134、対話――クヌートとシノリ 1

「これは……ふむ、数字の話をするよりも言葉で伝えたほうがいいでしょう」


 ありがたい助言だ。クヌートの意見だし、入れるべきだろう。しかし、どういう意図かは聞いておいたほうがいいか。誤解すると面倒な事になりそうだ。


「そのほうが伝わりやすい?」

「いえ」


 とりあえず、効率優先なのかと聞くと、どうやらそうではないらしい。

 では何かと言えば。


「これから話に行く相手は商人なわけでしょう。つまり、お金と数字のエキスパートです」


 まずは、事実を確認するクヌート。その上で、


「あなたのその能力が不足しているというわけではけしてないのですが。相手にとっての庭みたいなところでは、些細な情報の取り違いで相手の気を散らします」


 要するに、いつも見ている自分の部屋のほうが汚れが気になるのだ、とクヌートは説明をする。

 なるほど、言うことは尤もだ。


「言葉でっていうのはプラスいくらとかじゃなくて、大丈夫とかそんな感じにするってこと?」


 声を上げたのはシノリだ。内容は大体あっているが……。


「まぁ、大雑把にはそうです。もう少し具体的でもいいですけど、例えばで言いますと、牛一頭を仕入れて販売したので次はそれを元手に二頭分買えそうとか」


 その説明に納得したらしい、シノリは、あぁ、と頷く。


「……誰のおかげでみたいなのも言うの?」


 次に湧いてきた疑問なのだろう。素直に声に出している。それに対して、クヌートは、ふむ、と一度目を閉じた。

 シノリから疑問が出てきたことに対して思うところがあるのか、あるは単純にその質問に思うところがあるのかはわからない。


「もちろん、場合によります。そして、今の例の場合は言っても言わなくとも、ですね」

「ちなみに、どうして?」


「今回の場合、牛を買ったのも調理をするのが誰なのかも向こう側にはわかっていることですから、言う言わないの問題よりも伏せる意味がないという方が正しいかもしれません」

「あー、あー、なるほど」


 しかし、と付け加えるクヌート。


「同じようなケースでも相手によっては取り方が違います。例えば、誰のおかげか言わないことで手柄を独り占めしようとしている、とか」


 すました顔でのそんな言葉に、シノリは不満げな顔をし、感情を隠そうともせずにいう。


「そんなこと言いがかりじゃない?」

「言いがかりですが……言ってきてくれたほうがましかもしれません」

「うん?」


「つまり、そういう人だと決めつけて、決めつけるだけで口にも出されなかったら、そのときは何もなくとも、ただただ、そういう人間だと思われることになります」

「あー、その場で言ってくれればまだ、言葉を交わす余地があるってことかぁ」


「そうですね。その場合も聞く耳は持たないでしょうが、それでも、相手には『勘違いかもしれない』という種ぐらいは植えられます」


 芽が出るかどうかには言及しないのがクヌートらしい。


「ま、今回の場合は、きっちり、マルの成果がどの程度と考えるかを含めて書けばいいでしょう。そのあたりも見られているでしょうから」

「そうだろうな」


 クヌートの返しに俺は頷くがシノリはいまいちわかっていなさそうな顔をする。

 直接話すよりも、クヌートと話している体にしようか、


「今回の場合は、屋台の収益性が見たいわけじゃないだろう」


「そうですね、そのあたりの細かい部分は坊君が見ているでしょうし。今後も店舗を出すならそちらで確認してもいいわけですし。極端な言い方をすれば屋台や料理屋なら推測材料がいっぱいありますのでそこまで重視する点ではないはずです」


「となれば、向こうが見たいのは、俺だろう」


 クヌートは頷く。


「まぁ、そうでしょうね。フツさんがやろうとしているのは、単純に言えば、迷宮から取れる素材をもとにして加工して売るという冒険者と職人を一手に抱えるタイプのことですが、それを統率するとなれば、加工する職人に対しての正しい評価が出来るのかどうか、というのは求められる資質の大きなところを占めることになるでしょう」


 ノウハウとして、だ。冒険者に対しての正当な対価というのは基準がある。

 俺はかつてそれを崩そうとした立場であるが、少なくとも数百年間徐々に変化しつつも残った冒険者に対する評価体系というのはギルドにあるのだ。それに立ち向かった立場の人間がそれを知らないはずはない……とそう判断したのだろう。


 自分としてももちろんそのつもりだが。

 冒険者の評価について違えないのだとしたら、問題になり得るのは職人に対する評価である。

 これは、どう言えばいいのか。千差万別過ぎてなんとも言い難い。


 ある街で高い評価を受けていた人間が他の街ではそうでもないというのはよくある話だし、誰が評価するかでももちろん違う。それは庶民にとって、貴族にとって、商人にとって、というように身分によってという部分もあるし、あるいはさらに個人によっても違い、統一された評価など殆ど無いと言ってもいいだろう。

 唯一、同じ技術を持ったもの同士の評価と言うなら見るべきもあるかもしれないが。


 そのへんを考えると、料理人というのは評価しやすい方である。

 何しろ、ワンオフでなく作ったものがすぐに市場に出て評価される、という意味で言えば、常に消費者の目に晒され、多くの比較品とともにある。


 何を食べようかと迷いながら値段と腹具合と相談されて購入されるという意味で言えば、常に最先端の批評前線にいると言ってもいい。


 そういうものは、市場価値に換算しやすいのは必然だろう。

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