106、まないたのうえ
「それじゃあ、ちょっと、慣れないことをしましょうか」
「……慣れないこと?」
「えぇ、他の人の良いところを探して、それを口にするということです」
と、クヌートとリノのやり取りはそんなところから再開された。
・
「手っ取り早い方法は、他に選択肢が無い、と仮定して、それを受け入れさせることですが、今回はそれはやめておきましょう」
「早い方法なのに、どうして選ばないの?」
「簡単な話、そういう目線での提案には反論したくなるものですから」
まぁ、そうだな、とはたから見ている俺も思う。
逃げ道を塞いではいけないというか、引いたらダメという状況に追い込んでしまうと、どうしても反発したくなるというのはあると思う。
潔さというものはいつどんな時でも評価せれるものというわけではないし、誰にでも求めていいという類のものでもないと思う。
要するに懸念はもっともだし、逆にそれが危惧されるからと言ってリノがどうこうというわけではない。
「では、メリットですが、……そうですね、小さい子たちは感覚的にわかっているのでしょうが彼は、僕らの味方です」
「味方って、……それは当然なんじゃ?」
リノの側からして言いたいのは、全ての人間が自分たちの味方をすべき……ということではもちろんなく、自分たちの孤児院で暮らすなら自分たちの仲間であってくれないと問題がある、ということだろう。
言いたいことは分かるが、その関係性は簡単に手に入れられないものであるということまでわかっているのだろうか?
しかし、こちらの疑念に対して、クヌートがわかっている、というように両手の平を見せてこちらに晒した。
少なくともクヌートは分かっているということだろう。
「僕は年齢がいってから孤児院に来た分、若干ましだと思っているけど、それでも、孤児には共通した欠点があると思う」
それはつまり、
「大人との関係性の構築が上手くないということですね」
「えっと、仲良くなれないってことかな?」
リノは、俺とニコをちらりと見た後にクヌートに聞いた。
その視線はつまり、オレオニコは友好的な関係を築けている、と言いたいのだろう。
ニコの手指に力が入り俺の服が引かれる。緊張だろうか羞恥だろうか。
それを推定する前に、クヌートは首を振った。
「少し違います。仲良くなる方法がわからないのと、仲良くなると周りが見えにくくなるところです」
告げられた言葉に食堂のあちこちで、あぁ、という肯定的な、しかし、ため息がでてくる。
どうやらそういうキャラで定着しているらしい。
「最初は警戒心が強いのに、いつの間にか、警戒すらしなくなる……まぁ、こういうきっかけで警戒心が戻ることはあるけど」
たぶん、ニコやオーリから俺が起きたときのシノリの様子も聞いているのだろうし、それ以外にもいろいろなことがあったのだろう。
色々の積み重ねがある程度には彼らは一緒に暮らしているはずだ。そして、
「リノ先輩は、警戒していながら信じているというか、身内に甘いというか。仲間になるという言葉は、仲間になるという意味であって、仲間になるという行動だ、とそう思っているのかもしれませんね。そう思えることは素晴らしいことですが、それを当然とされてしまってはあまり良くない」
「どういう意味?」
「簡単に言いますと、それは正しいというよりも『模範』のようなもので、他人に臨むのは高望みだ、と」
「模範っていうのは、みんながやること、じゃないの?」
「模範というのは、みんなが目指すべきだ、と誰かが考えたこと、です」
若干の意識の違いがあって、リノは理想論でクヌートは実際的、だ。
いや、そういう言葉でくくろうとするのが良くないのは確かなのだが、情況整理としてはそういうことだろう。
「高望みを満たしているのに、買い手側が、当然だ、と思ってしまえばそれが利点にならない、とそういう意味では好ましくないです」
「分かりやすく言ってほしい」
「そうですね……、街でご飯を食べるときにマルのクラスを期待していたのでは非常に高くつきます。マルの食事を食べれるのが当然だったというのを一端置いておいて、彼女の腕が優れているのを認め直すべきでしょう」
「あー、うん。それは、なんとなく、わかる」
それはよかった、と、クヌートは一つ手を打った。
「ではそれが、僕の提示する一つ目のメリットです。その人は僕は信頼できると思いますし、リノ先輩にも――そうですね、低めにいっても、リノ先輩が判断の俎上に出すに足る人物だ、というのだけは保証しましょう」
・
その会話を始める前に、クヌートは慣れないことをする、といったが、
――あぁ、なるほど、こちらも褒められることには慣れていないらしい。
なんとも面はゆい気持ちになるが、そこをさらにニコに見つめられて表情どころか視線を逃す隙すら無かった。
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