娯楽と欲望の国ー11


「コール。G9、J――」

「待って」

 コールを遮るようにヘスティアさんは僕の服を引っ張った。

「どうしたの?」

  彼女は僕を見てはいなかった。

 視線の先はジェンマさんの斜め後ろに控えめに立っている小柄なエルフの少女だった。

  あの少女はジェンマさんが僕らに初めて声を掛けた時から彼の背後に居た。

 けれど一切言葉を交わさない二人の関係性は見ただけではよく分からなかった。


  ヘスティアさんは険しい眼差しでエルフを睨み「散れ」と厳しい声音で囁くと僕の指定しようとしたJ3の電子カードの光が僅かにブレた。

「いいわ、コールを続けて」

「コール。G9、J3」

  捲られたカード2枚は僕の思い通りの揃いのカードであった。

 ふとエルフの少女を見れば痛みを耐えるように片手を擦っていた。

「抜かったわ。あの子、勇太がコールするタイミングでカードの絵柄に微弱な幻惑魔法をかけて別の絵柄を見せていたのよ」

 ヘスティアさんは悔しそうに小声で僕に説明してくれた。

「ごめんなさい。私が居ながら気づくのにが遅れるなんて、油断していたわ」

「いや…僕のほうこそ、ごめんなさい」

「何故勇太が謝るの?」

「それは…その…」

「ほらほら、まだ勇太君の手番だぞ!」

 ジェンマさんは急かすように僕に声を掛けた。


「ちょっと!これは反則じゃないの!?」

 ヘスティアさんがジェンマさんに物申した。

「反則ー?何がどう反則なんだー?」

 聞こえているはずなのに、彼は耳に手を当て挑発してくる。

「とぼけないで!」

「そこまで言うなら証拠はあるのかー!?」

 ジェンマさんはわざとらしく声を張り上げる。

「あの男っ…!」

「ヘスティアさんストップ!物的証拠がないと反則は立証できないです」

「そんなことがまかり通るの!?…人間は不便ね」

 僕がじっと見て堪えるよう訴えるとヘスティアさんはため息をついて身を引いてくれる。

「うんうん、懸命な判断だ。賭け事とはいえ真剣勝負だ。あらぬ疑いをかけるのはよくない」

「…もう好き勝手にはさせないわよ」

 ヘスティアさんはエルフの少女を射貫くように注視した。


「あー面白くなってきた!勝負はこうじゃないとな」

  心底楽しそうに笑うジェンマさん。本当にゲームが好きなのだろう。

 ただ、彼の楽しみ方は特殊で反則も楽しみの一つなんだ。

 対戦相手の心理を支配し、ルールや審判の穴をつく。

 あらゆる手段を躊躇わず使い、勝つことに喜びを見出している。

 バレなければズルは許されると思ってゲームを楽しんでいる。

  禁じられた行為をしてまで勝つなんて。ゲームは守られた規則を遵守して勝つのが楽しいんだ。こんな勝ち方、僕は絶対に認めない。



  ヘスティアさんが幻惑魔法による妨害を阻止してくれたとはいえ、こちらが不利な状況なのに変わりはない。

 ゲームを進めていくがコールする度に口が上手く回らないとすら感じる。 

 僕が負けてしまったら、全てが無駄になる。そんな不安が思考を蝕んでいく。

  ジェンマさんは選択ミスすら自発的に行っていた。そんな人が勝ち筋を計算していない筈がない。

 僕が選択を間違え、相手に手番が移ればもう僕に手番が回ってくることはないだろう。そうなれば一度のミスが命取り。

  不安がどんどん大きく膨れ上がり恐怖に変わる。

 今はゲームに集中しなくちゃいけないのに。

 分かってはいるのに。次第に頭が上手く回らず、息も満足に吸えなくなる。


  あと少しなのに。獲得枚数が同数に並んだというのに心にゆとりが生まれない。

 場に残る14枚のカードが膨大な選択肢に思えてくる。

 ここでジョーカーを単体で引いてしまえばもう逆転は不可能と言っていい。

  僕は最初の配置の記憶から2回のシャッフルを経て、自分自身の記憶に疑念を拭えずにいる。幻惑魔法での妨害を加味して記憶整理も行ったが正しい保証なんてない。


「一度でもミスればお前の負けだなー」

  もう自分はミスをしないという宣言だろうか。

 そんなこと言われなくたって分かってる、手番を譲りはしない。

  追い打ちをかけるみたいに投げかけられた挑発が神経を逆撫でしてくる。

 僕にもあんな余裕が持てればどれだけいいだろうか。

  だけど僕はいつだっていっぱいいっぱいだ。

 自分の器量に見合わない行動をとっている自覚はある。

 だけど、憧れがある以上目指す為には恐れずに動くしかないじゃないか。 


 ―――カラン


  氷の立てた音でようやく誰かが近づいていたことに気づく。

 ウエイターの格好をした男性が僕の手元の台に冷たい飲み物が入ったグラスを置いていた。

 ゲームに没頭していた僕は飲み物を口にする余裕すらなかったのだけど、温くなった飲み物の替えをわざわざ持ってきてくれたのだろうか。

  顔を見上げるとそこには見知った人物が立っていて大きな声を上げそうになる。


「か――!?」

  風祭先輩は口元に人差し指を当てて僕に名を出さないよう合図したので慌てて口を閉じる。僕の肩にそっと手を置いた先輩は落ち着いた声音で僕に語り掛ける。

「深呼吸してみ」

  言われた通り目を閉じて大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

 すると自分が思っていた以上に身体が力んでいたことを自覚する。

  肩の力が抜けて視界が開けていく。

 あんなに膨大に思えた場のカードが大きな画面に少しだけ残るカードにしか見えなかった。場が変わったわけではないのに感覚の差がすごくて思わず瞬きしてしまう。

「よし。大丈夫、古屋なら勝てるさ」

  そう言い残して風祭先輩は去って行く。

 どうしてこんな所に居るのか、何で働いているのか、とか気になることは沢山あるけど、今はゲームに集中だ。もう僕にミスが許されていない状況は変わらない。


  意識を集中させる前にふと上を見れば、天上の窓ガラスには満天の星空が広がっていた。すっかり日は暮れていて時間の経過に気づかされる。

 時間制限のないゲームとはいえ、随分と時間が経ってしまったようだ。

 そんなことにも気づけないなんて、僕は本当に余裕がなかったんだな。

  だけど、もう大丈夫。記憶された風景が僕を勝利に導いてくれる。

 難しいことはない、自分の記憶を信じるだけだ。



「おいおい、マジかよ…」

  迷わずに次々とコールしていく、記憶違いは1枚もない。

 ジェンマさんの言葉にも乱されない。自分のペースは崩さない。

 全てのコールをテンポ良くこなしていく。

  とうとう場に残ったのは4枚のカード。

 これが最後だ。あえて残したあのカードをコールする。

「コール。F2、I1!」

  僕の掛け声と同時に指定された位置のカードが捲られる。

 2枚ともにジョーカーだ、しかし場に残るのは2枚。シャッフルされようと関係ない。残りの2枚もペアであることは明白な為、スコア画面の僕の獲得枚数に4枚が足されゲームが終了となった。


『ゲームエンド』

  結果はジェンマさんが46枚、僕が60枚。

 派手なファンファーレ音が僕の勝利を祝福した。

「ふうー…」

  僕は素直に喜ぶ以前に無事勝てたことへの安堵が勝り、大きく息を吐くと共に全身の力が抜けていった。

 そんな僕の姿に心配しながらも勝負を見守ってくれていたヘスティアさん、フェイ君、北里さんは労い喜んでくれた。

  拍手をしながら歩み寄ってきたジェンマさんは負けても笑顔だ。

 大金を賭けていたのだから怒りをぶつけられたらどうしようかとも思ったけど、その心配はなさそうだ。


「いやー負けたよ。あんたもイカサマ使ってたんじゃないか?」

「それはない。この人から魔力マナを感じない。場を影響させる魔力マナも感じなかった。隣の人も私に痛い事した1回以外何もしてこなかった。二人とも真面目。ジェンマと大違い」

  ずっとジェンマさんの近く居たエルフの少女が淡々と否定する。

 これだけハッキリとジェンマさんへ発言できるなら僕が不安に思った関係性ではなさそうだ。

「あーそうかい。純粋に実力負けか、悔しいな」

「ギリギリを演出して相手のプレッシャーを煽って勝ちたいというジェンマの悪い趣味。嫌な思いをさせてごめんなさい」

「いえ…その、次回からは控えてもらえれば」

 勝負の妨害をしたとはいえ小柄な少女に素直に謝られると強く物言いできない。

「そうそう、勝ったからいいよな」

  対してジェンマさんは依然ヘラヘラと笑っていて反省の色がまるで見られない。

 自身が負けたことに腹を立ててもいないようだから、勝ちに拘るというよりは勝負の時間を楽しんでいる面が強いのだろう。

 けれど、反則行為を躊躇わず行うのはやはり良くない。考えを改めてもらいたいものだ。

「そんじゃ、またあとでな!」

  反則が追及されないうちにか、早々とジェンマさんと少女は居なくなってしまった。根っからの悪人には見えなかったけれど、何だか不思議な二人組だった。



「こちらが今回の獲得金になります。現物でお渡し致しましょうか?バンクへお振込み致しましょうか?」

  ディーラーが僕らが賭けたお金とジェンマさんが賭けたお金の合計金額をまとめて提示する。見たこともない大金に眩暈がしそうになった。

 本当に僕らが手にしていいのか躊躇いそうになる。

「振り込みでお願いします」

「かしこまりました」

  こんな大金、とてもじゃないが持ち歩けない。

 ディーラーは手際よく僕の携帯端末に接続し振り込みの手続きを行う。あっという間に僕の電子財布には4億近い金額が表示される。

  庶民の僕からすればこんな額、持っているだけで不安になってしまう。

 早いとこマダムに渡してしまいたい。


  勝負専用エリアから出ると、風祭先輩ともう一人赤毛の男性が僕らを待っていた。

「よ、お疲れ様」  

「先程はありがとうございました。先輩のおかげで勝てました」

  風祭先輩が僕に話しかけてくれたタイミングは絶妙で、心の落ち着かせ方も上手だった。

 先輩が来てくれなかったら僕は負けていただろう。僕の精神状態はそれくらい不安定になっていた。感謝しかないので深々と頭を下げる。

「お礼を言われることじゃないって、それに勝ったのは古屋の実力だろ」

 気を使われているのは分かるのに、有名な先輩に褒められるのは嬉しい。

「驚いたよ、飛山から聞かされた時は半信半疑だったんだけど、本当に記憶力がすごいんだな。実際に目の当たりにして信じるしかなかったよ。よくあの短時間で記憶の整理が追いつくな」

「いえ、そんな…」

「大切なお話があるんですよね。変装してまで私達に会いにいらしてるんですから」

  浮かれている僕に咳払いをして北里さんが話に入り込む。

 そうだ、わざわざウエイターに扮して僕らに接触するくらいなのだから重要な用件があるに違いない。慌てて気を引き締める。

 風祭先輩は頷くとVIPルームの外を指した。

「場所移動しようか」

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