054、『簡単に言う』と極論になる事が多い。

 他の人に告解するなら僕としても気が楽になる提案ですね。

 クヌートはそう言って、

 ですが、そんなにのんびりされないほうがいいと思いますよ。

 とそんなふうに釘を指すことを忘れなかったが。


 少なくともその後は、ごく普通の世間話――とはいえ、内容は俺が昔、等の知り合いに聞いた脈絡もない知識を羅列しただけのようなものだ。それでも楽しげに聞くクヌートはきっとそれが本来の年相応の姿なのだと思わせた。


 そして。



 他愛のないお喋りでストレスを吐き出した俺は今ならニコにも普通に対応できる。彼女が部屋の扉を入ってきたときはそう思った。

 クヌートは一瞬迷ったようだが、部屋を出ることに決めた様で軽くニコに頭を下げて出ていく。


 ニコは木の板、いや、木彫の盆の上に何かを載せてこちらに近づいてきた。

 ことんと、置かれた盆の上には粉末の乗った銀の匙と、透明な水をたたえたコップが一つ。彼女は椅子に座るこちらのすぐ横に立つと覗き込んできた。


「やっぱり顔が赤く、熱がある……風邪?」


――ダメでした。頬にさす赤みばかりはどうしようもない。


「冬の風邪は危険」


 院長室にやってきたニコ。今度は食堂のテーブルを挟んでいるわけではない。今度は掌ではなく額と額で温度を採られた。

 確かに、そちらのほうが差をみるという意味ではいいのかもしれないが、多分、こちらの平熱よりは高いのであろう少女の体温が、しかし、少しだけ、低い温度の物として額に触れる。


 距離としてはゼロに近い。額に限れば接触している。ニコは神経を集中するように瞳を閉じている。しかし、それは温度を採る必要があるからであって、こちらが目をつむるというのは、触れている感覚に集中する意味しかなく、それは現実的には意味のない情報であって……。


 頭の中をぐるぐると意味のない言葉が奔っていったところで、


「はい。じゃあ、薬を飲む」


 ふとしたタイミングで彼女はこちらから距離を取って小さな銀色の匙に乗せられた粉末をこちらに寄越す。


「くすり?」

「ん。代謝活性系、お婆さんのところの材料」


 活性系というと、確か、体温を落とさないようにしつつ、汗をかいたり体の機能全般を上げる系統だったはずだ。

 肉体の賦活にも使われるとか、そんなことを年寄りが言っていたような気もするが、


「風邪のひき始めの薬としては、よくあるタイプ。沈痛作用はないから、我慢できる程度の痛みは我慢する」

「あー、うん。いや、たぶん風邪じゃないと思うんだけど」


「……ふむ。診立てが間違っている可能性はもちろんある、ただ、これは栄養をつけて、ひどくならないようにしようとかそういう系統の薬だから、大丈夫」


 なら、まぁ、いいか。

――新しく買った薬研で作ったのだろう、粉末自体の肌理は細かくさらさらと口に落ちる。

 一緒に持ってきてくれた水で胃に落とす。


「あんまり薬臭くはないね。若干舌にピリピリ来るけど」

「料理においては香辛料として使われるような材料も入ってる」


 そうか、と頷いてありがとうと感謝をしておく。

 ニコは仕事をしているような表情を崩して、ふへへ、と笑う。


「昼は朝のスープにさっきの薬に入っていた香辛料を加えてちょっと表情を変えたスープ」

「そういえば、料理は出来ないって言ってなかった?」


 聞くと、


「スープはメモにレシピが載ってた」


 そう言って見せてくれたのは彼女の両親が遺したというメモ帳だ。

 なるほど、彼女にとっての家庭の味、でもあるのか。


「……何か言いたいことがある?」

「どうして、そう思ったの?」

「別に。大したことはなく……単純にあなたの表情がそうだっただけ」

「そうか」


 さて、どうすればいいものか。

 彼女の表情は何かを責めるものではない。何かを求めるものでもない。

 つまるところ、彼女のその疑問は単純にこちらへの気遣いだ。


 何か言いたいことがあるのではないか、と。

 そんなことを心配してくれているのだ。


 じゃあそうだな。話そうか。

 聞いてほしい話がある。



 ニコは向かいの椅子に座っている。

 ぶらぶらと揺れる足は椅子の上から若干地面に届いていない。

 屋内で椅子に座っているからか、浅く裾を折りあげているので、ふくらはぎの白さがよく見えるようになっていて、なんなれば見せつけられているかのような錯覚すら覚える。


 彼女の脇にはサイドボードに銅のマグ。俺の横にもそれと同じものがあって、彼女の父親と母親の物らしいと分かる。

 その選択に意味があるのかないのか。そんな益体もないことを脳裏で行ったり来たりと考えながら、彼女に向き合う。


「それじゃあ、俺の昔の話を聞いてほしい」

「……聞いてあげる」


 彼女の許しを得られたので、口を開く。


「ニコにもオーリにも言った通り、俺は元、中級のギルド職員だった」

「うん」


「ギルド職員というのは基本的には安定した高給取りで、普通はやめたりしない」

「うん」

「そこからどうして、俺が追放されたかのお話だ」


 彼女は、うんと言わず、しかし、浅く頷いて、マグを口に寄せた。



 俺はギルドを裏切ったんだ。

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