第127話 メリューカ近郊にて

知識都市メリューカの近郊……重装備の冒険者が慌ただしく森を行進していた。装備の質や、その物腰からかなり高レベルの冒険者ばかりだと思われる。


「トゥランさん、この人数で討伐できますかね……」

若い騎士風の男に、トゥランと声をかけられたのは、四十前後のベテランの冒険者であった。トゥランは、その若い男にこう答える。

「レベル50超えが20名の編成だ、さらにその中の3名は四次職だぞ──ブラックドラゴン2、3匹だって簡単に討伐できる戦力だから問題ないだろう」

「しかし、相手はあのメリューカの魔獣ですよ」

若い冒険者は、メリューカの魔獣を伝承のように聞いており、その凶暴性と強さを恐れているようだ。


メリューカの魔獣──メリューカ近郊の、大型モンスターポータルから、10年に一度、湧き出ると言われているレアモンスター……その推定レベルは100以上と言われ、かなり上級の冒険者パーティーでも討伐するのは困難とされていた。


「まあ、話ってのは尾ひれがついて伝わるもんだ、メリューカの魔獣と言っても大したことはなかろう」

「そんなものですかね……」


この冒険者たちは、ルーディアの大手ギルド、シリウスのメンバーであった。

数日前、冒険者組合からのミッションが、シリウスにもたらされた。それは知識都市メリューカ近郊に魔獣の目撃情報があり、その調査と、討伐を目的とするものであった。


シリウスからはトゥランをリーダーとする20名が選出され、メリューカに派遣された。そして今、その目撃情報があった場所へと近づきつつあった……


「トゥランさん、情報ではこの辺りのはずです」

「そうか……皆! 敵はメリューカの魔獣だ、我らに倒せない相手ではないと思うが、油断するなよ!」


その言葉に、その場にいる全ての冒険者が大きな掛け声で答えた。


冒険者たちの声が響く森の中……それに答えるように目的である魔獣が現れる。魔獣の姿は狼であった……しかし、その大きさは普通のサイズではなかった。巨人すらもひと噛みにできるであろう大きな口に、ルビーのように透き通る赤い瞳、そしてその魔力の強大さが予測できるほどのオーラが体から放出されていた。


最初に動いたのは、シリウスの前衛の一人であった。ハイランダーと呼ばれる三次職のその男は、大きな斧を振りかぶり、魔獣との間合いを詰める。


前衛職の役割は、敵の注意を引いて牽制する、そして後衛職に攻撃が行かないようにガードする、そんないつもの動きをそのハイランダーは行なっていた。ただ、いつもと違うのは、そんな全ての役割を行う前に、彼の首が吹き飛んでしまったことであった。


ハイランダーの首が地面に転がるのを見て、その場にいた冒険者たちの背中に、冷たい悪寒が走る。


「単独で動くな! 敵はメリューカの魔獣だぞ!」


その声を聞いて、冒険者たちはすぐに陣形を形成する。お互いをフォローして、敵を牽制する包囲陣であった。


そんな冒険者たちの動きなど気にすることもなく、魔獣はゆっくりと近づいてくる。

「前衛は壁となれ! 後衛は一斉攻撃だ!」

トゥランの指示で、全員が動く。後衛は魔法や弓矢で魔獣に一斉に攻撃を開始する。前衛は魔獣の攻撃に備えて、盾や剣を構える。


十数人の一斉攻撃には、流石の魔獣も怯んだ、攻撃の中には、四次職のフォースウィザード高火力魔法も混じっており、それには硬い魔獣の皮も傷つけられていた。


だが、それでも魔獣に致命傷を与えることはできなかった。魔獣は、連続攻撃の中の小さな隙を逃さなかった。岩をも溶かす、クリムゾンレイの灼熱の攻撃を避けると、魔獣は冒険者の陣形の側面に素早く回り込んだ。


防御力には絶対の自信のあったマスターアーマーの冒険者が、魔獣の爪により真っ二つに切り裂かれる。


「くっ……怯むな! 今がチャンスだ、魔獣を包囲しろ!」


トゥランは、魔獣の戦闘力が自分の想像していたより数段上であることに焦っていた……その為、前衛が一撃で葬られるほどの攻撃力の相手を、不用意に包囲してもどうにもならないことに考えが及んでいなかった。


包囲しようと魔獣の後方に回り込もうとしたマスターナイトの足が吹き飛ぶ……それは魔獣の無詠唱魔法の攻撃であった。その攻撃に、冒険者たちは魔獣に死角がないことを悟る……そして強烈な恐怖が沸き起こってきた。


「化け物だ……うっ……うわーー!!!」

そう叫んで逃げ出した冒険者を見て、他の冒険者も、我先にと逃亡を始めた。


しかし、それを魔獣は黙って見ているわけもなく、逃げ出して背中を見せ、無防備になった冒険者を、一人、また一人と噛み殺していく。


「だ……ダメだ……」

その光景に絶望を感じていたトゥランは、さらに信じられないものを見る……それは、自分たちを取り囲むように近づいてくる魔獣の群の姿であった……


「1匹じゃなかったのか……」

それがトゥランの最後の言葉になった……彼の首は色鮮やかに生えているキノコの横に、無残にも転がり落ちた。


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