059、どういうときに何をかんがえるか
「ありがとう、きっかけは君だった」
「……いえ、別に僕は何を考えているのかわからない人間がこの院にいるのがいやだっただけですから」
厨房にいたクヌートに先の会話の必要そうな部分を伝え礼を言うとぶっきらぼうな口調と無関心そうな言葉が返ってきた。
ただし、そむけた顔は若干赤色がかっていて、上ずる調子もあるものだからそれが無感情のものとに出たものでないのは明白だった。
・
俺は感情の波が少し落ち着くのを待ってからニコの手をほどいた。
握ってもらっていた、ということを忘れるくらい、五分十分ほどの時間がかかったと思うが俺は平静を少なくとも装えるくらいになった。その間、ニコは時折、大丈夫、という言葉をつぶやく以外は何もしないでいてくれた。
ただ、手をほどいた時には、鼻が赤い、といって柔らかな指先で俺の鼻を突きはしたが。
そんな彼女と一緒に部屋を出て、そして、クヌートのところに行って軽い報告を行ったのだ。
そっけない対応のあとは、考えるしぐさをしたクヌート出てきた結論は、
「んー、まぁ、問題ないでしょうが、貴方が良ければ少なくとも、オーリ、マル、シノ姉には伝えた方がいいと思いますね」
「理由は?」
ニコがクヌートの言葉に反応する。
「えぇ、感情を排して考えれば、ニコよりもそちらの三人を優先すべきだったとさえ言えます」
クヌートの笑みに、何を言いたいのかをなんとなく察する。心配しすぎではないかとも思うが、原因の言うべきことではない。
「フツさんと一緒にいるニコはその場で何とでもなるかもしれませんが、今の状況のように、外に出ることの多い、先の三人なんかに説明をしないままにしていると、情報が追い付いてくるかもしれません」
「……情報が追い付く?」
ニコはこちらの手を取る手に少し力を入れながら、クヌートと相対している。
俺はクヌートの言いたいことはおおよそ分かったので、ニコと彼のやり取りを見守ることにする。
二人だけなら、どういう結論が出るかも見てみたい。
「心配しすぎの気を回しすぎかもしれませんが外と接する機会の多そうな先の三人……あ、今の状況を考えるとリノもですかね。そのあたりのメンバーはこの院の中、ではない世界に行くことが多くなるわけです」
「うん」
「そうなると、フツさんの顛末についての噂に触れる可能性が高くなるわけです」
「山の向こうの街のギルドの中の騒ぎが噂になる?」
ニコの疑問ももっともだ。それを疑問に思うということはそのような噂を聞いたことがなかったからだと思う、おれは以前はギルドの中の人間だった分、逆にそんな情報が市井に広がっているかどうかに注意を払っていなかったが、普通の人々が普通に話して面白い噂でもないだろう。
そんなものが広まるだろうか、と。
「……はぁ、あまりそういうことを考えていないのですね。二人とも」
こちらの二人の表情を見て、自分の考えとは違っていると判断したのだろうクヌートはこれ見よがしなため息をついた。
「いいですか? まず一つは、民衆の善意です。僕らはそのうち……あぁ、フツさんの思惑通りに事が運べばですが、そのうち、ダンジョンから持ち帰ったものを街に流す活動を行うことになります」
「うまくいかせる」
「そうですね。そのために頑張っているわけですからね。と、さておき、そうなると『ダンジョン攻略の初心者』である僕らのもとには『ちょっとかじった』様な人やら『話しに聞いたことがある』人までいろいろな人が話を持ってくるはずです。たぶん、僕らは子供ですから、少なくとも最初は善意の形で、儲かればやっかみや嫉妬のような様々な感情から話しかけてくるでしょうが、その段階はその段階で対策を考えなければいけないとしても、善意からくる情報提供というのもなかなかに厄介なのです」
「話しが長い」
「む、……」
ちょっとむっとした。同年代同士だとやはり感情が素直に出やすいらしい。
クヌートのほうも、少し、テンションが上がって言葉に熱が乗っていたことを自覚したらしい。
照れを表すように咳ばらいを一つ入れて。
「子供たちで危険なことをしようとしている孤児院の人間に対して、ほかのところではこんなに危険なことがあったと、山向こうの街のトップを走るチームが指導者を失った話をするかもしれませんし、それにまつわる、ギルドのスキャンダルを口にするかもしれません。そうなると、連鎖的に情報が広がる可能性があり……先にフツさんから聞いたレベルの話にまでつながる可能性があります」
「それを知ったときにどうなると思う?」
俺がクヌートに問いかけると、彼は大仰な仕草で手を広げた。
「それは時と場合、誰がどのタイミングで誰から聞いたかによるかと」
確かにな。
「そして、僕がどちらかというと危惧するのはもう一つの可能性。誰かが悪意を持って孤児院に不和をもたらそうとした場合、です」
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