085、現状把握を共有しよう

「勿論、目の前で見ていたのでいきさつは知っていますが今回はかなりお安く、それも質のいい肉を入手できました」


 安く入手したというよりも、マルの労働力分安くなったという感じだが。


「枝肉として300キロ近く。たぶん、肉としては200キロぐらいですか」

「まぁ大体それぐらい? 一割少ない、かも」

「では、少なめに見て150キロとして――串一本当たりどれくらいの肉ですか?」


 マルは空を見る。頭の中で作業を繰り返しているのだろう。

 結果出てきた答えは、


「塊四つの50グラムくらい」

「なるほど、つまり、全量を串に使うと……えー」


 ざらざらと、紙をこする音がする。鉛筆が質の悪い紙の表面を削る音だ。

 しばらく、その音が続いて、


「3000本ですね」


 仕入れた肉で作れる肉串は3000本。一塊で考えれば相当な量だが、5日分として考えると……どうなのだろう。

 いまいちぴんと来ない。


「均等に割り当てると、一日、600本。今の値段は?」

「一串銅貨二枚」


 高い、と思ったが、冬に入るか入らないかの時期、市場にはあまり肉が出回っていない、というプレミアを乗せれば相応の値段だろう。味的にも値段に見合わないということはない。むしろ安いくらいか。

 だが、単純に計算すると、一日の売り上げは銀貨12枚までしかいかない。

 無論、四人で回してということを考えれば十分だが、調味液を五日で銀貨一枚としても、肉の仕入れ額を差っ引くと……。


(一週間で売り上げ銀貨60枚、肉が銀貨15枚の調味液が1枚の……設備である程度差っ引きつつで)


 大体銀貨40枚が人件費をひく前か。これが六週間で一月なので同じペースなら銀貨240枚が一定ペースの場合の一月利益。孤児院をやるにあたっての収入としては、今の規模ならこれで十分だ。十分すぎるくらい。


 だが、これは今の条件が今後とも続く場合だ。目新しさが減って、同じような商品を扱う店が出来て、冬前以外は肉の仕入れが難しく、しかも、店に休日がない。そんな条件の机上の空論である。

 営業時間の拡張や原料を増やすなどの拡大方向の条件設定もあるにはあるが……。


(いや、違う。そもそもが少しずれている。この利益は『孤児院の』利益というよりも『マルの』利益だ。そこを忘れて当たり前にしているとただ足をひくだけになる)


 今回で言えば、仕入れをしたのも下準備をしたのも実際の調理もほぼほぼマルの手だ。屋台が出店できるように手を回したり、神殿でレベルアップが出来るように舞台を調えたとはいえ、これ自体は初期投資のようなもの。


 もしも、屋台を孤児院とまったく別個のものとして扱う場合、孤児院が対価を得ることのできる方法は、原料の売り込みと人手の供給くらいだろう。


「後は、パンを売ってるぞ」


 マルの付け加え。


「パン? この規模の街ならパンは組合による専売じゃないのか?」

「基本はそうだぞ、でも、組合から仕入れたパンに何らかの細工をして販売するのは問題ない」


 細工、と言われてちらりと視線を飛ばす。

 既に卓上には影も形もないがシレノワが先ほど飲み込むように食べていたあれがそうだろう。


「材料費はソーセージ50グラムにリルの実のスライス、リンゴの薄切りを乗せるときもある、それをちょっと脂を塗ったパンに挟む」


 ソーセージはあの時に作ったものだろう。野菜のスライスはさほどの値段にもなっていないようだが、聞けば青果店で見た目がよろしくないものを厳選して安く買ってきたらしい。パンは急な話でもあるし焼き立てでもなく、揃ったものでもなく、一日たったパンだとのこと。それを焼き直して提供している、と。


 材料費は銅貨1枚、売価は銅貨5枚。ソーセージの在庫量から供給可能量は800が限界。銀貨40枚の原価がその二割。頭の中で暗算するのが難しくなってきたのを見計らったかのように紙が差し出された。ある程度整理してくれたようで、


 串売上銀貨12、パン売上銀貨8、計原価銀貨5+銅貨60、人件費銀貨4、利益銀貨10+銅貨40、屋台許可証銀貨1+銅貨4。


「あ、でも、飲み物が」

「……あぁ、そういえばそうだった。」


 坊とシノリが何事かを打ち合わせて紙に書き込む。

――飲み物販売許可銀貨1。


「それはなんの項目?」


 聞くとシノリは答えを探すように視線をさまよわせる。

 坊は自分で答える気は内容で、シノリの様子を伺っている。


「えっと、ウチの屋台は飲み物を提供していません」


 前提だ。言い切りの強い言葉とともに事実が置かれる。

 これについては採算や仕入れの問題以前に人手の問題らしい。


「ですが、今の所、お客さんがいっぱい並んで買いに来てくれています」


 話の流れはなんとなく察したが、彼女の言葉を待つことにする。


「私達では提供できないので、他の人に頼もうか、と言うことになりまして、マルが味見をしたいくつかのお店のうち一つと、坊ちゃんが交渉して、うちの店の前に出張してもらっています、えっと、『外部委託』?」


 最後の言葉は勢いなく坊に尋ねるような言葉だったが。おおよその流れはシノリもしっかり理解しているのだろう。ほとんど淀みはなかった。


「はい、数字的には、うちに来る客の半分から三分の一ほどが飲み物を買っている様で、向こうに得あり、こちらに得ありという状態になっています。若干、他の飲み物を売っているお店がこちらに向ける視線の質が変わったような気もしますが、それがいいか悪いかは判断できませんね」


 なるほど、多分、マルが決めた理由は味、というか、提供するものとの相性だろうから、周辺事項については、坊がなんとかしなければいけないわけか。

 その辺りは、十分、とも言い難いが確認はしている、と。短期的には問題なさそうだが……。


「そのへん踏まえて一日銀貨10枚か……それで孤児院用の入門証を人数分用意したんだな」

「そうだな。そこの坊が神殿の制度を調べてきてくれて、普通の手続きよりもよっぽど安いとわかったからな」


 たしか、孤児院所属、というのがなければ数倍はしたはずだ。

 ここまで聞いたところでは問題なく、むしろ順調に稼げているといえる。


 坊の評価の通り『十分以上に良好な成績』というやつだ。

 では、逆の懸念が無いかを確認してみることにしよう。

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