第75話 ギルマスとユキ

「ルキア。この書類を冒険者組合の担当に渡すだけでいいんだからな。変なこと言わないでいいんだぞ」


ヴァルダは、自分で記入した書類をルキアに渡してそう言った。本当はルキアだけでは心配なので、自分も付いて行きたがったが、どうしても外せない用事があったので書類だけ用意して後は彼女に任せることにした。

「大丈夫だよ。こんな簡単なお使い、子供にもできるだろ」

「それができないから心配してるんだろ。前に収支報告の書類を提出させに一人で冒険者組合に行かせたら、どこでどうなったか今だにわからないけど、緊急ギルドミッションを受けて帰ってきただろ・・」

「ああ、あれね。あれは僕にもわからないんだよね。どこでそんな話になったんだろう・・・」

「・・・・やっぱり心配だな・・・しかし、他のサブマスもメンバーもほとんどみんな出払ってるからな・・」

「大丈夫、大丈夫。任せとけ。チャチャっと行ってくるよ」


そう言いながらルキアは部屋を出ようとした。

「おい・・書類忘れてるって・・」

「あ・・そうか、それ持ってくんだっけ」


ヴァルダは慌てて寮の廊下に出て大声で叫んだ。

「おーい! 誰かいないかー!」


静かな廊下にその声が響き渡ってしばらくすると、一つの扉が開かれた。出てきたのは小さなユキジョロウのユキである。

「呼んだか、ヴァルダ」

「ユキしかいないのか・・ジンタはどうした?」

「なんか人生最大級の重要なイベントとやらに出かけてる」


「そうか・・まあ、ユキは子供にしてはしっかりしてるからな・・ルキア一人よりはマシか・・・。ユキ、すまないが、ルキアと一緒にお使いに行ってくれるか」

「いいよ。ユキ、一緒に行く」


普通に考えたら子供にお守りをされるってどうかと思うが、ルキアは同行者ができて喜んでいるようだ。二人は仲良く部屋を出て行った。のだが、ヴァルダにまた呼び止められる。

「ルキア! だから書類を持って行けって。どうして手に持ってた物を机に置くんだ」

「いや、ユキが一緒に行ってくれるってのが嬉しくてつい・・」

「本当に大丈夫か・・・」


「それじゃ、行ってくるよ」


そう言って今度こそ本当に二人は出かけて行った。そんな二人の後ろ姿を、微妙な表情で見送るヴァルダであった。



冒険者組合の事務室で、一人のルービエン森の小人の女性が書類を整理していた。彼女の名はミルフィネット、冒険者組合に就職して一年の新人であった。


「ミルフィネット。課長が呼んでるぞ」

先輩からそう声をかけられて、ミルフィネットは整理していた書類を棚に戻して課長室へと向かう。彼女の表情は曇っていた。それは課長が自分を呼び出す時は、ろくでもない自慢話を聞かされるか、無理難題を押し付けられるかのどちらかであったからである。


「課長、何かご用ですか」

課長室に入ると、無表情でそう声をかける。するとドワーフ族にしては細身の課長は、大きなトロフィーを机の下から取り出した。

「見たまえ、ミルフィネットくん。この大きなトロフィーを。先週、ブロコンのコンペがあっての、ワシが見事に優勝したんじゃよ。いや、最近調子が良いからいけるとは思っとったんじゃが、まさか優勝するとは・・」

「話がそれだけなら仕事に戻りますね」

用件がろくでもない自慢のようなので、すぐに部屋を出ようとしたのだが課長に呼び止められる。

「いやいや、これはついでじゃ、ついで。本題はこっちじゃよ」

そう言って机の上に書類が置かれる。真面目そうな話なので、ミルフィネットは嫌々ながらそれに目を通した。


「イノーマス・パニックの発生事案・・」

「そうじゃ、キリバスの沼地でイノーマス・パニックが発生したようじゃ。周りの狩場などにも影響が出始めたので、早々に解決せねばならん。そこでこの事案の担当をミルフィネットくんにお願いしたいのじゃ」

イノーマス・パニック・・通称、ポータル暴走とも呼ばれる現象で、モンスターポータルの沸きスピードが異常に上昇する現象である。暴走自体はすぐに収束するのだが、暴走中に溢れ出たモンスターはそのまま残るので、その場所は異常な数のモンスターが跋扈する地獄と化すのであった。


「お断りします」

ミルフィネットは短く答えた。

「いや、そんな簡単に断られても・・これは仕事じゃからな・・」

「何言ってるんですか! これは業務一年の新人が担当する案件じゃありませんよ。詳細を見ると魔神の目撃情報もあるじゃないですか。絶対に嫌です!」


「だからじゃ、こんな厄介な案件、誰もやりとげることができん。しかし、君は業務一年と言っても優秀な人材じゃし勇気もある。頼むから受けてくれぬか」

「優秀だからその案件の厄介さがよくわかるんです。だから他をあたってください」


確かに自分が優秀なのは知っている。同期に並ぶものなどいないであろう。だが、あまりにもこの案件は難易度が高すぎる・・失敗した時のリスクを考えたら受けない方が無難である。そう考えていたのだが、次に課長から出てきた言葉で態度が一変する。


「組合長や部長と話をしているのだが・・この案件の解決次第では君の係長への昇進を考えると言ってるのだがな・・・まあ、そこまで拒否するのなら仕方ない・・別の誰かに任せよう」

「やりましょう。私に任せてください」


ミルフィネットは人一倍出世欲が強かった。そこを見抜かれて、課長にうまくそれを利用された。この辺は課長の方が一枚上手であったようだ。

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