第2話 『投げる』けもの②

「投げる…こと?」

「うみゃ…?」


「お前が一言で言いにくいとても変わった動物であるのは前に説明しましたね。いくつもの特性を持ち、それらを活かして様々な活動をする。このパークを作ったのもおそらくヒト達でしょう。」

「そんな情報の中、我々は何かを感じたのです。私のワシ的部分もうずきました。ヒトがここまですごい力を持つに至った何かを…。」

「気になった私達はお前達が去ったあとに図書館の資料をありったけ読み、見つけました。ヒトをヒト足らしめた何かを。それが投擲、投げることなのですよ。」


博士からこう聞いた時に最初に僕はなんで投げることがセルリアンとの戦いに活きるのか不思議に思いました。

確かに他のフレンズさんに投げることを得意とする方はいませんでしたし、僕は投げることが得意なのかもしれません。でも何かを投げる事でセルリアンの興味を引けてもそれだけではセルリアンは倒せません。

僕がさばんなで紙飛行機を投げた時はサーバルちゃんがセルリアンを倒し、サーバルちゃんが投げた火の着いた紙飛行機はセルリアンを船に誘導し、ラッキーさんが捨て身でセルリアンと共に海に沈むことで倒しましたと聞きました。

両方ともセルリアンを倒す大きなきっかけになっているのは確かですが、紙飛行機がセルリアンを倒している訳ではありません。


「あの、僕は投げるってそんなに強いとは思わないです…。セルリアンの注意を引くことはできるかもしれないですが倒したりはできないような…。」

「ふはは!こんなこと言ってますよ助手!我々の説明を聞いたあとでまだこんなゆうちょーな事を言ってられるとしたらお笑いですね!」

「博士も資料を読んでいる時に変なご本を読みすぎて少し変わってしまったのです。まあ普通に説明しますが、かばん、お前が投げたのは紙飛行機ですよね。」

「え、はい。」

「ヒトはそんなものはあまり投げてはいなかったのですよ。」


衝撃でした。

いえ、最初に投げたものが手元にあった上に軽くて扱いやすい紙飛行機であり旅をする中であまり他のことを考えつかなかったというのもありますが…だとしたらヒトは何を投げていたのでしょう。何のために投げるということをしていたのでしょうか。


「資料にはヒトは石や棒、それらを組み合わせた『投げ槍』を投げていたと書かれていました。投げ槍というのは細長い木の先を尖らせて作った道具で、ものによっては石ではなく鉄という変わった素材でできている物もあるそうです。まあ、暇な時には紙飛行機のような物を作り、皆で投げて楽しんでいたかもしれませんが…。」

「ねえねえそれって何のために投げてたの?それもセルリアンと戦うのに関係あることだったりするの?」

「ヒトは投げることで狩りをしていたらしいのです。我々が以前ここでお前たちにヒトの特徴を語った際に気にかかったのは、様々な特徴をもつヒトがどうやってここまで我々の想像を絶する発展を遂げたかです。それは狩りが極めて上手なのが大きいとのことです。狩りの効率が良く成果が多いことで余剰資源を蓄える事ができ、余剰資源を使って群れを大きくしたり、生活を向上させる発明をしたそうなのです!ヒトが狩りに使った能力は様々ですが中でも物を投げるというのが一番変わった点でしょう。」

「う、う~ん、説明が難しくてよく分かんないけど、ヒトも狩りをする動物だったってことなんだ。じゃあかばんちゃんも私と一緒だね!」


さらに衝撃。

僕の感覚だとヒトはそんなに強い動物という感じはしませんでした。もしかしたらそれは僕だったからそう思っただけで他のヒトやヒトのフレンズさんがいたらそうは思わなかったのかもしれません。

しかし、ヒトが狩りする動物というのは想像もしませんでした。生まれてすぐさばんなちほーをさまよっている時にサーバルちゃんに追いかけられた時、僕はサーバルちゃんに食べられてしまうのではないかと思って逃げました。本当なら僕がサーバルちゃんを追いかける事もできたのでしょうか?いいえ、そんな事は想像したくありません。それぐらい僕が狩りをする動物と言うのは衝撃的で信じがたいことでした。


「そして投げることで狩りをする動物というのはヒトとその仲間しかいなかったそうなのです。ヒトは頑丈ながらも柔軟に動く肩と腕、器用な手首と手先を駆使し二足歩行で大地を掴みながら力いっぱい物を投げることができます。いわゆる『せんばいとっきょ』と言うやつです。ヒトは自分達は他の動物と異なり投げることが得意だというのをきちんと理解し、そしてそれをうまく狩りに活かしたみたいですね。」


博士さんが体を動かしながら身振り手振りでわかりやすく説明してくれました。しかし僕はまだ投げるということがそんなに強いことだとは実感できていませんでした。これは投石や槍という敵を倒すために考えられた手段で投げるという事の強さを理解できていなかったというのもあるのかもしれません。


「あのえーと、ですがそんなに投げることってすごい事なんでしょうか?僕は鋭いツメや大きなツノを持ってたほうがかっこ…いや強いんじゃないかなーって思うんですが。」

「えー!?あたしは色々な物を投げれる方がすごくってかっこいいと思うけどなあ。」

「ふふ、良い質問なのです。ならば実演してみましょう!サーバル、今から狩りごっこをしますか。じょしゅが獲物役をやりますから捕まえて見てください。」

「なのです。」

「え?いいの!?よーし、負けないんだから!」


そう言うとサーバルちゃんは地面を蹴り高く飛び上がりました。サーバルちゃん得意の大ジャンプです。ジャンプの頂点でクルッと一回転すると助手さんに飛びかかりました。しかし…。


「かかりましたね。食らえ!対空らりあっとおおおお!」

「えっ?うわっ!」


なんと助手さんの反撃。助手さんはくの字に曲げた腕を勢いよくサーバルちゃんに叩きつけようとします。サーバルちゃんは間一髪空中で体をひねることで避けましたがきちんと着地ができず、床をゴロゴロと転がって勢いを殺しました。


「びっくりしたよー!まさか助手がやり返してくるなんて~!」

「ええ…何をしているのですかじょしゅ、もうちょっとやんわりで良かったのですよ。」

「はっ…つい体が。資料に載っていた技をつい試してしまったのです。これもかばんの事を調べたからなのです。私は悪くねえのです。かばんのせいなのです。」

「サーバルにしてはなかなか上手い見本を見せましたね。…まあとりあえず、これが大抵の動物の狩り。狩りを行う側にのみ常に攻撃のチャンスがあるのではなく、時には追われる側からこうやって反撃される事がある、そういうことが分かりましたか?そしてヒトが物を投げて狩りをするようになった理由、気づきましたか?」

「…いえ。」


残念ながらこの時の僕はここまで言われても分かりませんでした。この後答えを聞いた時は「狩り」「戦う」という事に苦手意識を持っていてあまり頭が回らなかったのだと思いましたが、単純に経験が少なく想像できなかったというのが正しいのではないかと思います。

一つの動物として自分の体の全能力を活かして戦う、当時の僕は到底考えもしない事でした。…今思えば後々、真逆の悩みを抱えることになるとはなんとも不思議な感覚がします。


僕が悩んでいると「はいはーい!あたし分かったかも!」とサーバルちゃんが元気よく手を挙げて言いました。

サーバルちゃんが手を挙げたことに僕はびっくりしました。しかしサーバルちゃんは狩りごっこも大好きですし、紙飛行機を投げたこともありますから戦い方、投げる事の強さを分かるのも当然なのかなと思いました。サーバルちゃんはそう考えていた僕を見ると「かばんちゃん、前作った紙飛行機、いくつか借りていーい?」と聞いてきたので僕は不思議に感じながらサーバルちゃんに紙飛行機を渡しました。


「助手!もう一回狩りごっこしようよ!今度は負けないよ!」

「ふん!今度こそらりあっとのサビにしてやるのです!」

「本当にサーバルは分かったんでしょうか。まあ良いのです。両者見合って…狩りごっこ開始ぃ!」


開始の宣言と同時に助手さんはサーバルちゃんに駆け寄りました。しかしサーバルちゃんは動かず、紙飛行機を投げました。紙飛行機を避ける助手さん。その隙にサーバルちゃんはジャンプで少し距離をとってまた紙飛行機を投げました。また助手さんは紙飛行機を避けます。

何度も何度も同じ事を繰り返す二人。僕はやっとここで『投げる』という事の強さを知りました。そんな僕の反応を見て博士さんは「これ以上の説明は要らないですね」と呟き、二人を止めました。


「すとーっぷ!狩りごっこはここまでなのです!」

「えっ?終わり?もっと遊んでたかったのに~!」

「サーバルに必殺技を叩き込めなかったのです!悔しいのです!」

「なーに本気になっているんですか助手は。…かばん、もう分かりましたね。」

「はい。サーバルちゃんは何回も紙飛行機を投げることができましたが、助手さんはサーバルちゃんに何もできませんでした。紙飛行機と腕の長さでは届く範囲が違うからですね。」


僕が答えると博士さんは満足そうな顔をして胸を張って答えを教えてくれました。


「ごめいとう。そういう攻撃の届く範囲をヒトは『リーチ』『間合い』などと呼んでいました。要するにヒトはものを投げることで他の動物より格段に広い攻撃範囲、リーチを持っていたのです。しかもサーバルが投げたのはゆっくり空を飛ぶ紙飛行機でしたが、先程言った石や投げ槍はそうではありません。詳しい事は分かりませんがヒトの考えることです、速く遠くに強く投げられるように色々工夫し、相手や用途によっては投げるものを柔軟に替えていたに違いありません。」

「そしてこれらはかばん、お前の言っていたツメやツノと違い体の一部ではありません。投げたものに反撃されたところでケガをすることは決してないのです。…不本意ですがもしも投げたものが紙飛行機で無ければであれば私は今頃サーバルに倒されていたでしょう。これがヒトの得意とする『投げる』ということ。お前が持っているであろうフレンズの技なのです。」


ようやく理解できた「投げる」ことが得意であるということの強み。触れれば倒されてしまうかもしれないツメやツノの届かない場所から一方的に相手を打ち伏せることを得意としていた動物であったヒト。

この時、これまで自信が無く知らなかっただけで実はヒトは…僕は実はとんでもない動物なのではないか、そんな考えがちょっとだけ頭をよぎりました。しかしすぐに僕は何を考えてるんだ、いくらなんでもそれは考えすぎじゃないかと思い直し忘れてしまいました。


今では分かります。この予感は当たっていました。

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