第74話 その男凶暴であった

そいつはずっと俺の後ろでブツブツと何かを言っている。なるべく無視しようと思ったけど、彼の放った一言が、俺の触れてはいけない部分に強烈な一撃を与えた。

「・・・だからさぁ。ミリアちゃんが人間だったらもっと好きになってたと思うんだよな。どうしてサキュバスなんだよと、そこだけが残念で仕方ないよ」


俺はそいつの胸ぐらを掴んでこう叫んでいた。

「馬鹿野郎! サキュバスだからミリアちゃんは良いんだ!! 何もわかってねえ奴がグダグダ言ってんじゃねえ!」


人間のミリアちゃんにどんな魅力を感じると言うんだ。あの黒い翼の付け根の女体との境目の美しさ、プリッと形のよいお尻から唐突に禍々しく生えている黒い尻尾・・そして頭から生えている芸術的な飾りのようなツノ・・これが全て、人間だったらないんだぞ。


「き・・・君は暴力を振るうのか・・そ・・そうか、僕の方がチケットを多く持ってるから悔しくて暴力に訴えでてるんだな。そんなものに僕は負けないぞ」


そんな物言いのそいつに、さらに怒りを感じていると、数人の黒服の男が現れて、俺を制止する。

「お客さん。ここで騒ぎは困ります。それにあなた冒険者ですよね。あちらのお客人は一般市民のようですから、最悪、治安隊を呼ばないといけなくなりますよ」


そうなのだ・・冒険者からの一般市民への暴力行為は犯罪である。このままでは俺は治安隊に捕まってしまう。悔しいがここは引き下がった。


「ふん。君は僕に暴力を振るおうとした。その損害を賠償する為に、順番を代わりたまえ」

腸が煮えくりそうになったが、ここは仕方なく順番を代わってやる。それから俺の前に並んだそいつは、懲りずに前のやつにボソボソ何か言っているみたいだ。


さらに時間が過ぎて、いよいよ、前の変な奴の番になった。そいつが幕の中に入って数分が過ぎた時、異変が起きる。あの変な奴の奇声が響き渡ったのだ。


「きょえええええええええ!!! ミリアちゃんがそんな目で僕を見ちゃダメだ! ダメなんだ!」


その奇声に合わせて、ドタバタと暴れる音が聞こえる。そしてその混乱の中、仕切りになっていた幕が落ちて中の様子が見えた。それはとんでもない光景であった。あのミリアちゃんがあいつに抱きつかれて暴れている。二人の黒服が慌てて男を引き剥がそうとしていた。


男は隠し持っていたナイフを振り回し始めた。黒服の一人がそのナイフで刺される。もう一人の黒服も振り回したナイフに切りつけられて後ろに倒れた。


男はそのナイフを持ってサキュバスのミリアちゃんに迫る。

「み・・ミリアちゃん・・ぼ・・僕と逃げよう・・そして一緒に暮らそう・・そうしないとダメなんだ。ミリアちゃんは僕と一緒にいるべきなんだよ」


そう言われたミリアちゃんは、冷たい目でその男を見て、一言呟く。

「キモいんだよ・・お前・・」


そう言われたその男はまた奇声をあげてこう叫ぶ。

「きょええええ!! ミリアちゃんはそんなこと言わないんだ! 君は誰なんだ! なんなんだよ。さてはミリアちゃんの偽物だな! そんなインチキな奴は僕が壊してやる!」


そう言ってナイフを振り回しながらミリアちゃんに襲いかかった。

「ブラック・ライトニング!」


ミリアちゃんから放たれた黒い雷がその男に直撃する。その一撃で男は倒れて動かなくなった。そりゃそうだ。なんだかんだ言っても彼女はサキュバスである。普通の一般市民が勝てる相手ではない。


倒れた男は、裏から出てきた黒服に連れて行かれた。怪我人もそのまま運ばれていく。ミリアちゃんも、毛布をかけられて黒服に付き添われて退場していった。


そんな感じで騒ぎとなったイベントだが、当然というか・・悲しいことに中止となってしまった。俺はその発表を聞いた瞬間その場でフリーズする。


くっ・・なぜ俺はあの馬鹿と順番を代わったんだ・・俺が先に入ってれば、あのミリアちゃんの裸体を近くで見ることができたのに・・俺は人生で一、二を争う後悔を、今、感じていた。

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