086、仕入れの問題

「懸念事項としてはですね、肉の問題ですね」

「肉の問題」

「今は時期がいいです。冬の前で流通していませんし、それに、この屋台の場合はマルたんの調理技術のおかげで相当に高品位の肉になっていますからね」


 つまり、


「希少な上に高品位な分、売れ行きがいい、と?」

「えぇ、串焼きではなくもっと良い皿に乗せれば二倍くらいは料金が取れるようなものですから、自然客足が多くなります。値段つけという意味で言えば普通は口に運べないような高品質のものを一口食べたいという欲求を満たすのに使える程度の額というか……量に対して高くつくとは思いますが、それ自体は手の出ない額ではないので」

「確かに、銅貨2枚ならちょっとした飲み物のおかわりを一度やめれば十分に足りるからなぁ」


 そういうことだ。


「それはむしろ、いい点じゃないのか? 推しというか、売りというか」


 話を振ると、坊は左右を見た。他にわかるものがいれば答えるのを任せてみたいと、そんな感じだろうか。


 しばらくの沈黙の後で、そっと口を開いたのはリノだった。


「あ、あの、えっと。手に入れるのが難しい、というところじゃないでしょうか」

「ん? でも、今回の肉は安く手に入ったんじゃないの?」


 オーリの指摘はいっそすがすがしいほどに単純であったが、リノは自分の説明が悪かったとでも思ったのだろうか、えっと、といって数秒間、宙を見た。


「今回と同じ、美味しい肉は売ってない……というか、売ってても高くて手が出ないの」

「あー、うん。それはなんとなくわかる」

「うん、オーリ君。じゃあ、なんで、そのお肉は高いのかわかるかな?」


 優しい口調だが、子供に語り掛けるような口調になっている。

 まぁ、二人とも気にしていないようだから別にいいけれど。


「美味しいからじゃないの?」

「ま、まぁ、そうなんだけど、さっきあの子も言ってたよね。商人はものが足りないところに運んで利益を得る、みたいなこと」

「言ってたな。何か、関係が?」


「えっと、言っちゃうとおいしいお肉が高いのは、珍しいから、だけど。珍しさが値段にどう反映されるかっていうと、量よりもほしい人のほうが多いと値段が上がっていくの。たとえば、10人が何かを欲しいといったときに、一人分しかないと、一番高い値段を出せる人の物になるし、二人分しかないと、二番目に高いお金を出せる人までしか手に入れられないの」

「それは……あ、うん。なんとなくわかる」


 付け加えるなら、購入者と販売者の間に特別な関係がない場合、としておくべきだろう。


「ちょっと話を戻して何で今使っている肉が『美味しい』『珍しい』『安い』ってなってるかわかる?」

「えーっと。あ、そうか。マルが解体したから?」

「そう。面倒な部分をどけて、問題点だけを取り出せばこう言える。マルが作業をしない限り私たちは『美味しい』『珍しい』『安い』っていうお肉を手に入れられない、と」


 言い終えたリノがこれでいいだろうかというような表情でこちらに視線を向ける。

 十分すぎる回答だ、と思う。


「肉の問題は、そんな感じでいいのかな?」


 視線を受けた俺が、内容を坊に投げる。

 彼女は満足そうに頷いている。


「そうですね。さらに根本的な問題というところにさかのぼるなら、人手が足りないというのが問題点ですが、肉に絞ればそれが問題なわけです。マルたんが捌かなければ売りにならないのにマルたんに解体その他の仕事を振ると、本業……というか、味付けとか調理とかが滞るという本末転倒感です」

「金銭の過多で解決できる問題じゃなく、一番制限されたリソースを切らないといけない、ということだから……うん、確かに問題だね」


「はい。ついでに言いますと、解体場が公営であることからもわかるようにこの街には解体の専門家はあまりいません。高品質の肉を入手したい場合、クラス:料理人の人が解体前の獣を購入し、解体場で解体するのが一般的なやり方です」

「つまり、――実質上の商売敵に頼るぐらいしか手がない、と?」

「他のクラスで、解体に向いているのがどの程度あるか、という話ですね」


 その口調的には解体向きのクラスを調べてくれているのだろうか。

 頭が回って、情報を手に入れられる善人……倒れる前にいたわってあげるべきだろう。

 さておき、その言葉に反応したのはオーリだ。


「坊、俺はクラス:狩人だけど、どう?」


 そういえば、オーリはこの前のマルの解体の時にも手伝っていた。

 どうだろうか?


「悪くないです。マルたんよりは多少の質の低下があると思いますがクラスとしては向いています」

「ちなみに他に解体向きのクラスというのは、あるの?」


 質問はシノリの物だ。確かに、問題意識を共有しておくことは大事だ。

 特に、問題に対する対処法までがあれば、情報を集めるのにも役に立つ。


「そうですね。調べた限りでは、料理人はかなり向いているのは間違いないですが……ちょっと分類してみましょう」


 相変わらず、質の良くない紙ではあるが、惜しげもなく使用するので意外と経費が掛かりそうな坊の様子を見ていると、机の上に三枚の紙が置かれた。大体同じサイズの紙で、両掌くらいの大きさ。

 上のほうに『美味しく』『きちんと』『ついでに』とそれぞれ書かれた三枚の紙。


「詳しい説明は、えっと……」


 言いながら『美味しく』の紙に料理人と書き、『きちんと』の紙に狩人と書く、次々に追加して書き込んでいく。

 一分ほどで十五ほどのクラス名が紙に書かれて、坊は顔を上げた。


「すっごく簡単に言いますと、肉を美味しく腑分けすることのできるのが『美味しく』の紙に書いたクラスです。『きちんと』には解体に向いたクラスが書かれていて、『ついでに』には解体もできなくはない、というクラスが書かれています」


 ざっと見て、聞き覚えがない、というほど珍しいクラスはない、と判断した。

 耳なじみの薄い職業としては『美味しく』に書かれた屠殺師だが、文字通りなら意味は分かる。他に気になるのは、


「薬師はついでに?」


 ニコが椅子に座りなおして顔を上げて聞く。坊はその質問にある程度予想がついていたのだろう。慌てる様子もない。


「えっと、ニコさんですね。はい。順序だてて申しますと、薬師の素材の中には動物由来のものもありますので、解体自体には適性があります。ただ、薬師の解体は一般的には小動物からある程度のサイズまでが向いているとされていて、牛のような大型動物は目的の素材を得ることはできても、それ以外の肉とかを上手にばらせるかというと、そういうわけではない、ということですね」

「なるほど」


 納得したのか、彼女は椅子に深く座りなおした。


「……、あの、細工師もついでに、になってますけど」


 次に質問をしたのは、リノだ。彼女は自信なさげな様子であるがはっきりと問うた。


「はい、リノりん。それについては、細工師が何を得るために解体をするか、ということに由来します。さて、何を得るために解体するか、分かりますか?」

「……」


 リノは、首をかしげて考察する。しばらくして。


「皮、角、爪、腱、場合によっては骨、歯……はさすがにあんまりないけど」

「おおう、思ったよりも直接的な表現ですね……」


 坊は若干のけぞるような表現をしつつ苦笑い。


「はい、基本的には硬いもの、あるいは、体の外側の部分になりますので、内臓を傷めずに取り出す方法とか、血管を気づつけずに解体する方法、みたいなのはあまりないわけです」


 そんな感じで、紙に書かれたクラスと解体の関係を話しながら、しばらく雑談のような楽し気な会話が続いた。

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