075、現地打ち合わせ3
「では、休憩と打ち合わせはある程度終わったということで、ダンジョン師の能力の一端を確認してもらいたいと思います」
シレノワがその言葉とともに空間異常に真っすぐに向かう。距離は二メートル少し。
「先ほど一部の人には説明しましたが、ダンジョン師の能力は調律と呼ばれています。と言っても、その細かい部分については『扉の部屋』がきっちりできてからでないと危険なのでここでは飛ばして、調査の方をしてみましょう」
その言葉に聴衆の側から手が上がる。クヌートだ。
「調査と調律の違いは?」
「いい質問です。が、まずは実際のところを見てもらいましょう」
質問には直接答えず、シレノワは自分ののどに手を当てた。そして、あ、の音を引き延ばすような声を出す。
指先は……おそらく、のどの振動を受け取っているのだろう。
十秒ほどのそれを終えると彼女はこちらに振り向いた。
「では、行きます」
先ほどと同じ、あ、という音が、今度は空間異常に向けて放出されたようだ。
ようだ、というのは、こちらに聞き取れなかったからである。
おそらく、という推定を込めて言うなら『声楽』だ。昔いた街の酒屋で歌っていた歌い手がそんな技術を見せてくれたことがある。うまく歌うための技術ではなくその応用として、一定の方向にだけ声を伝える方法だとか。
その技術と同じような方法で空間異常そのものに声を向けたのだろう。しかし、耳には聞こえる声がある。それは、シレノワの高く、鋭さを感じるようなものではなく、イメージとしては、洗練されていない鈍器に近い、重く低い声だ。その声で、あ、という音が返ってきている。
「やまびこ?」
ニコの疑問の言葉は俺が思い浮かべた推測と同じものだ。そのやまびこは、数秒間残って、それから薄くなって消えた。
今の減少が何だったのか、とその場にいる誰もが疑問に思い、唯一答えを知っているはずのシレノワに視線が集まる。
彼女は振り向いて一瞬、全ての視線が自分に集まっていることに気圧されながらも努めて笑顔で説明を始める。
「調律はこちらから空間異常の構造に干渉する方法ですが。調査はこちらが空間異常に対して……そうですね、石を投げるようなものです」
「石を投げる?」
「んー、説明が難しいですが、そうですね。クヌート君」
突然名を呼ばれた少年は肩を震わせる。このタイミングで自分が呼ばれると思っていなかったのだろう。
「え、あ、はい?」
「例えば、貴方が歩いていて、井戸を見つけたとしましょう」
「井戸……ですか」
なぜ呼ばれたかはともかく、想像することはできるのだろう。クヌートは視線を宙にやった後一つうなずいた。
「周りには住人もおらず、その井戸がどんな井戸かは分からない……さて、その井戸に石を落とせば何を知ることができますか?」
「えーっと、そうですね。まず、水があるかないか。あとは、その水までの高さ……というか、石を落としたところから何かに当たるまでの距離、とか」
まっとうな推論である。
「大変結構です。そうですね、石を投げて水音が返れば水があると分かるし、石を投げてすぐに音が返ってくれば石の当たるものがすぐそこにあると分かる、音が返ってこないならきわめて深いか、あるいは、柔らかいものでもあるのか。調査というのはつまり、これです。こちらから投げる声、向こうから返ってくる声。高さと大きさと速度、どんな声を投げればどんな声が返ってくるのか」
「調査」
「そうです。迷宮が深いのか浅いのか、あふれそうなのか余裕があるのか、鉱物が多いのか植物が多いのか、魔物は多いのか少ないのか、どんな種類の魔物がいるのか。それを知るために多種多様なパターンが必要で、知るための声の出し方と、帰ってきた声の聴き方をきちんと修めるのがダンジョン師です」
次いで手を挙げたのは棟梁である。
「つまり、ダンジョン師殿。『扉の部屋』というのは、さっきも話してた通りに」
「はい。外からの音が入ってきにくいというのと中の音を漏らさないというのと、できれば部屋の中で反響させる……この辺りは調査といよりも調律の領域に入ってきますが……まぁ、調査の段階で必要なのは、うちの音を外に逃さないこと、そして、外の音をうちに入れないことですね」
なるほど、それで部屋の外側に古着を詰めるだのなんだのとするわけか、と納得する。
「まぁ、こういった声を出すこと、と声を聴くことを延々半時間なり、三時間なり続けるのが私の仕事になるわけです」
「……わかった。重要視される意味も分かったし、かなり精神的にきつそうなのも分かった。」
かなり特殊な技術であるということも分かった。やはり、やる気があるならシレノワが欲しいところである。
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