貫く信念ー4

  僕は日課を行うべく小屋をそっと抜け出す。夜も更け寒さを感じるが、工場からはまだ金槌が金属を叩く音が響く。

 彼らがいつ休息しているのか心配にもなるが、それだけ情熱を傾けられるものがあるというのは素敵だと思えた。見ているだけで自分も頑張ろうと活力を分けてもらえる。

 迷惑にならないよう小屋や工場からも少し離れた場所へ移動する。


  アルフィード学園へ進学すると決めてから毎日続けている自主訓練。

 地道に努力しようと天沢さんや月舘先輩のように戦える日は僕にはこないかもしれない。僕の戦闘技術は足りていない。

 学生としての訓練や模擬戦闘を重ねる度に実力差は漠然とではなく明確に理解できてしまう。

 到底すぐに追いつけるものではない、毎日特訓を続けようと届きはしない高みなのかもしれない。

 それでも何もしなければ絶対に変わりはしないから。ずっと訓練は怠らないようにしている。

  まず僕は圧倒的に武器を手にしている時間が少ない。猛者に囲まれた学生生活で気づいたことだ。体の一部だと思えるくらいに馴染まなくてはと自主訓練に素振りは必ず取り入れている。

 馴染むという点で武器を手に型を披露、その動きの美しさを競う"剣舞"もしている。


  "剣舞"はアルセアの貴族の間で昔からある娯楽の一つだ。"剣舞"を華麗に舞える強い剣士を抱えている家は鼻が高くなるんだとか。

 一人で行うことが出来る点と難易度の高い技は危険も伴うので神経を研ぎ澄ますのに良い。

 あとW3Aの飛行士を目指す僕にとって最大とも言える欠点である地味さの克服に良いかな…と少し邪な考えもあった。

  武器を手から離して宙で回転させたり、自身の身体も大振りに動かしたりして、大きく華やかに見せる。一見戦闘においては無駄な動きに見える動作も多いが、実力者はその動きも上手く戦闘に取り入れる。

  "剣舞"の原型はバルドザックの流浪の民達の戦闘スタイルとも言われている。

 自由と音楽を愛する民らしい、戦いすらもベースは武器の扱いよりもリズムやステップが重視されている。音楽に合わせて戦い舞う彼らの動作は独特だ。

 その動作に見栄えをさらに足したのが"剣舞"だった。


  "剣舞"をひとつ舞い終え、息をつくと前方に気難しい顔をしたハオさんが立って居た。技を繰り出すのに集中し過ぎていて周囲にまで気を配っていなかった。

 今日は上手く出来ているので難しい技にも挑戦していたから自分にばかり気が向いていた。

「おい」

「はい!」

  怒られてしまうのだろうかと思わず身構えてしまう。

 ハオさんの視線は僕が手にしている剣を捉えていた。

「…その玩具」

「ああ、パレットですよ。国防軍や学園の生徒なら皆が持っている携帯武器です」

  玩具と言われて一瞬何のことかと思ったが視線から察するにパレットのことだろう。

 手の甲に付いている小型装置にパレット用に作られた特製武器を収納できるグローブ。

 本来は収納具となるグローブに"パレット"という名称が付いているのだが形を瞬時に変形させる特製武器も合わせてパレットと呼ぶ人が多い。

  特殊な粒子鉱物で作られた特製武器ならばどんな形態の得物でも収納が可能。

 グローブの小型装置に手を翳すと武器は出現するのでグローブは利き手とは逆の手に装着する。

 収納する際は武器を小型装置に触れさせるだけで、武器が反応し瞬時に形を変えて自動で収まっていく。

  軍人や軍人養成学園に通う生徒の僕らにとっては見慣れた物だが一般には流通していない。鍛冶師であるハオさんには見慣れないのかもしれない。


「結局は使いやすさか」

  珍しがっているのかと思えば、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

  パレットの誕生によって武器の概念は大きく変わった。

 重く、持ち運びに不便な従来の金属で出来た武器は今ではあまり見られなくなった。

 そういう意味では鍛冶師である皆さんにはパレットは商売敵になるのだろうか。

「そいつを置け」

  言われた通り僕は自分の剣を近くの岩の上に置く。

 ハオさんは自身の愛用している金槌を取り出すと躊躇わずに僕の剣へ一撃打ち込んだ。僕の剣はたった一撃で罅割れ二つに分かれてしまう。

  正常に形を保てなくなった剣は粒子化し、パレットに戻らない状態となってしまった。パレットに収納できる武器が特殊な粒子鉱物で作られていることは知っていたが現物は初めて見た。


「な、何するんですか!?」

  やはりパレットに対してあまり良い感情を抱いていなかったのか。

 だからっていきなり人の武器を壊すなんて。

「こんな粒で出来た剣、武器じゃねえ。軟な玩具だ」

「玩具だなんて!軽くて万人に扱いやすいよう設計された武器ですよ」

「だが職人が作った武器相手じゃ簡単に壊れちまう」

  実際に容易く壊されてしまった手前言い返せない。

 だがパレットの武器は対人戦闘でも活躍する。それを玩具とは言えない。

「武器には"重み"がある。厳選された素材に熟練の技術で作られた精巧な作りや頑丈さ、製作者のプライドが込められている。一つとして同じ武器は存在しない。使い手に合わせて作られた武器こそが至高だ。俺達は一つ一つ魂込めて作ってる」

  たった数時間だがその姿を間近で見た。彼らは丹精込めてひとつひとつ丁寧に武具を作り上げていた。素人目から見ても立派で優れた武具であることが分かる。

 闘う為の道具であるにも関わらず美しさすらあった。


「お前さんらが使ってるパレットつうのは扱いやすく量産化しやすい良さは確かにある。けどな、俺達の作る武具を劣化品として扱われちゃ堪ったもんじゃねえ。挙句、時代遅れだと見下されるなんて可笑しい話だろ。だから俺達武具職人はそれを武器とは呼べねえ」

  ハオさんは怒っているというよりもやり切れない悲しみを滲ませていた。

 もしかしたらハオさんはずっと憤っていたのではなく、ただ悲しんでいただけなのかもしれない。

 悲しみのやり場を怒りに乗せていただけではないのだろうか。


「時代は変わるもんだ。武器だろうが乗り物だろうが何でも利便性が重視される。それ自体に文句はねえさ。停滞は発展の敵だ。変化や進化を望むのは作り手として理解できる。ただな…築き上げた技術が忘れられるっつうのは簡単に受け入れられるもんじゃねえんだよ」






  僕らが工場のお手伝いを始めてから二晩明けたがハオさんの説得はまだ出来ていない。

 残された時間は長くない。制裁の日に備えて防護壁を完成させたいのだから開発に合流してもらうのは早いに越したことはない。下手すれば間に合わなくなってしまう。

 ゆっくりしている余裕はないがハオさんを納得させるような策は思いつかない。

  雑用とはいえ職人達の作業を手伝い、武器や装飾具が完成していく姿を直で見れるのは楽しい。許されるならばその技術を少しでも学びたくなるほどだ。

  皆さんの作ることに対する情熱は工場の熔解マグマよりも熱い。

 出来上がる物は全て芸術作品のように心を奪われる出来だ。


「うーん…」

「手詰りっすか」

「いえ…いや…はい」

  工場の清掃を任されていたのだがつい唸り声が出てしまっていた。

 手詰りなことを認めてしまうと解決策がより浮かばない気がして少し抵抗してしまうが見栄はすぐに折れてしまった。

  彫金師であるエレクさんは今日も作業に忙しい。

 何かの部品だろうか、小さな金属により細やかな細工を施している。

 この工場で最も手先が器用なのはエレクさんだろう。

 それにしても話しながら細かい作業が出来るものだ。


「いっそ本音でぶつかってみるのもアリかもしれないっすよ」

「本音ですか?」

  僕自身は特に嘘をついているわけでもないのだけど。

 きっとエルクさんの言いたいことはハオさんの本音のことだろう。

「そうそう。旺史郎さんが居なくなって寂しいだけなんすから」

「寂しいんですか?」

  意外に思えて驚いたのだけど、エレクさんはゴーグルを額まで上げ作業の手を止めると一本の剣を鍛え上げているハオさんを眺めた。


「親方は旺史郎さんの技術を認めてるっす。あの人なら自分やお師匠以上の武器を作り出す力がある。そんな未来に期待すらしていた。それなのに旺史郎さんは鍛冶の修行を終えると南条家の跡取り息子として家を継ぐことを選択した。親方は旺史郎さんに鍛冶師として活動を続けてほしかったんだと思うっす。ところが旺史郎さんはその優れた鍛冶技術を駆使して利便性の高い武具の量産化をし、家や軍の発展に利用した。旺史郎さんのしたことは何も悪いことではない、むしろ新時代を築いた改革として大成功と言ってもいい。でも親方にとってはそれがずっと悔しくて寂しい」

 

  ハオさんは自分の作り出した作品一つ一つに情熱を注ぎ、誇りを持っている。

 旺史郎さんの技術を認め、尊敬しているからこそ技術の安売りのような量産化が許せないのかもしれない。

  きっとハオさんも旺史郎さんのした事を悪だとは思っていない。それでも、認めたくても認められない。認めてしまえば自分の誇りを曲げることになるから。

 ハオさんは旺史郎さんではなく己と葛藤しているのかもしれない。


「ここだけの話。今まで親方の弟子志願者は結構居て、こんな山奥まで必死に来たのに全員追い返されてきたっす。君達の目的は彼らと違えど、親方は気に入らない奴は周囲に置いとかないっす。あんな厳つい見た目してますけど親方は結構押しに弱いっすよー、もう一押しっす!」

  エレクさんの話を信じるならば僕らにはまだ説得の余地が残されていると思ってもいいのだろう。けど、僕は説得とか交渉が苦手だ。

 我の強い母や姉達に育てられたせいか人との話は聞き手に回るタイプである。

 かといって弱音を吐いている場合でもない。一度月舘先輩にきちんと相談し作戦を練ろう。

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