122、傷口は体の中が見えている部分
何か話したいことがあるのだろうかと思ったがそういうわけではないらしい。
では何か、話したいだけということだろうか。
疲れて、横になってうつらとした頭では、なんとも考えがまとまらない。
そこに彼女の声がする。
「目をつぶって」
と。
眠りたいなら眠ればいい、とそんな補足を聞きつつ。
「おきてる間は話をしよう」
と誘われた。
目をつむれと言われたのに、俺は目を開いて彼女の顔を見てしまう。
そこにあった表情はなんとも言い難い。
勿論、怒りとか悲しみのようなものではない。
あまり、見た覚えのない表情だ。
ニコのそれを、という意味ではない。
人がそういう表情をしているのを、という意味で、だ。
だが、そういう表情を何というかは、なんとなくだが知っていた。
「もちろん」
彼女の誘いに対して相槌を打つと、彼女は跳ねるように一度腰を浮かせてベッドに滑り込んだ。
いや、勿論、自分のベッドにだ。同じベッドになんて、そんな、はしたない。
横になったことで、彼女と視線の高さがあっただろうけれど、俺は既に目を閉じていた。
乾いていたのだろう。瞼の裏の水分が取られるような、妙にピリピリとした感じの、むず痒いような感覚が来る。
瞼を閉じる瞬間にみた、彼女の表情は上機嫌そうだった。
ならいいか、と思いながら。
「何か、話したいことでも?」
「何かはない、何でも」
そっか、と答えて。そういえば、と思う。
「頭を打って気絶した後って何かの処置がされてるの?」
「ん。ぶつけられたのが石だから、傷口の洗浄と化膿しないように薬草を漬け込んだ油を塗って保護、あとは、気付け成分の強い草」
「草」
「葉っぱ」
ごそごそと何かを探るような音。そして、埃と黴じみた青か緑色のしそうな匂いに、空色に思える匂いが混じる。それは、さわやかで、しかし、刺す様に強い。
たぶん、ニコが実物をどこからか取り出したのだろう。
目を開けてもいいが、目を閉じて香りだけを感じているほうが、匂いの輪郭までつかめるような気がする。
それに、動きの音というのもどこかなまめかしい。
ふわりと柔らかい風の感触がして、先程の匂いが少し強くなる。
そして、そっと、触れられる。傷口は、油が塗られていてヌルヌルとする。
そこに冷たい指先が触れたようだ。傷の痛みに触れてぴりぴりとする。
痛いのか、痒いのか、気持ちいのかわからない。混じり合っている感覚のなかでまぶたが跳ね上がりそうになったのを抑える。
目を開けて確認しても良かったけれど、どうしてだか、それを惜しいと思ったのだ。
ふ、と目の前あたりで、息を抜く音がした。自分の呼吸音よりもほんの少し強く感じたのは、ニコのこぼした笑みの息だろう。
まぶたは開かなかったものの、強ばる頬と体の揺れか、そのあたりからこちらの動揺、心の揺れを見て取ったのだろう。
だから、笑う。多分いま、彼女はあまり見覚えのないあの表情をしているだろう。
ぬるり、と油の感触がある。
「薬草が漬け込まれたこの油は……腐ったりしないけど、代わりに少ししみる」
指先で軽く塗り込まれて、布の感触で拭き取られる。
「スッキリした?」
ふ、と息を吹きかけられた。ひんやりとした感覚がする。
「ありがとう」
「いえいえ」
返答があって、それから、頭に触れられる。今度は、傷ではなく頭頂というか、……。撫でるような。
撫でながら彼女は言葉を続ける。
「さっき、席を外した時に、貴方の友達? 変態の人に聞いたこと、話しても良い?」
「なんの話?」
あの場で言わず、ニコが直接聞いた話。
その内容に見当がつかず、思わずそう返す。
しかし、それに対して反応したのはニコではなく。
「えっと、あの、部屋を出たほうがいいですか?」
「別に出なくていい」
いや、俺は結構、そうしてほしい気がするけど。
――俺の意見は取り入れられないらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます