031、商人と料理人のオハナシ。
壇上で赤のケープが翻る。
マルは号令を下す指揮者のように手を振るう。
舞台上の動作のようにそれは映える。
・
「料理を好むのも上昇を志向するのも料理人の本能だし、面白い素材、珍しい素材を使いたいのも料理人の性だぞ」
年上で、スポンサーで、余裕のある男。それに対してマルの瞳は退くところがない。
聴衆の視線にも物怖じしない。
「安くて美味しいものを作るぞ」
「安い、と強調する意味がありますか? 安物の素材を……」
「多くの人が食を楽しむために必要な要素だぞ」
値段の話を商会の人間にしてやがる、とそんな風な声が漏れ聞こえる。当然、それを無謀と思っているものもいるようだが、
がんばれ、とマルを応援する声も混じって聞こえる。
声の主は主に、子供と女性のようだが。
「では、ますます、私の投資は必要ないですね? 安いものを売るというのでは商会に益が薄いので」
高級品を主にしているのならそうだろう、そして、市民のイメージとしてはそれで正解なのだ。
ゼリス商会の名が直接ついた取引は高級品のやり取りにおよそ限定される。
実際に商会の手は長く視野は広い、この街でどのような品がどう動こうが益が出るだろう。
その利の濃い薄いを別にすれば、だが。
無論、ゼセウスがそれを理解していない可能性はない。
これはそれ以外の利益を示してみろ、ということなのだろう。
「なら、提案するぞ。面白くない話と面白い話だぞ、好きなほうを選ばせてやるぞ」
マルは楽しそうにそう宣言した。
・
「面白くないほうから行くぞ」
神殿の中央、祭壇の上。幼い少女は二本の指を立てている。
それは聴衆に見やすいようにというのを自然とやっているのだろう。
ちなみに、レベルアップ順番待ちの農民たちの様子を見てみると意外と楽しそうに見物しているようなのでいいとしておこう。
喧騒の間にニコとオーリはこちらに戻ってきていた。
自分から俺の手を取って自分の肩に乗せるニコ。オーリははらはらとした表情で壇上のマルを見ている。
結局、二人がどうやって人を呼んできたのかはあとで聞いてみるとして、その成果として5、60人ほどの聴衆を集めることになったようだ。――やりすぎだ。まぁいいか。
「どうぞ」
ニコと対立する形になっているのは、涼やかな表情をした男。
ゼセウスはすらりと伸びた背筋をしている。さすがに壇上の人間ほどではないので見下ろされる形になっているがそれでも様になっているのは、何か、理不尽なものを感じるが。
「良く売れるようになったら、肉のタレのレシピをプレゼントするぞ」
「ふむ……それは先ほど試食させてもらったものをですか?」
「あれを今から改良するものを、だぞ」
「……あれはあれで、十分に暴力的な香りと絶妙な味の物でしたがあれをさらに?」
その口調は聴衆に向けてだろう、どこかでつばを飲む音が聞こえた。
「他の街で売ればいいぞ。必要なら肉の種類ごとで違う味にする必要があるかもしれないぞ」
商品というか、味の販売、みたいなものか。
なるほど、面白さという意味では確かに、ニコの言う通りさほどでもないかもしれないが、逆にこの大陸に多くの支店支部をもつゼリス商会にとっては、自分たちで製造販売できるものは魅力的かもしれない。
それに、
「なるほど、それはいい。我々が新しく村や町に支店を出すときに食の方面から入り込めれば……」
これは聴衆に聞かせる気があったわけではないらしく、小声でぶつぶつと言っている。
言いたいことはなんとなくわかる。今と同じような季節。
つまり、家畜を潰す冬季に新しい村に店を出したいなら、農民からつぶした家畜を若干高い値段で買って入り込むというのはありだろう。好感度を買って、その肉自体はタレがあれば高い値段で売れるのだから。
というか、思った以上にタレが高評価だが、ゼセウスはああいう味が好きなのだろうか?
「もう一個の案はもっとダイレクトに料理人としてレベルを生かすぞ。正体不明な食材が出たとき、それ以外にも取り扱いに困るものが出てきたときに、頼ってくれていい、という権利だぞ」
「それは……うん? ちょっと、よくわからないのでもう少し説明してもらえますか?」
「あう? わかんないか?」
「いえ……わからないというよりも」
「戸惑っているならたぶんその理解で正答だぞ」
つまりそれは、俺が街に来るまでに言ったことの逆様だ。
「成長したあたしの能力を今のあたしの能力を基準に……まぁ、少し高めの値段で売ってやる、とそういうことだぞ」
「……あなた、自分で何を言っているのかわかっているのですか?」
「さて、どうだろうな。じいちゃんは、自分でわかっていると思っていることほどつまらないことはないといっていたぞ」
マルは存外に楽しそうである。
ゼセウスは、こちらも楽しそうではあるものの、その笑みはただの楽しさというよりも苦笑混じりに見える。
一方でこの男。売り時を見逃さなかった商人が買い時を見逃すのかという疑問については、
「一時の楽しさのために大事なものを危険に晒すことを教えられたわけではないでしょう?」
「……違いないぞ」
はぁ、とゼセウスはこれ見よがしのため息をついた。
そして、
「では、貴方の自信分でサービスいたしましょう」
ぐるりと、聴衆を見るゼセウス。
「今、挙げられた面白いほうの案、それを大分緩くした案をお持ちしますのでその後契約をしましょう」
ゼセウスは人差し指を立てて言葉を止めない。
「ただし、その契約をどこまで緩くするかについては」
聴衆に良く徹るように強く声を張り上げて。
「明日仕込み用に店舗の方を使えるように、明々後日には屋台での販売もできるようにいたしましょう! そして、明々後日の利益全額、プラスして、そこからの四日間の利益の半分をこちらに回していただくというのはどうでしょうか!」
そして、右手をこぶしにして、左手の掌で包む。
「そこで稼ぎあげた額分だけ、貴方に有利な契約にいたしましょう」
面白そうに笑い、
「これを呑んでいただければ、今日は経験値が尽きるまであなたのレベルアップにお付き合いするというのでいかがでしょうか?」
勝負の形式に落とし込む。そうなれば盛り上がるのは聴衆だ。
――わぁぁぁああぁ、と歓声が上がる。
それはそうだろう、つまらない日常には勝負事というだけでも盛り上がるものを、大人と少女の勝負。聴衆も客として参加できる。
負けたら悲惨な目にあうというのではなく、少女が頑張れば頑張るだけ報われる。
そのうえで、目の前で金持ちの商人が認めたタレの味が、今後の目抜き通りに増えるかもしれない。
しかも、これから目の前で起こるのは、少女の連続レベルアップだという。
それはつまり、聴衆が行くような食事処の『料理人』以上のレベルの誕生を見れるかもしれないということでもある。
――喧騒というだけにとどまらない。
――神殿で始まったそれは小規模で奉じる神もないが、『祭り』の興りであった。
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