貫く信念ー5
「よーし!張り切って奥まで行っちゃうゾー!」
「オー!」
元気いっぱいなルーさんに連れられてお昼の後は採掘を手伝うべく洞窟を奥深く進んで行く。
今回の採掘はシツジクンも一緒だ。胴体に内蔵されたライトで僕らの行く道を明るく照らしてくれる。これなら奥深くに潜っても暗さを恐れることはない。
ルーさんとシツジクンの会話はいつも軽快でテンポが良い。
シツジクンが最も長い時間を共にしているのはルーさんだという。
もしかしたらシツジクンの特徴的な喋り方はルーさんに影響されている可能性があるのかも。
合いの手だけではなく採掘作業も息が合っている。
言葉にせずともシツジクンはルーさんの動作に合わせて補助や運搬を行う。
僕らは二人の動作を参考にしながら手伝っていく。主に僕が運搬で月舘先輩が採掘だ。
長い肉体労働を終え帰る途中、洞窟の中で一瞬光る何かが視界に入る。
すぐに光った方向を見ると横穴を見つけたが、光は見失ってしまった。
小さな光の球体が見えた気がしたのだけど、目を凝らして横穴を確認する。
採掘用に掘られた穴というよりは人が通るために作られた道のようだった。
今は火が灯っていなかったが、とても古そうな外灯に近い台座がいくつもある。
手に持っていたランプを掲げて奥まで覗いてみると、遠くにうっすらと壁画が見えた。
残念ながら光の正体は分からなかった…気のせいだったのだろうか。
「オ!お目が高いネ。そっちは遺跡に続く道だヨ。採掘出来ないから普段は行かないケド。行ってみるかい?」
遠目だったので確信は持てなかったが、壁画の模様に見覚えがあった。
寄り道する形になってしまうが少しだけ遺跡を見せてもらうことにした。
道を進むにつれ壁画はより濃くしっかりと遺されていた。
やがて開けた空間に辿り着くとそこには見たことのある様式の石柱や石段に紋様。
壁にはエルフの言語が多く刻まれている。遺物の罅割れや文字の掠れなど年代物らしく老朽は酷かった。
「この山、人の居た形跡なんて私達以外見ないのに、この辺りだけは人の手が加えられているの。ただ随分と昔みたいだからオンボロだけどネ」
月舘先輩は壁画の文字を懸命に読んでいる。
先輩はエルフの言語がある程度理解できると言っていた。
しかし壁画に刻まれる言語はエルフの言語でも古代に分類される為なかなかに難しいそうだ。
「各地の祠と似ているな」
「ここにも祠があるんでしょうか?」
「いや、強い
思えば祠は遠い昔から存在していたのに古さはあっても状態の良いものが多かった。守る者達が居たおかげだろう。
この遺跡は人々から忘れ去られ、時の流れに身を任せた結果だ。
有翼人達の祠も本来は同じくらい劣化していようと不思議ではない。
「そんな難しい顔して見るものじゃないヨ。ここに書かれてる内容なんか殆ど恋とか愛の詩だしネ」
ルーさんは肩をすくめて自身の近くの壁の一文をなぞった。
「『今日も明日も 命が潰えようとも 愛は途絶えることはない』だって、情熱的だネ」
僕の知る限り祠周囲の壁画に描かれていたものは魔法を使わずとも生活していく為の知恵のようなものばかりだった。それも絵画の解説付きだ。
しかしこちらの壁画には絵画はなく、びっしりと刻まれた文字や記号ばかりだ。
傍から見たら壁の模様ではないかと勘違いしてしまうほどに。
僕にはエルフの言語は読解出来ないが、エルフであるルーさんがそう言うのだ。間違いではないだろう。
となると祠の壁画とは毛色が違う。本当に純粋な過去の遺物というだけだろうか。
「『陽光が照らすよう 希望を灯そう 月光が包み込むよう 安寧を分かち合おう
生命は繋がり巡る はじまりもおわりも等しく訪れる 恐るるなかれ 我らは同じ源より生まれし生命 共に謳え 全ては繋がりひとつに解け合う』」
月舘先輩は特徴的な絵の傍にあったその一節を読み上げると黙り込んでしまった。
僕もその一節が何か引っ掛かり記憶を辿る。僕の知る有翼人やエルフに対する知識など少ない。その中で引っ掛かるとなればヘスティアさんに出会った以降に見聞きしたことだ。
「古屋が訪れた祠の壁画で見た古代語、特に詩で覚えているものはないか」
祠で見かけた生活の知恵以外の古代語の文章となれば限られている。
壁画全てをゆっくり眺めた訳ではないから見落としがあるかもしれない。
しかし、祠にあった詩に絞るのであれば、遺された場所がパターン化されている可能性がある。
ティオールの里の祠と竜の谷の祠で見つけた印象的な絵画がすぐに頭に浮かび上がる。ふたつとも天井に記され、翼のある人とない人とが手を取り合っている絵の近くに詩があった。
パルメキアの火山にあった祠には生活の知恵が記された壁画は存在しなかったものの、その絵画だけは祠そのものに刻まれていた。
僕は古代語を理解できない。だから記憶には記号の羅列として残っていた。
三か所の祠で見た文面を慎重に思い出しながら地面に書いていく。
「僕の訪れた祠で詩に該当するのはこの辺かと」
「…話には聞いていたが、すごいな。本当に覚えているんだな」
「言語は分からないので意味を理解せず記憶しています。文脈とか間違っているかもしれないです…」
「いや、合っているだろう。ティオールの里の祠で見た詩は俺も覚えている。残り二か所もきちんと文章になっている、正しいだろう」
未知の言語ということもあって少し自信がなかったが、どうやら記憶に誤りはなさそうだ。僕の記憶能力が役に立つ時が思わぬところであったものだ。
「『忘るるなかれ始まりの大地はひとつ 忘るるなかれ我らは皆等しい生命 姿は違えど同じ源より生まれし奇跡』ピラミッドの1階部にあった詩だ。言い回しや文言が違えど、どの詩も伝えようと訴え続けている。これは単なる偶然だとは思えない。それに詩に添えるようにある翼のある人とない人とが手を取り合っている絵、これも共通している。となればピラミッドや迷いの森の山脈、カルツソッドの祠にも同様の絵画の傍に詩が描かれていた可能性が高い。…すまない、俺はその絵画を見落としている」
「謝らないでください。共通項があるという事実は発見ですよ!もしかしたら古代の有翼人の方々は神器の源となる魔石以外にも僕らに伝えたかった何かを遺しているのかもしれません」
「詩となると…魔法の可能性もあるな」
「各地の祠を改めて訪れたいですね、全ての詩を繋げると真意を理解できるかもしれません」
本当は今すぐにでも確かめたい欲求が湧き上がってくるが、各地の祠を回るとなれば時間が掛かる。日を改めなくてはならない。
「学生サンは難しいお話をするネ」
「デスガ、二人トモ詩ノ話ヲシテイマス。詩ハエルフデアルルーノ得意トスルモノデハ?」
「エヘヘ、だから私魔法苦手なんだろうネ」
僕らの話を神妙そうに聞いていたルーさんだったが、耐えられなくなったのか笑いながら頬を掻いていた。
気が抜けたのか笑い声に相槌するかのようにルーさんのお腹の音がぐーと鳴る。
「私お腹空いちゃった。そろそろ戻らない?」
ここで悩み込んでも進展はしないだろう。それに疲れて休みたいのは皆同じだ。
誰も反対することもなく、荷物を持って歩き出した。
シツジクンも鉱石を積んだ荷車を動かした時だった。ミシミシと不吉な破砕音が走った。
彼の荷車が最も重量があったせいか、足元に罅が入り始めている。
建造物の古さ同様に地も脆くなっていたのだろうか。
「シツジクン!危ない!」
音の正体が自分の真下だと声を掛けられてようやく気づいたシツジクンは慌てた。
すると自分の身を案じるよりも採掘した鉱石達を優先したシツジクンは荷車を力いっぱい押し出し、地面の裂け目から逃がした。
足元の亀裂はたちまちに広がり、数秒と経たずに大きな穴が生じた。
跳躍や飛行機能が搭載されていないシツジクンはすぐに穴へと飲み込まれてしまう。
僕は咄嗟に手を伸ばしシツジクンの手を掴んだが…重い!!
とてもじゃないが片手では引き上げるどころか留まることも出来ずに、シツジクンの重量に引き寄せられる。
「うわあああ――!」
「ワワワワワ――!」
瞬く間に二人仲良く落下コースだ。穴は底なしではなく着地の痛みはすぐに訪れた。
「いったたた…」
身体を打った箇所は痛かったが骨が折れたりはしていない、大丈夫だ。
落下時の受け身のコツを掴んだのか多少の傷はあっても動けなくなるような怪我はない。
…我ながら落ちる機会がそれだけあるというのもどうなんだとは思うけど。
「二人とも大丈夫ー!?」
「大丈夫です!」
穴の上から月舘先輩とルーさんが覗き込んできた。よかった、二人は落下を免れたようだ。
二人の顔は視認出来たけど、残念ながら自力で登って戻れる高さではない。
「すぐに助けを呼んでくるから少しだけ我慢しててネ!」
ルーさんはそう言い残すとすぐさま走り出してしまった。
月舘先輩がルーさんを呼び止めようとしていた様子が窺えたが、それよりも早くルーさんは姿を消したのだろう、先輩は少し呆気に取られていた。
「俺はW3Aを取ってくる。すまないが二人で待てるか」
「はい!」
僕の返事に頷くと先輩もその場を離れていった。
たしかにW3Aならば筋力増強機能が付いておりシツジクンも引き上げてあげられる。救助に打ってつけだ。
普通ならばこの狭い洞窟の中を飛行移動するのは難しく、W3Aでの救助は現実的ではない。
けれど体育祭のリレーレースでも見せてくれた抜群の飛行技術を持つ月舘先輩なら可能だろう。
僕は一安心してシツジクンの傍に寄る。
するとパチパチと小さな破裂音が聞こえてくる。音の出所はシツジクンの腕の接続部分だった。
接続部が壊れコードに亀裂が入ってしまい電流が漏れ出ていた。
「落下時ニ破損シテシマッタヨウデス。わたくしニ近づかナイホウガヨイデショウ」
「ごめん、僕が力がなくて支えられなかったせいで…」
「イエ!勇太ハ何モ悪くアリマセン!わたくしノ注意ガ足りてイマセンデシタ。わたくしコソ巻き込んでシマイ申し訳ナイデス」
可能ならば応急処置を施してあげたいところだが工具を持ち合わせていない。
目の前で苦しんでいるヒトがいるのに何も出来ないというのは本当に歯がゆい。
「危険ダト判断シタラ直ぐニ壊してクダサイネ」
「何言ってるんだよ。そんなこと出来ない」
「勇太コソ。わたくしハ機械。人ニ危害ヲ加えるナラバ壊すベキデス」
「っ…絶対に嫌だ!」
僕の言ってることはただの我儘だ。
分かってはいても相手が自己犠牲する選択を認めたくなかった。
どうして僕の周りは助ける為ならば自己犠牲を厭わない人ばかりなのだろうか。
残される人の気持ちを考えてもらいたい。助かるのがどちらか片方だけは駄目なんだ。
何度自分の無力さを恨めしく思ったことか。もう守られるだけは嫌だ。
つい感情的になってしまった、こういうところが僕の欠点だろうな。
冷静さを保てないあたりが子供っぽさが抜けない原因だ。
謝ろうと視線を合わせると、何故かシツジクンは笑っていた。
「僕どこか変だった?」
「イイエ。ドコモ変デハ、アリマセン」
「えっと、じゃあどうして笑ってるの?」
僕はシツジクンを怒らせるか困らせたかしたと思っていたのに。
何で嬉しそうな眼をしているのかまるで分らなかった。
「勇太ガ、優しいカラ、デス」
優しくなどない。僕は実力も意気地もないくせに理想ばかり高い。
現実を割り切れない、無力な子供だから。そう見えることもあるのかもしれない。
ただ悔しいだけなんだ。自分の力のなさが、思いを上手く伝えられなくて、手に届く人すら守れなくて。だから怒ってしまうんだ。
こんな幼稚な奴を優しいなんて言葉で甘やかしちゃ駄目だ。
「あなたガ怒る時ハ…自分デハナク、誰かヲ思って、怒るカラ…ソレヲ優しいト呼ぶ…思いマス」
シツジクンの声がぶつぶつと途切れるようになった。
落下の衝撃は想像よりも内部損傷を引き起こしているのかもしれない。
もしかしたら今すぐにでも動かなくなってしまうのだろうか。一刻も早く修理してもらわなくては。
僕の焦る気持ちに追い打ちをかけるかのように不穏な音が聞こえてくる。
地響きは穴の中にいるせいか全身を揺らすみたいに感じる。音は徐々に近づいて来るのが分かる。
落ち着いて耳を澄まし音の発生源を探る。上でも下でもなさそうだ…横か。
足元が強く揺れてないので地震ではないだろう。頭上から落石の恐れもない。
だとすれば一体の音なのだろうか。
シルヴァダルト山脈には建造物はもちろん、動物はおろか植物も僅かしかない。
大きな音を発生させるような事象、魔法ならば人間の僕には感知できない。
とはいってもこの山奥で大規模な魔法を使う人はいないだろう。
ならばシルヴァダルト山脈に存在するもうひとつの大いなる自然はどうだ。
しかしそれは登山時に崖下で流れている所しか見かけなかった。こんな山の中に…けれど可能性はゼロではない。
見落としていた自然の恵みが僕の推理に答えるように穴の側面に亀裂を生じさせ、たちまち流れ込んでくる。
最悪だ。シツジクンが漏電している状態に水なんて。逃げ場のないこの場所では感電は免れない。
「勇太!わた…ノ内部ニ、ル魔石ヲ壊、クダサイ!わ…くしノ動力…電力ハ魔石、供給サレテ…ス!」
「…できない」
だってそれはシツジクンから命を奪うことと同義だ。
たとえ自分がこのまま死んでしまおうともそれだけはできない。
「コノマ、デハ…!わ、くし、ロボット、ス。壊…モ直せ…マス!」
合理的に考えればシツジクンから動力の電気を奪い、後で修理すればいいのかもしれない。
感電を逃れて、穴に水が溜まっていくだけならば僕は助かるのかもしれない。
けれど、その選択だけはどうしても出来なかった。
「できない」
「わた、しハ…お手伝、ロボット…人ヲ助け、モ…人ノ邪魔…ナリ、タク…アリマ、セン!」
「嫌だって言ってるだろ!」
「…ユ、ウタ…」
「たしかにシツジクンはロボットだ。でも生きてるじゃないか!」
ロボットは機械だ。機械は道具だ。
そう割り切ればシツジクンを見捨てる事に罪悪感など感じずにいられるのだろう。
でも、もう僕には無理なんだ。
シツジクンは僕にとって心の通い合った相手、僕と同じ生き物だから。
自分の傍で誰かの命を失うなんて絶対に嫌だ。
僕は出来が悪く才能のない人間だ。
だけど、諦めない。諦めてしまったら本当に道は閉ざされてしまうから。
どんなに無理だと言われようと諦めない。それが弱者な僕なりの信念だから。
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