096、開店直前

「むーん」


 ニコは、恥じているような後悔しているような、しかし、スッキリしたような。

 そんな表情をしている。


「大丈夫?」

「え? なに」


 頬が赤く、上気しているようで。ただ、風邪などのような感じではないので、照れているのだろうと推定する。

 頭を撫でようとして……。


(うん)


 手を伸ばして、彼女が敏感に反応したのを見る。震えて、一瞬距離を取ろうとして、しかし、それをこらえて頭をこちらに伸ばした。


 撫でろということだろうか、少なくともそれ以外の理由で頭をこちらにふる理由がわからない。撫でるというよりも、乗せるような心持ちでそっと手をおくと、彼女は頬の赤みを深くして。手のひらから伝わる熱量を上げた。



「いい空気吸ってるところ悪いけど、ニコは打ち合わせ」


 ん、と言ってニコの重量が俺の前から離れる、熱量が離れていくことに、惜しいような、焦燥感を感じるのはどうしたものか、それは強くはないけれど、なんとなく、痛みを伴うようなものだ。

 離れていく背を追っていると、オーリに、呆れたような言葉を投げられる。


「兄ちゃんはどっか、いい席でも探しといたほうがいいぜ」


 ため息すら混じっているような声だが、内容は、


「席?」

「……営業時間中立ちっぱなしってわけにも行かないだろ?」

「あ、あぁ、そうだな」


 俺も多少は緊張しているらしい。

 時間のことを考慮に入れていなかった。


「あと、今日はまだ、視線を感じないけど、感じたら伝えるからな」


 小声でオーリが伝えてくる。

 そのへんを踏まえて、営業開始前に『良い』席を取ってくれというわけか。

 周囲を見渡すと屋台の置かれている場所は、道がちょっとした膨らみになっている。川で言うなら淵という感じだろうか。

 レンガを見ると、その膨らみの部分は少し色が変わっていて、作られた年代が違うのだと推測できる。そして、周囲の建物の壁面の日焼け具合を見ると、


(建物が壊されてそれが、道になった?)


 壊されたのが、一つか、あるいは、二つなのかはわからない。

 そこそこの大きさだったのだろうと思うが、壊れてしまっていてはどんな建物だったのかわわからない。

……いや。

 よく見ると、レンガの色違いは、結構道の方にせり出している。


(道を塞いだ罪かなにかかな?)


 どういう原因で潰されたのかはわからないが、凹みになっていることで客のたまりになっており、お客さんの足が止まりやすいというのが重要だ。

 いい場所であるにもかかわらず、この場所が空いているのは、


「どうしてか、知ってる? 坊」

「え、あ、はい。おおよそあなたの推測で正解です。道にせり出していた分の罪状で住人が他の場所に移されて、建物を壊して再舗装しました」

「なるほど」


 罰則としては甘いのではないかと思うが、聞けば、その後に、工事代金を徴収されるらしい。つまり、追放が罰ではなく、追放とその補修代金の納付までを含めて罰なのだ。


「で、ここが空いていた理由ですが、簡単です。屋台は、どこで営業していいかの割り振りがされていますが、ここの工事の完了が最近なので、希望を募る前にうちが入っただけです」


 割り振りをしているのは、ゼセウスのところだろうから、あからさまな贔屓のような気もするが……。まぁ、うちに得になることにどうこういうほど、フェアプレイにこだわる質でもない。それに、他の店をどけたというのでないならいい場所に店を開くことで恨まれる筋合いも無いだろう。


 それよりも、


「……? 何を笑ってるんです?」

「いや、大したことじゃない。打ち合わせが詰まってるみたいだから見てきてやってくれ」


 納得のいかない様子ではあるが、頷いて行ってくれた。

 何を笑っていたか、は彼女に直接言えはしない。

 この屋台を『うち』と呼んだことに笑みが浮かんだだけだ、なんて。



 結局、席は調理場とレジの間くらいにした。

 そこであれば、全体の様子もよく見えるだろうし、どちらの方向からでも視線を受け止められるだろう。


 屋台に積んでいた折りたたんで収納できる椅子を一つ引っ張ってきて、そこに座る。クロスになっている木材とザラザラとした頑丈な生地がついている。

 その頑丈な生地に座る感じだ。


 一応、多目的というか、今回の商品用に作られた屋台というわけでもないので、座ってなにかするようの椅子なのだろう。あるいは、作業員の休憩用かもしれない。


(こういうところじゃ、役立たずだなぁ)


 多分、細やかな立ち回りが必要な場合、杖にも馴れていない自分には荷が重い。

 慣れればなんとかなるかもしれないが今の所、に散歩先まで行く方向等を決めていないと使いにくい、それに、


(それほど暴力的な見た目ではないとはいえ、さすがに)


 鞘に入った剣を杖代わりにして接客するのは良いとは言えないだろう。

 ということで、一歩下がった位置、マルやニコの作業を後ろから見るような場所に椅子をおろして、俺は位置取ったのだ。

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