062、話す近況報告者

 オーリはきょとんとした表情を浮かべてからニコの言葉の意味を考え始めたらしい。


「どうして帰ってきた、か」


 木の匙で、椀の底をこつこつと二回ほどたたくと顔を上げた。


「取りに来たものが一つ、確認することが一つ、伝えることが二つ。そんなところだ」


 何が聞きたい? と彼はこちらの表情を見回しながら言った。



「あったあった」


 とりあえず取りに来たものを手元においておけ、とアドバイスをしたところ、若干首をかしげながらも素直に従って、オーリは院長室の引き出しから一枚の紙を取り出した。

 上品とは言えなかったが、上等な紙ではあるのだろう。

 ともあれ、その書式には見覚えがある。


「入門証の申請用紙?」

「そうそう。一日目の様子を見てるといけそうだが用意だけしとこう、って、シノ姉が」


 孤児院の子供たち用の入門に使う書類だ。正確には、この書類を提出し返ってきた証が必要な訳だが。……いくらかの手続き料がいるがそれをクリアできるということだろう。


「で、シノ姉から確認。あっちの判断で……」

「あぁ、いいよ。今、街にいるものの判断に任せる。無理をしなけりゃだが」


 うん、とオーリは笑顔。だが、


「それが確認か?」

「ん、あぁ、そうだよ」

「ってことは、実質、一件だな。で、あとは、伝えることが二つだっけ?」


 あー、とまた、言葉を選ぶような沈黙のあと、今度は首を振る。


「こっちもまとめて一件といえば一件。――明日、この院にお客さんがくるって」

「……うん?」

「客、客だよ。ここに来たいって人が、マルの屋台に来たんだよ」


 特に何を思っているでもなさそうに、こちらをまっすぐに見てくるオーリに大きな反応はしないが内心では疑問が生まれた。


(客か)


 さて、どういう意図の客なのだろうか、と思って。まずは現状の確認だ。


「ニコ……というか三人に聞きたいが、この孤児院に客というのは頻繁に来るのか?」

「お客さん……あんまり記憶にない」

「記録も取ってないと思いますけどね」

「行商人のおっちゃんとか」


 ニコは頻度を答え、クヌートはその補足だが言い方からすれば客自体はいたのだろう。

 オーリは、例を挙げたが、今回の客は行商人ではないのだろう、


「多くない来客がわざわざ屋台で働いてるところにか……」


 そのことも疑問だがそもそも、


「街の人間はここのことを知ってる、って認識でいいんだよな」


 半ば公共のものだろう。神殿付きなのだから認識はされていると思うのだが。


「あるってことは知ってると思うぜ。……えと、たまに弟や妹が増えるから」


 若干落ち気味のテンションで、しかし、答えが返ってくる。

 程度がわからないが、少なくともそういう状況になって調べればたどり着ける程度には知られている、とそう認識しておこう。


「そうですね。神殿に聞けばわかることでしょう」


 聞いた時点で意図がもろばれだから好んでそうするとは限らないが、さて。


「そういう意図、だと思う?」


 この質問の相手はオーリだ。話しかけられたのは、この子だからだ。


「いや、違うんじゃないか? しゃべった感じそんな追い詰められてはいなさそうだったし、まぁ、ちょっと眠そうだったけど」

「……眠そう?」


 この少年の回答に反応したのはニコである。

 その反応、うっすらとした敵愾心のようなもの、あぁ、その感じには覚えがある。


「耳長族の女の人か?」


 確認するとオーリはうなずき、やっぱり知り合いか、とつぶやく。

 そうか、そういえば、ギルドに行ったときは二回ともニコと一緒だったか。

 だが、そうなると気になるのは、


「ここに安全にたどり着けるかだな」


 どうせなら今日一緒に来てくれればよかったのに、というと、


「遅い人と一緒だと、忙しいタイミングに間に合わないからさ」


 そんな風に返される。

――ならしょうがない。

 だが、明日、無事にここまで来れるだろうか、そして、その先ダンジョンまで行けるだろうか。

 あの受付嬢兼ダンジョン師の女性については、オーリなり、ほかの誰かなり戦力がいる状態でダンジョンに連れていきたかったのだが。そう思っていると。


「で、もうまとめちゃった伝えることだけど。送迎は、ゼセウス? あの商人さんのところでやってくれるって」

「……ん? ちょっとまって、どういう経緯で?」


 話が飛んでいる、というわけでもなさそうだが、いまいち話の接続が見えない、というか、脈絡がわからない。ゼセウスはいったいどこから?

 いや勿論、あんな感じにみんなの前で一芝居打ったのだからようすを見に来ることはおかしなことではないのだが……。


「伝えればわかる、って言われたことだからそのままいうけど『少し手の空いた大工がいるから、仕事でも割り当ててくれればいい』だそうだよ。俺には意味が分からないけど」

「……あー、あぁ、なるほど」


 これはまた、見透かしたような手を打たれている。頑張って交渉しているつもりであっても、所々で掌で遊ばされている感がある。

 そのうえで、打つ手打つ手がこちらの有利に働くというのがよりやらしい。

『なんとなく気に入らない』という程度では振り払えない。


「オーリ、今の二つの伝えてくれたことはつながってる」


 そう言って三人の表情を見ると、クヌートは何を言いたいのかわかっているらしく、浅い笑みを浮かべている。あとの二人はよくわからないという表情だが、ニコは何を言いたいのか考えているように見えるし、オーリはこちらの説明を待っているように見える。


 性格の違いが見えるようで少し面白い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る