貫く信念ー2

  雄大な自然に囲まれながら簡易的な朝食をとり、W3Aの点検を済ますと僕らは再び奥地へと進んで行く。

 W3Aを使って飛んでも山脈地帯の終わりはまだまだ見えない、改めて広大さを実感する。

  殺風景な山並みは目印になるような物もなく、似たような風景が続く。

 それも僕らは登るとうよりは横移動している時間が長い。

 本当に自分は目的の進路を進めているのか不安になる。



  陽が昇り切った頃、空へと伸びる煙を見つける。

 僕らは煙に導かれるように進むと木造の小屋と洞穴に収まるかのように構えた工場が見えた。

 煙の出所は工場で、遠くからでも分かる程に赤々と燃える炎が見える。

 カンカンと金属を叩く心地よい音が響き渡る。人の存在を感じられるこの光景が心底安心させてくれる。


  小屋の近くで着陸し、無事目的地へ到着できた達成感を先輩と分かち合っていると背後から山奥に似つかわしくない機械音が近づいて来る。気に掛かって振り返るとそこにはロボットが立っていた。

 ロボットは僕らと視線が交わるとプルプルと震えた。

「オ、お客様デスー!!」

  驚いたことにロボットは滑らかに人語を発したではないか。

 丸みを帯びた体から伸びた両腕を興奮した様子でくねくねと動かしている。

「希少生物デス!おもてなしデス!仕事デス!」

「ちょ、ちょっと待って!…行っちゃった」

  僕の声になど聞く耳も持たず(耳あるかな)、ロボットは足部のローラーを稼働させて小屋へと猛スピードで駆け込んだ。

  人工知能やナビゲートの技術が開発されているのは知っていたがあんな自立して喋るロボットは初めて見た。それも最新鋭の技術が集う首都のエアセリタではなく、こんな山奥で見かけるなんて。ここに優れた技術者が居るのは間違いない。僕は胸が高鳴った。

「追いかけるか」

  月舘先輩はロボットが落としていった籠を拾い上げると小屋へと歩き出した。

 籠の中には湿っているが汚れていない衣服やタオルが入っている。まさか、あのロボットは洗濯をしていたのだろうか。


「すみませーん!……失礼しまーす」

  小屋の扉をノックし大きめの声を出したが中から返事はない。

 仕方なしに扉をゆっくり開けると室内ではロボットがお茶を二人分淹れていた。

 もしかして、本当に僕らをおもてなしするつもりだったのだろうか。

「お客様!ドウゾ、座ってクダサイ」

  僕らの姿を見つけるとロボットは近くの椅子を二脚引き座るよう促してくる。

 どうやら歓迎してくれていることは間違いないらしい。

 座ったことを確認するとすぐにテーブルの上にお茶の入ったカップを置いてくれる。

  それにしてもあまり広くない室内をロボットは苦なく動き回っている。

 寸胴なボディのわりには細やかな駆動が出来るものだ。思わずロボットの気遣いよりもその技術に感心してしまう。


「あ、ありがとう」

「どういたしましテ!」

「君はここで何をしているの?」

「わたくしハここデお手伝いヲシテイマス」

「お手伝い?」

「はい!料理、洗濯、掃除ガデキマス。採掘モデキマス。お役に立ちマス!」

  ただ言語を話すだけではなく、一応会話も可能なようだ。

 さっきまで一方的だったので少し不安だったが、落ち着けば受け答えもしてくれる。

  僕らの質問に対して回答の元気がいい、嬉しいのだろうか。

 いや、機械に感情なんて。そういうプログラムが組まれているのだろうけど。

 本当にすごいな、誰が作ったんだろう。

「ここに人はいないのか」

「居マス!親方トご主人トルートエレクガイマス!」

  機械だから仕方ないが少々特徴的な喋り方だ。四人…人が居るのかな。

 ともかく無人じゃなくて良かった。となると人が居るのは奥の工場のほうか。


「僕達はハオさんに用事があって来たんだ。会せてもらえるかな?」

「ハオさん…ハテ、どなたデショウカ」

「え!?」

  当然居るものだと思って尋ねたのに。ロボットのこの様子ではその人物すら思い当たらないみたいではないか。

「鍛冶師の男性だ。ここに居ると聞いて来たのだが…」

「鍛冶師ハ居マス。ハオさんハ居ナイデス」

  月舘先輩が改めて問うてもロボットは僕らの尋ね人は知らないと言い切った。

 こんな山奥までわざわざ来て、場所が違ったなんて事だったらショックが大きい。


「ふわー、朝から騒がしいネ」

  奥の部屋から寝ぼけ眼を擦りながらやって来たのはエルフの女性だった。

 よそ者が居るにも関わらず警戒心も無く、呑気に欠伸までしている。

「ルー、おはようゴザイマス。モウお昼デスガ」

 女性の姿を認識するなりロボットは冷蔵庫へと走った。

「おはよー。なんだか見知らぬ少年が二人も居るネー」

「お客様デス!初めてデス!わたくしノおもてなし機能ガ初めて活かサレマス!」

  興奮しながらもロボットは女性に水の入ったコップを手渡していた。

 ロボットは命令無しに自発的に行動をしていた。

 まるで彼女が起床したらこうすると決まっているかのような動きだ。

「ふえーそんな機能つけてたのー?こんなとこお客なんてこないのに」

「今、居マス!」

「お客なの?弟子志願じゃなくて?」

「えっと…はい。僕らはハオさんにお話が…!?」

  女性は躊躇いなく至近距離に顔を僕に近づけてくるものだからこちらが動揺してしまう。翠の瞳が粗探しでもするかのようにゆっくりと動く。

 月舘先輩の顔も同じように眺めると女性は満足したのか微笑んだ。


「新規客かーわざわざ出向いて来るなんて熱心だネ」

「いえ、そういうわけではなく…」

「ルー。ハオさんトハどなたデショウカ?」

「ハオさんは親方のことだヨ。え、それはインプットされてないの?」

「ノー!お手伝いトシテ失態。ハオさんトハ親方ナノデスカ。親方ハ親方デハナイノデスカ…」

  どうやら親方イコールハオさんという事実を今認識したらしいロボットは衝撃を受けていた。親方という名前だと思っていたのかな…。

 頭部を抱えて心底落ちこむロボットの姿は作り物ではなく、本当に生きているみたいだ。


「不思議デショ。機械なのに心があるみたいで」

「…あ、すみません」

 僕がロボットを凝視していたからか見透かされたように言い当てられてしまう。

「謝らまなくていいヨ。私達もビックリだもの、ここまで感情豊かになるなんて。最初はオウム返しみたいに私達の言葉を真似ているだけかと思ったけれど、この子なりに感じて、学んで、考えて話しているの。製作者は自主学習機能は付けたけれど感情までは作れない…本当、人間ひとは不思議な物を生み出すよネ」

 女性は愛しそうにロボットを見つめると僕らへ向き直った。

「さて、シツジクン!メソメソは終わり!彼らを親方のもとへ案内してあげるネ!」 

「分かりマシタ!ご案内シマス!」

  女性の掛け声ひとつで意識を切り替えたのかロボットはすぐさま小屋の扉を開け、僕らが来るのを待っている。

「あの、いいんですか…?」

  僕達はまだ素性を明かしていないし、目的もしっかり話せてない。それなのにこんなとんとん拍子に進んでしまっていいのだろうか。

「いいのいいの。私、ヒトを見る目には自信がある、君達悪いヒトじゃないネ」



  お手伝いロボット"シツジクン"と工場に向かう短い時間にお互いの名前を把握しあう。シツジクンは家事全般を任されており、さっきは洗濯物を干しに行く途中だったと話してくれる。

  小屋で会ったエルフの女性はルーさんでシツジクン曰くとても元気なヒトだそうだ。昨夜は遅くまで自分と採掘に行っており、お疲れだから一人就寝していたが他の技師は工場に居る。

  シツジクンは楽しそうに自分のことやここで生活するヒトのことを話す。ただのロボットではない、生きているんだ。


  熱気の籠った工場には体格の良い男性が金槌を振るっていた。

 ここに辿り着いた時から聞こえていた全身に響く心地の良い金属音は彼が出していたに違いない。

  シツジクンは迷わず男性に向かって進むので僕らも付いて行く。

 男性は手を止めたかと思えば、金槌を片手に鋭い刃物の出来を見極めている。

 体に流れる汗すらも気に留めない。作業に集中しているのか僕らが近づいても見向きもしない。

「親方!お客様デス!」

「あぁ?…誰だ、おめえら」

 シツジクンに話し掛けられてようやく僕らを一瞥すると男性は再び刃物を叩き始める。

「僕ら南条さんの紹介で…」

「ああ!?南条だぁ!?あのヘラヘラワカメ、次に会ったら干乾びるまで泣かしてくしゃくしゃにしてやる」

  まだ僕は伝えきれていないのに男性は怒鳴り散らした。

 南条の名前だけでここまで怒りを露わにしているのだ、この人こそが僕らが交渉すべき相手の鍛冶師、ガオ・ユーハオさんで間違いないだろう。

 それにしても相当ご立腹じゃないか。ここから僕達が協力してもらえるように交渉するのか…気が重い。


「先日、南条さんがハオさんにお話になった件、覚えていらっしゃいますか。私達はその件について再度、ご検討頂きたく参りました」

 月舘先輩が怯むことなく続けてくれる。ハオさんの鋭い視線が僕らを射抜く。

「あの野郎、てめえが来られないからってこんな子供ガキを使いに寄越しやがって、ナメられたもんだな」

「私達にはあなたのお力が必要です。どうか防護壁の製作にご助力願えませんか」

「その件は断るっつただろ。俺達はお高い科学者様の玩具作りに付き合ってる暇はねえ」

「玩具作り…?」

「理論ばっか掲げてねぇでてめえで動けってんだ。あいつらは口ばかりだ」

  御影博士も工藤博士も、防護壁の開発にあたっている人達は全員寝る間も惜しんで今も懸命に考え、実験を繰り返し、資材を集め、基盤を作っている。

 失敗の許されない開発にあらゆるパターンを想定して自分達の理論に欠陥や誤りがないか気の遠くなる回数を試行錯誤しているというのに。彼らの努力を何も知らないでそんな言い方はあんまりだ。


「あなたは皆さんの何を分かっているんですか!?皆さんは世界を守る為に身を削って日夜開発に着手しています。玩具を作っている人なんて誰一人居ません!皆さんを軽視する発言は失礼です!」

  言い終えてから思わず口を塞いでしまうが滑り出た言葉は戻らない。

 ハオさんの額の血管は浮き上がり、鬼のような形相で僕を睨んでいる。僕は勢いだけで火に油を注いでしまった。

「それじゃあ、てめえは俺達の何を知っている。人様に頼むくらいなら俺がどんな奴か分かってるんだよな!?なあ!?」

  今にも殴り掛かってきそうな勢いのハオさんに竦みそうになる。

 駄目だ、ここで怯えてしまえば僕が皆の信頼を損なってしまう。

 ヘスティアさんに協力すると決めた時から、頼りない僕でも自分を曲げることはするまいと決意した。

  先の僕の言葉は頼む側としては無礼であった。けど嘘ではない、僕の本心だ。

 僕は科学者の皆さんに敬意を評している、それを蔑ろにされるのは悔しい。発言を変えるようなことはできない。


「分かりません!」

「…はあ?」

  目を真ん丸としたハオさんの気の抜けた声がやたら響く。

 このあとどうしたら自分の失態を挽回できるかなんて思いつかない。もう正直であることしか…!

「ですから、知る機会をください!」

  僕を見下ろすハオさんの眉間に皺が寄る。必死に真っすぐ見上げて視線を逸らさない。

「ハオさんは凄い鍛冶師であるということは伺っていますが、どのように凄く、どんな人柄かまで僕は知りません。それに僕は皆さんの技術に興味があります。だから知る時間を貰えませんか?そして僕達の決意も知ってください!それから断るかどうかもう一度判断してください!お願いします!」


  ハオさんは何も答えてくれない。代わりに真剣な眼差しが僕の視線と交差する。

「……親方。勇太ノ言い分ハ一理アルト思いマス。ドウデショウカ時間ヲアゲテミテハ」

  助け舟を出してくれたのはシツジクンであった。

 ハオさんは僕らに背を向けると作業へと戻ってしまった。

 しかし「勝手にしろ」とそう呟く声が聞こえた。

「ありがとうございます!」

  追い返されはしなかった。もう頑なに拒絶されるくらいの覚悟はしていたけれど。どうやら最悪の事態は免れたようだ。

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