的に使っている力ですが、『野生解放』この時は初めて聞く言葉でした。
何のことかわからず困惑している僕の反応を見た博士さんと助手さんがそれです!と説明をしてくれました。
「自分の動物としての野生を最大限解放した時に発揮される力、それを我々は『野生解放』と呼んでいます。お前も経験があるでしょう、その状態で投げ槍を投げて見るのです。おそらくうまくいくはずです。」
「たしかに野生解放をしていない状態で投げ槍を投げていたら、それはあまり投げることが得意ではないと感じてしまうかもしれません。今はセルリアンの件など色々あってサンドスターが足りてないかもしれませんが、回復したら試しに少し野生を解放して投げてみるのですよ。」
「それにしてもサーバル!なぜそんな重要なことを最初に言わないのですか!」
「いや、だってかばんちゃんが野生解放したことあたし見たこと無いもん!だからかばんちゃんは野生解放しないフレンズなのかって…」
「そんなことがあるわけないでしょう。程度の差はあるとして野生解放できないフレンズなんて聞いたことも見たこともないのです。もっと頭をつかうので…」
「あの、すみません。僕…よく分かりません。」
僕の一言で博士さんと助手さんの表情が固まりました。お二人の言っている『野生解放』という感覚が何か分からず口から出た言葉ですが、想定外であり驚いているようでした。サーバルちゃんが「ほら!やっぱり!」と言うと二人は顔を見合わせ、すぐに博士さんが僕の肩に手を当て、目をじっと見ながらゆっくり口を開きました。
「かばん、お前は野生解放したことがない…というか野生を開放するという感覚が分からないのですか?」
「は、はい。」
「じゃあこれまでパークを旅してきた中で普段とは違う変わった力を出して何かをしたことは?例えば体を動かす時…セルリアンと会って逃げる時などに…。」
「いえ、特にありません…。」
「博士…これは…。」
「ええ…そうですね助手、これは…。」
「もしかしてかばんは野生解放しないフレンズ、ということなのでしょうか…。」
僕だけが知らない『野生解放』。それを知った僕は自分にフレンズなら必ず持つ常識的な能力が無いのかなと考えてしまうこともありました。しかし、これは誤りでした。
「無い」ではなく「しない」。博士さんの言う通りだったのです。
僕は『ヒト』という不思議な動物の本当の力の出し方を知らなかっただけでした。
僕の野生は、安全な練習場所ではなく絶体絶命の環境でこそ初めて理解できるものである、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます