093、レンガの街と屋台

 というわけで、坊のたてた指針に従ってばらばらに行った子供たちを見送ってからは、パンを買うついでに買ってきたと言っていたオーリの差し入れをもらいつつ時間を潰していると、準備万端整った。


 リノの揃えた包装済み肉串が合計100本近く。パンの方は、包装済みを売る予定はない、ということだが、こちらはこちらで準備は出来ている。昼食ついでに飲み物の店にも調整を送ったということだ。

 ちなみに、最初の三日と違って昼過ぎからの営業にしたのは、原料不足が原因の一端。


 若干5日目の分を回してきつつも、最初の三日よりも売り物が少ない。少なくとも、オーリが孤児院に回収に来ていた兎肉は既にラインナップから消えている。その分を計算に入れつつ、客足と売り上げのピークなどを考えると、午前を切り捨て昼をすっ飛ばしても今日の分はなくなるというつもりだろう。


 つまり、売り切れ次第店を閉める。ただし、材料切れ対策としての材料の追加は基本的に行わない。

 と、そんなものは、よく言えばこだわりの、悪く言えば一段高いところから見るような判断だ。


(それでいいのか、といえば、まぁ、悪くないと思う)


 俺の判断でしかないが。ネックはやはり、この屋台がどれだけ続けられるものなのか見通しが立っていないということだ。

 勿論、表面的には永続的な許可が得られている状態であるが、何らかのバックがついているわけでも仕入れ元などと絆があるわけでもない。あえて言うなら、ゼリス商会が後ろ盾になっているといえるのだが……、


(それも良し悪しだ、ってことだな)


 後ろ盾と前にいるものの関係が、一方的な場合。これは単体で見ると結構そうなっているが、普通は『上にいるもの』と『下にいる者たち』で比較すれば釣り合っているか、下にいる者たちのほうが強いことが多い。歴史の授業で習うような革命などもこれに入るだろう。


 今回のように、ほかの『下にいる者たち』と連携して動けない場合、これは『上にいるもの』の思うままだ、勿論、上には上で言いたいことや制限があるのだろうが下から見れば、上の好き勝手に運命を左右される感があるのは間違いない。


(贅沢ととるか、自由の疎外ととるかだな)


 とはいえ、何か、明確な望みを示されたわけでもないし、行動を制限された覚えもない。

 俺の判断で言えば良い後ろ盾、これを自由の疎外ともしとったとしても『良い飼い主』ではあるのだろうと思う。


 問題があるとしてもそれは、こちらが妙に気を使って自分の行動に制限をかけるとか、それくらい。

 つまり、問題ない、と。


「んじゃ、移動して店を開けようか」

「はーい」


 返事はよかった。



 移動する。

 ガタガタと、車輪が揺れて、軽い炭は時に外れ値のように陶器の枠から跳ねるが網に打たれてすぐに落ちる。

 天井の決まったところで跳ねているのが前に見た調理を待つ籠の中のエビのように見えて面白い。


 日常的に人の往来、場所の行き来がある分、所々で舗装が欠けてたまにそうして跳ねることがあるとはいえ基本的にこの街の道はちょっとした都市にも劣らないほど整備されているといってもいいだろう。


 そのように整備された理由が、使いでのあまりない鍛冶屋の窯の火の慰みであるというのは悲しむべき歴史なのかもしれないが、それでも技術の発展には何らかの必然や必要性があり、その根源の善悪を問わないというのが技術のいいところだ。


 所詮、技術に善悪や好悪を着けるのは人間の価値判断でしかない。要するに、社会の流れと個人の好みだ。いや、それはいい。


「ちなみに、こうやって屋台をひいて、どれくらい?」

「ん、十分くらい?」


 マルが屋台を押しながら答える。力をかけるための持ち手のようなものは屋台の前後にあって、それはあまり長いものではない。手すりといったほうがしっくりくるようなものがあり、マルが押していて、オーリが前から引いている。


 若干込み合い始めている道でも屋台はある程度優先されるらしいし、しかも、引いているのがいかにも幼げな少年というのも受けがいいらしい。

 若干揶揄するような色を含みつつもおおよそ好意的な、ざっくり言うと野次馬が、がんばれよー、などと声を飛ばしている。


 この街は近くに山があるにも関わらず、平坦であるため、坂を上り下りすることもなかったので、はらはらとすることもなく、しばらくすると目的地に着いた。なるほど、坊のおすすめというだけあって、人の流れはある。先ほど野次馬に声をかけられたエリアよりも何割か多いかもしれない。


 そして、職人通りなどのいわゆる労働者の通りから、居住区の方に行く流れの半分より後半というのもいいと思う、これは個人的な感覚が多分に含まれていて、正しいかどうかは分からないが、食べ物を買う時に、もっといいものがあるかもしれない、という選択肢の最初のほうは選びにくい。それ故に、後半というのはなんとなくだが、得した気分だ。


 しかし、坊の方を見ると、たどり着いた安堵感と、別の何かの感情が入っているように見える。

 それは、何かあまりよくなさそうな表情に見えたので。


「どうかした?」


 と聞いてみる。こちらに振り向いた坊は、若干あせったような表情をしたが、こちらが、自分とニコであることを認識すると、すぐにそれを平静といえる表情に戻した。

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