貫く信念ー3

  一度工場を出ると月舘先輩は肩を震わせていた。

 先輩からも怒られる。そう思ったのだけど様子がおかしい…これは笑ってる…?

「…っ…くく…悪い…あんなハッキリ…分かりませんって…」

「いえ…その、こちらこそすみませんでした」

  真面目な月舘先輩のことだ、僕の交渉としてはマイナスな出来に怒ると思ったのだけど、何故か頑張って笑いを堪えていた。

 僕だって自分の発言を思い返せば、馬鹿みたいに声張り上げて「何言ってんだコイツ」と思いますよ。

  月舘先輩は大分ツボに入ったのかまだ笑いを耐えている。いっそ大声上げて笑ってくれてもいいのだけど、僕を気遣ってくれているのだろうか。

  先輩は笑いを断ち切るようにひとつ咳払いをした。

「追い払われなかった以上、まだ交渉の余地はある。頑張ろう」

「はい」


「その意気っすよ。少年達」

  僕らの後に工場から出てきた男性が気さくに声を掛けてきた。

 着用しているベストのポケットやベルトに付いているポーチには多くの器具が収納されている。頭に付けているゴーグルが印象的な彼も技師の一人だろう。

「勇太ト佳祐デス。コチラハエレク。エレクハ彫金師デス」

「いやー勇太君、良いかましっぷりだったすよ。あんなきょとん顔の親方はなかなか見れないっす。久々に面白いもん見せてもらったー」

  僕達と一緒に出てきたシツジクンが紹介をしてくれるとエレクさんは楽しそうに笑った。どうやら二人は僕らに好意的でいてくれている。

 ハオさんの説得とまではいかなかったけど、同じ職人さんと友好的な関係を築けそうで報われる。

「親方のこと知りたいんすよね。だったら俺達の生活を見てもらうのが一番だと思うんすよ」

  そう提案したエレクさんは小屋に向かって手招きをした。作業着に着替えたルーさんがちょうど小屋から出てきたところだった。彼女は素直に僕らのもとにやって来る。

「君ら二人にはルーの手伝いをして欲しいっす」

「えー!私ー!?新人教育なんて出来るかナー」

「心配しなくても彼らは新人じゃないっすよ。旺史郎さんの使いっす」

「なーんだ旺史郎の知り合いか。よしよし、ルー様がコキ使ってやるネ」

  厳密に言うと旺史郎さんの使いでもないし、旺史郎さんとは顔を合わせたことすらない。でもここは二人にとっても旺史郎さんは縁のある人のようだし、訂正するよりも旺史郎さんの使いとしていたほうがスムーズだろう。

  


  ルーさんに連れらたのは工場から少し離れた洞窟だった。僕らのお手伝いは採掘作業だった。

 彼女は鉱脈探しと鉱石の良し悪しの判断に長けており、工場の採掘を一手に引き受けているそうだ。

  エルフの彼女らしく鉱脈探しは独特で魔力マナで鉱石を探知している。

 岩や土に流れる微力な魔力マナの流れを察知することで鉱脈を探し当てる。

  月舘先輩に実際可能なのか尋ねてみたら「出来ないことはないだろうが普通のエルフはまず鉱脈探しに魔力マナを使う発想にならない。彼女は土の魔力マナの微弱な違いを探知出来るのだろう」と感心した様子でルーさんの鉱脈探しの姿を見ていた。

 この方法により鉱石を採り過ぎないよう調整したり場所を変えたり、期間を開けたりとしている。エルフの長年の教えらしく、自然に対する敬意はしっかりとしていた。


「さあ、二人とも。ガンガン掘るヨー!」

  だが、彼女の性格だろうか。言葉使いや振る舞いは豪快だった。

 それでも的確に採掘作業を進めるのだから技術は確かなようだ。

  肝心の僕らは何をしたかというと、指示された場所を掘り進めたり、採掘した鉱石の運搬だ。筋力増強機能と機動力のあるW3Aには打ってつけの作業であった。

 普段なら運搬はシツジクンが手伝ってくれるそうだ。

  採掘作業こそ魔法を使えば楽で効率が良いのではないのか。とルーさんに問う。

「不用意に自然の魔力マナを使うのはあまりよくナイ。それに魔法だと鉱石を壊しちゃう。鉱石を壊さず魔法で採り出すのはコントロールが上手な高位の魔法使いじゃないと無理ネ。だから繊細な作業はやっぱり手作業がイチバン!」そう言いながら楽しそうに身体を動かしていた。

  なんだかルーさんを見ているとエルフに抱いていたイメージが変わってくる。

 やっぱりヒトの個性は種族差よりも生活してきた環境の影響が強いのだと再認識する。

  そうして僕らは陽が沈むまでひたすらに働いた。

 肉体労働の人手として駆り出されている、いいように使われているな…。




  採掘作業を終え、工場に戻って来たかと思えば今度はルーさんは製鉄作業をするという。ここまで簡単な食事は摂っていたもののまとまった休憩はしていない。

 ありあまる元気さに度肝を抜かれる。アルフィード学園の訓練授業よりもハードかもしれない。

  これまた製鉄作業も僕が知る工程とは異なっていた。

 ルーさんは炉にある火の魔力マナを駆使して鉄を溶かし、魔法で製錬をしている。

 オーケストラの指揮でもするかのように手を動かすと鉄はたちまち熱を帯び、形を変えていく。

  合成や抽出の作業もすべて魔法一つだ。形成された状態でようやく魔法が終わる。この魔法は集中力を要するのかルーさんは作業中一度もお喋りはしなかった。

 それでも笑みは絶やさない。楽しいという気持ちが全身から溢れ出てくるようだった。

  製錬工程を魔法で実現させるのは苦労したそうだが独自で編み出したという。

「魔法で作る武器ってロマンあるでショ?私が人類史上初の魔法使い鍛冶師になるんダー」

  ルーさんはにやりと笑って理想を語ってくれた。

 彼女は好きな夢に向かって努力している。だからどの作業も心から楽しそうなのだろう。


  ここでの僕らのお手伝いは炉や窯の温度管理、焼べる役割である。工場で最も暑い場所、二人でやるとはいえ手作業でやるのは重労働だ。

 都会にある量産型の工場なら機械で調整するところだが、ここでは殆どが手作業だ。

  職人の皆さんは言葉も発さずに各々の作業に没頭している。

 見た目以上に繊細な技術を要する微調整や細工に恐ろしいほどの集中力だ。

  しかし、一度口を開けば罵詈雑言が飛び交う、すぐに喧嘩だ。

 彼らはこうして日々切磋琢磨しているのだろう。 


「おい、ルー!溶鉱炉の熱が上がり過ぎてる!管理を徹底しろ!」

「二人が一生懸命してるってバ!」

「足りてねえから言ってんだろうが、馬鹿野郎!」

「親方がせっかちなんだヨウ!順番にしてるんだから少し待ってヨ!」

「温度維持出来てねえなら番してる意味がねえだろうが!」

「もう、親方すぐ怒るネ」

「怒られるようなことしてるからだろうが!下手くそ!」

「何さ、私のおかげでこんな山奥でもが工場が成り立ってるんダロ!クソ親方ァ!」

「減らず口叩く暇があるんだったらとっと手を動かせ!」

「動かしてるヨ!本当、親方は年上を敬わないネ!」

「てめえ俺の弟子だろうが!弟子こそが親方を敬え!」

  ハオさんとルーさんの攻防は止まらない。だが二人共手を止めずに作業は続けているのだから驚きだ。


「日常風景なんで気にしなくていいっすよー」

「そう、なんですか…?」

「賑やかな工場っす」

  熱管理の不備は担当している自分の責任なのだが、あまりの言い合いっぷりに思わず僕が作業の手を止めてしまった。

 そんな僕らにエレクさんは笑いながら声を掛けてくれるが彼も作業の手は止めていない。本当にこれが皆さんにとっての日常なのだろう。


「おい、エレク!てめえ、雑用に構ってる暇があんのか!?」

「出たー飛び火っすー」

「そのヘラヘラした態度、あの野郎を思い出して癪に障るんだよ!」

「たしかに俺はヘラヘラっすけど、旺史郎さんはニコニコっすよ」

「同じだ!あー余計なこと思い出させやがって!」

「自分で勝手に思い出したんじゃないっすか」

「うるせえ!ワカメ野郎の話はもう禁止だ!」

「髪が緑でいつもふにゃふにゃ笑ってるからワカメらしいっすよ」エレクさんは小声で僕らに説明してくれるがそんな場合ではないような。

「あいつはいつもどこか人を馬鹿にしたような態度をとりやがる」

「親方と違っていつも穏やかなだけっすよ」

「だーっっ!!」

  ハオさんは雄叫びのような声を上げると工場を出て行ってしまった。

 荒れていたにも関わらず作業は区切りのいい所できちんと終えていて、工具も綺麗に片づけられている。苛立っているのか冷静なのか、不思議な人だ。


「大丈夫っすよ。一服したら戻ってくるんで。旺史郎さんから連絡がきてからずっと

お怒り絶好調なんっす。いい歳してまだまだ子供っすよねー」

  エレクさんは呑気にそう言うと細工の作業へと集中した。

 彼だけではなくルーさんも、もう一人の職人さんもペースを乱された様子はない。

 ハオさんの怒号に慣れているんだな。

  聞いた話ではハオさんは南条旺史郎さんの兄弟子にあたる。同じ師の下で共に技術を学ぶ期間があったそうだが、どうやら南条さんとは喧嘩仲だったのか。

 それにしてもどうしてここまで南条さんに怒りを募らせているのだろうか。

 もう防護壁の協力交渉の仕方というよりは、そこを解決することが成功の糸口な気がしてきたな。


「さすがはアルフィード学園の生徒さん、途中でヘバらなかったネ。作り貯め出来て大助かりしたヨ。明日もよろしくネ」

  すっかり日が暮れ空に星が瞬き出した頃、ルーさんの一声で僕らはお手伝いから解放される。けれど、工場の職人達は誰一人作業を終えようとはしない。

 そろそろお腹も空く時間だと思うのだけど休憩する素振りもない。

「あの、皆さんはいつ作業を終えるんですか?」

「んー気が済んだらかナ。皆、納得するまで作業する。一晩ぶっ続けでする時もあれば、ノらない時は雑務だけする日もある。生活サイクルは皆バラバラネ」



  ルーさんに小屋へ戻るよう勧められるとシツジクンが僕らの分まで夕飯を作って待機していた。おまけにお風呂や寝床までも用意されており、好きな時に使ってくれて構わないと説明を受ける。

「お勤めご苦労様デス。ご飯ニナサイマスカお風呂ニナサイマスカ。ソレトモ…わたくしノマッサージモアリマス!」と出迎えられた時は思わず笑ってしまった。

 どこでそんな言葉を覚えたのか。はたまた誰がプログラムしたのか。

 シツジクンの個性的な対応は誰の影響だろう。明るく優しいシツジクンは自然と緊張が解ける。

  シツジクンは僕らへの接待を楽しそうに行ってくれるが、僕らはお客様ではない。こんなに甘えていいものだろうかと躊躇いもしたがシツジクンは「許可ハ得テイマス!」と得意げに言い張った。

 有能なロボットだ。一家に一台欲しくなってしまう。

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