063、飛び込む予定とその調整

 視線をクヌートにやると、彼は口を開いた。


「要するに、迷宮の話ですね」


 正しいので続きを促す。二人の視線もクヌートに向く。


「まぁ、僕の知識は紙上と伝聞の物なので、間違っていたら訂正してほしいですが。ダンジョン師とか呼ばれている人々は迷宮の構造、その情報を読み取ったりできるらしいです」

「――えっと、この前行った時のあの迷宮だよな。情報を読み取るっていうのは?」

「はっきりと書いてあったわけじゃないし、そもそも、僕は迷宮に潜っていないのでちょっと間違っているかもしれませんが、例えば、この前は偵察に行ったんですよね」


 その確認はニコに肯定される。


「兎とってきた」

「はい。結構おいしかったですね――で、えっと、断片的に聞いたことをつなぎ合わせただけですが、『土の迷宮』、『小さなゴブリン』、『弱っちい兎』、『薬になる苔』、『苔を食う虫』……そんな感じでしたっけ」


 指折り数えてから、ニコに視線で問うクヌート。

 頷いてからの端的な答えは、


「大体そんな感じ」


 答えに対して手ごたえが薄いと感じたのか、若干押されるような表情をしつつも、追加で確認するクヌート。


「んー、苔を取るときに道具があったほうが楽、とかありませんか、あるいは、とった後にしまっておく容器とか」

「それは――あったほうがいい」

「ですよね。でも、前の時はもっていかなかった。……どうしてですか?」


 問う方はどんな答えが返って来るか、答える方もどんな話の流れになるのか大体察しつつ、しかし、話の流れに沿って続けている印象。その中でニコは口を開く。


「何があるかわからない」

「はい。それが『事前に知っていれば対応出来た』となれば、情報を読み取るということの価値はお判りでしょう」


 採点を求めるような視線をこちらに向けるので、一つ頷いておく。

 笑みを浮かべてクヌートは続きを口にする。


「いっても、そこまでの精度が出ないでしょうが、取れる資源が植物系なのか、動物系なのか、鉱物系なのか、位は分かる……らしいですよ」


 およそ言っていることは間違いない。だからこそ、ダンジョン師はギルド職員の中でも重要視されるし重用される。ただ、十分な能力を持ったダンジョン師であれば一人で一つのダンジョンを管理することも出来るので、席が少ない、というのはある。


 実力主義、と言い換えてしまうとそうではない業種の方が少ないが、ダンジョンの重要性によって、異動する――いや、異動させられることも多いので『忙しい、給与が良い、不安定』と中々不思議なバランスの仕事になる。

 さて、それが、どうして大工の話に繋がっているのか、と言えば。


「クヌートは本で見て、あとの二人は実物を見て、知っていると思うが、迷宮の入り口は何とも言い難い不安定なものだ」


 入り口が露出しているというか露呈しているというか、そういうものだから、普通は『囲う』。


「迷宮入り口は通常、ギルドの支部の中にある。――正確には、迷宮の入り口を囲むようにしてギルドの支部を立てる。勿論、ダンジョンから魔物が出てきてもどうにかなるようにな……これには基本として二つの役割がある」

「出入りの制限ですね」

「そうだ。勝手に迷宮に入り込まないよう。そして、勝手に迷宮からあふれださないように、だ」


 冒険者の出入りを管理するのはギルドの仕事。入場料も取るし、素材の買い上げもする。どんな魔物がいたか等の情報を冒険者から買ったり、冒険者に売ったりというのもある。これについては、刻々というほどではないが、暦が巡るくらいの速度で変化があるので新しい情報を持っておかなければ危険につながる。


 この辺りの『事業』で得た利益の部分はこの大陸のギルドの第一目的のために使われる。つまりは、魔物が溢れないようにする抑止である。


「囲ったところで木なら木の壁、石なら石の壁でも結局壊されるだろう。だが、少なくともそれが壊れることで『壊した存在がいる』という知らせにはなるし、ちょってでも時間が稼げれば冒険者が間に合うかもしれない」


 そのためにも、ギルド支部、なのだ。冒険者が集まる様にしておくことでもしもの際にも臨機応変な対応が出来るように、と。


「後は、ダンジョン師の集中のためだな。スキルの具合的にかなりの集中が必要らしく、ダンジョン師が情報を抜いている間はいわゆるメンテナンス期間扱いをして誰も出入りしないようにするとか」


 この辺は自分も聞いただけの話だ。確かに、毎日半時間くらいと、週に一回三時間くらいの『メンテナンス期間』という奴を置いていたのは間違いないがその間に中で何をやっていたのかは知らない。

 もしかすると、ダンジョン師あるいは、元ダンジョン師くらいしか知らないのかもしれない。


「まぁ、だから、ダンジョンの囲いとかをダンジョン師の意見を聞きつつ作ってくれるってことだろう」

「……それなら、はっきりとそういえばいいのでは?」


 クヌートの素朴な疑問。頭が回る子なので考えればわかるとは思うのだが、オーリも理解している様な表情なので、彼に説明してもらおう。と、視線をやると。


「ん、あぁ。最初の方の注意が確認できてないからだな。最初に兄ちゃんが起きた時当たりの話だし。クヌートは遠くから様子を窺ってたからな」

「それは!」


 クヌートはあわてた様子で反論しようとした。それが悪いことの様に感じたからだろう。しかし、オーリは急くでもなく。


「あ、悪い。それが悪い事とか、そういう風な意味じゃない。慎重だったというだけだもんな。……で、問題の点だけどすっげぇ大雑把に言うと、迷宮については口に出さない、ってことだ」

「口に……、ん?」

「察したみたいだけど、一応言葉を補っとく。文字通りの『暗黙の了解』ってやつだな」


 まぁ、ざっくり、オーリの言う通りだ。

 それは明言しない限りは向こうに責任を取る必要がない、もちろん、それが実証されない限りはであり、そこを攻撃しようとするものならきちんと調べるだろうから、実益半分、韜晦半分というところだろうか。つまり、攻撃できないではなく、攻撃しにくいし、コストが高い。


「向こうはそれでいいかもしれませんが」

「こっちはそういう場合には俺の首でも差し出せばいいんだよ。迷宮の取り扱いについては周知されているというほど周知されていないし、悪質でもなければ子供相手に断罪まがいのことなんてしないから」


 こちらの少し過激な言葉遣い。

 何かを言おうとする、オーリとニコを平手で制する。


「勿論、そうならないようにするつもりだけど。選択肢と効果ぐらいは認識しといていいだろう」


 そこまでを一息に告げると二人は、何かを言いたそうに唇を揺らしはしたものの、声になるものはなかった。


「……まぁ、いいか。というわけでお客さんが来る。どれくらい手続きにかかるのかはわからんけど、理想で言えば、明日はこっちはその客の相手をしてもらって、入門証が出来たら持ってくる。明後日は出来るだけ多くの子供たちと街に来てくれると嬉しいかな」


 オーリは、書類をばしばしと手でたたきながらそう言った。

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