074、現場打ち合わせ2
空間異常から少し離れたところで、棟梁と支部の機能について打ち合わせをした。
「希望としては、とりあえず『門の部屋』、書類管理のための小作業室、獲物の解体・下処理のための大作業室、そのあとのものを保管するための倉庫……」
「受付、医務室、休憩室……」
ニコは他の街でギルドを見たことでもあるのだろうか、思い出すような仕草とともに挙げていく。
棟梁はそれに補足するように、
「トイレや給湯室なんかも場合によっては必要かもしれんな。特にここの場合は」
その言い方の裏にはマルの存在があるのだろう。
しかし、最低限の機能ということで考えると……。
「逆に考えたほうがいいな」
「逆ですか?」
棟梁の発案に耳を傾ける。
「おう、最初に何が必要か、というのは重要だ。そして、最終的に何が必要か、というのももちろん重要だ。ここに付け加えるならどんな見方があると思う?」
「ふむ?」
問いかけに対して考える。ヒントは特にないが、先ほど、部屋の案を出した時はどうだった?
(俺の案は作業的な部分がほとんど、ニコの案は実際の利用者側の視点、そして、棟梁は……)
「管理する側、利用する側、そして、作る側?」
自分で声に出しながらもいまいち意味が分からないのは確かだ。
作る側というのは、普通は金を出す発注主の言う通りに作るものだ。もちろん、そこに速さや丁寧さや工夫の余地が入り込まないということはないが、だからと言って、その視点に……。
「あーなるほど」
俺よりも先に、俺のつぶやきの意味を解したのはニコだったようだ。
彼女は一つ二つと頷きながら、こちらに笑みを向けてくる。
その笑みの性質的には、教えてほしいか、というようなものに見える。
つまり、
「教えてくれ、ニコ」
頼まれたいということではないのだろうか。
その推定は正解だったらしく、彼女は上品そうに頷いた後に、勿体つけて口を開いた。
「時間、順番、優先順位」
単語を三つ並べられる。それで理解しろということらしいが、少し難しい。
――もう少し、とお願いすると、一瞬虚空をみるような表情の後、息をためた。
「最低限の施設を作るのは正着、最終目的を見据えるのは正しいやり方。その間をつなぐのは何か」
言葉を伸ばしてくれたことでこちらにも考える余地が生まれた。
つまり、これは否定ではない。最低限の施設を作るというのは良し、だ。
最終目標を決めておくというのも必要だろう。
であれば、間をつなぐ、とはどういう意味か。
「そっちのお嬢のほうがわかってるな。ことは簡単だ。最低限から最終目標に、というとはっきりとイメージが湧かないかもしれんが建物が大きくなる、というのは分かるだろう? だが、建物というのは飯食って寝てれば成長するというもんじゃない」
そこでいったん言葉を切って棟梁は自分の髭を撫でてから、ニコの頭の上に手を置いた。
ニコは意外と、これを素直に受け入れた。
「人間は生きてりゃ成長するが、建物は――まぁ、もちろん、風格なんかは別として――育ったりはせん。建物をでかくする方法は多くないが、無論わかるな?」
「建て替えるとか」
「なるほど、それも正しい手段じゃな。前の建物を潰して新しい建物を建てる、まっとうだ。だが、ここでそんな贅沢なことはせん。というか、将来の予定に負担のでかいものを突っ込んどくのは精神的に良くない。そこで代わりの手段だが……」
そう言って棟梁はその辺の枝を一本無造作に引き抜くと先ほどシレノワがしていたように地面に図を書き始めた。
「そうじゃな、正確には役割を知らんが、前回一度この状態から潜っとるならほとんどの設備は除けるじゃろ、だから」
最初に書いた箱の中に『扉の部屋』と書く。その横に四角を付け足して休憩室、トイレ、給湯室と書く。
「潜るべきダンジョンの入り口と、ダンジョン師殿が休めるスペース、ダンジョンに突入する前後に体勢を整える設備……そんな感じに考えれば最小構成はこうなる。いや、勿論、あんたが足し引きしてくれてもええがな」
と、一旦そこで枝を動かすのを止めた棟梁がこちらに向く。
なるほど、内容もある程度妥当で、この辺りには迷宮街のようなものが広がっているわけでもないのだから準備をしなければならないし、そのための設備が必要なのは当然だ。
無論、この間のように一階層だけに入って……というのなら、山の踏破から続けて行ってもさほど問題はないだろうが、先に進むのなら成功率を下げるような真似はさせたくない。
「じゃが、細かくは知らんが、先にあんたの言うとったような作業所なんかが必要なほど鮮度を気にする素材があるなら倉庫や作業場も必要にならぁな」
そう言って再度枝を地面に突き立てると図に四角形を付け足していく。先ほどのシンプルな図では『扉の部屋』が一番大きかったが、作業場はその二倍ほどになり、倉庫はそのさらに二倍ぐらいになる。
「となれば、できれば作業場で働くもんのための部屋も欲しくなるし、ダンジョン師のための個室もそのうち要望が出るじゃろ……そして、規模がでかくなれば、トイレ給湯室はそれに合わせて数がいるようになり、作業所の処理能力が上がれば大規模な出荷も必要になり、そうなれば馬小屋や馬車をつなぐためのスペースも必要になり……」
ぶつぶつ言いながら、四角形を書いていく。森の中で土が見えているところは少ないために、露出している土は瞬く間にたくさんの四角形で埋まることになる。
「わかるか?」
「えっと、複雑で、面倒になって言ってることは」
「ふん、とりあえずそれがわかっておればいい。つまりは、建て替えではなく、必要な機能を増やすように増築をしていくというのがおそらくは本道になると思うがそこで重要なもんが二つ、一つはあんたの立場からわかるだろう?」
「設備同士の相乗効果……というか、何に何が必要かというやつですかね?」
「そうじゃな、無軌道に拡張していった結果、倉庫が建物の真ん中の方にあって搬出用の馬車に乗せるまでにぐるぐると回る、なんつうのは、馬鹿な建物だ。倉庫と作業場は近く、倉庫と出口は近く、その出口は道に面している。ぱっと思いつくところじゃがそうあるのがええじゃろ」
「なるほど、確かに……で、もう一つは?」
「これは、こっちの話、つまりは大工の話じゃな。例えば今の駄目な例でいうところの倉庫。まわりまわってしかたどり着けんようなところの建物を後回しにされると、こっちとしてもあとから作りづらい。あとは単純に拡張としては作りにくいもんもあるからその辺は先回りして計画しといたほうがいい」
ニコは頭の上に乗っている棟梁の掌を退けながら問う。
「例えば、どんな設備があとから作りにくい?」
「そうじゃな……例えばじゃが、作業場で大量の水を使う、となった場合、水を引く道なんかから作らにゃならんから面倒じゃな、あとは火を使うような場所もちと面倒か……。逆に、倉庫や事務室なんかは特に問題ないだろう」
「つまり、そのあたりも踏まえて……」
「じゃな。まぁ、先に言った程度の……つまり、『扉の部屋』、休憩室、トイレ、給湯室程度なら壊すのも簡単じゃからとりえずこれで、というのは一つの手じゃな」
発案しつつ髭を撫でて、首をかしげる棟梁。
「とはいうても、あのダンジョン師殿が『扉の部屋』にどんな要望を出すか次第じゃな」
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