135、とおりがかり――クヌートとリノ

「その考え方は嫌いじゃないな」


 金銭換算を毛嫌いする向きもあるが、その考え方もある種、金銭というものに囚われすぎていると言えるだろう。


 結局の所、金銭の過多は尺度の一つでしかない。残酷なことに、その過多で生死や運命に変化が起こるだけだ。そういう意味では身長体重その他と同じ数字でしかない。


「んー」


 不服そうな表情を浮かべるのはシノリだがなるほど、囚われすぎていると先ほど称したがそれは必ずしも悪い面だけがあるわけではない。


 慮って優しいと、そう感じ取られるのはこの子のようなアクションだろう。

 だが多分、見落としているところもある。


「金銭的な価値で見積もる……つまり査定できるのはあくまでも今の彼女だけだから」

「ん?」


「今のマルが、今、牛一匹を手に入れて屋台が手元にあったら、どれくらいの売上をあげられるかって話をするだけであって、マル自身に値段をつけようとか、マルの未来を数字にしようとか、そういうことをしたいわけじゃないってこと」


 あー、うん。と、シノリは納得したのかしていないのか、頷きながらもにょもにょする。

 受け入れたいが引っかかるところもあると、そんな感じだろうか。


 さて、彼女はその価値観を受け入れられるだろうか、と悩む彼女を見ながら思う。

 まるで、保護者のようだなと思って、その考えに苦いような甘いような気分を味わう。



「じゃあ、ちょっと、ウチの料理人のところに行ってくるけど」

「はい。……あ、僕もちょうどのどが渇いたので、台所までご一緒します」


 クヌートの何気ない言葉で一緒に行くことになった。

 シノリは、ふむむ、と未だに何かを考えているような様子を見せている。


 そんな彼女に背を向けて、こつこつと、廊下を歩く。

 若干、格好を崩して、こちらを腕を支えてくれているクヌートは、まぁ、なんというか、優しい少年である。飲み物をと言っていたが――移動の労苦を慮ってくれたのだろう。


「んう!」


 そんな二人で特に会話もなく廊下を行くと脇の道から人影が来た。

 その人影はまばゆい赤の髪をした少女で。そして、上げる声は似合って幼い。


 ぶつかりそうになったのをのけぞってバランスを取り、踏み込んだ分、たん、と床を踏む音になる。

 その音が軽いのは、彼女が少女で細身だからだろう。


「大丈夫?」

「あ、うん」


 クヌートは手を差し伸べようかと迷ったようだが、こちらの体重を気にしてやめたようだ。

 そも、彼女の――リノの方も平気そうだ。


「二人でどこに?」

「台所、フツさんがマルに用事があるって」


「そう……今日は、ニコは?」

「ニコなら街に出てるよ」


 俺が答えると、ふうん、と少女は意味ありげに笑う。


「なんか、いい感じで羨ましいことで……」


 何がだろうと思うが突っ込むと藪蛇な予感がしてそれはしない。

 うんうん、とうなずくクヌートは煽っているだけだろうから無視する。


「あ、私も街に出たいから、行く時に声をかけて下さい」

「……俺が行く前提になってない?」


「? 行くでしょう?」

「……まぁ」


 なんとも、言い難いが事実そのとおりなのでなんとも言えない。

 実際にはニコを迎えに行ったりするのではなく、商会に行く用事だが。

 今のタイミングでそんなことを言っても言い訳じみてしか聞こえないだろう。


「じゃあ、またあとで」

「はい、じゃあ、あとで」


 クヌートが応対してリノは去っていった。

 背中を見送りながら、どうしてクヌートがそう答えたのかと聞くと。


「え、僕も街に行くからですよ?」


 と返された。

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