娯楽と欲望の国ー12

  VIPルームを後にし、人目を避けるようにカジノのエントランス脇にある休憩スペースの隅へと移動した。

 それぞれ席に着くと、風祭先輩は真剣な顔つきで口を開いた。


「落ち着いて聞けよ。お前達がカジノに入っている間にルイフォーリアムが有翼人から強襲を受けた」


  風祭先輩から語られた事実を正確に理解するのを拒みたくなった。

 たった一人、海を操る有翼人に襲撃され皆で力を合わせ辛くも退けたが、天沢さんは有翼人に連れ去られ、彼女の母親、天沢旭さんは戦いの中で命を落としてしまった。

  さらには有翼人の強力な魔法による影響でカルツソッドの大陸は崩壊し、跡形もなく沈んだ。こんな現実味の無い、まるで神話みたいな出来事がたった数時間前に起きたなど、実感も湧かなければ、想像すら上手くいかない。

  信じ難かったが、これは神話でも作り話でもない。

 険しい二人の表情を見れば全部現実に起きた事だと受け入れるしかなかった。


  この場に居る誰よりもヘスティアさんはショックを受けていた。

 容姿の特徴や扱った魔法を聞いた彼女はすぐにルイフォーリアムを襲ったのはポセイドンという名の兄で、夜空に変え天沢さんを連れ去ったのはニュクスという名の姉に違いないと断言した。

 有翼人の兄妹は皆外見が特徴的で、それぞれ得意とする属性魔法もあり、すぐに判別ができるそうだ。


「ポセイドン兄様は気性の荒い人よ。だけど…地上に直接手を下すなんてお父様の許可がなければできない行為は決してしないはず。でもアルセアの処刑場を襲った津波もポセイドン兄様の仕業の可能性が高い…それに今度はルイフォーリアムまで…私達兄妹は独断での行動は禁じられている…なのにどうして…」

「そんなに皆守ってるものなのか、お父様の言いつけってのは」

「ええ。私達兄妹はお父様のご意思が絶対なの。不満に感じることはあったかもしれないけど、存命している兄妹で破った者は私以外いない…はずだったのだけど」

「…反抗期のない子供達、か。お父様ってのはさぞ子供達を可愛がってるんだろうな」

 皮肉めいた言い方をした風祭先輩だが、どこか寂しそうな表情をした。


「そうね…でも反抗した子供達も居た。それが祠に魔力マナの源を遺してくれている有翼人達だわ」

「自分の意思に従わない子は追放して絶縁か」

「そんな悲しい扱いをつい最近までの私は当たり前だと思っていたのだから…恐ろしいわね」

  家族の在り方なんて家庭によって異なる。何が正解だなんて決めつけはできない。それでも誰もが"幸せな家族"と思い描く家族像はあるだろう。

  制限を強いられている楽園に住まう有翼人はとても悲しく思える。

 けれど比較対象のない楽園では何もかもが差を図れない。違いを知らないから良し悪しなど分からない。

 僕らは違いや差を知ってしまうことで苦しむこともあるけれど。

 知らないから分からないというのも恐ろしいことだ。


「アルセアの処刑場での一件、それにルイフォーリアムの襲撃と短期間に有翼人からの攻撃は続きました。となると"制裁の日"までに有翼人の方々が攻撃してこないという可能性は低いと言わざるを得ないですね…」

  北里さんはヘスティアさんの顔色を窺いながら言いにくそうに現実を述べた。

 "制裁の日"まで有翼人は地上に危害を加えない。

 ヘスティアさん達の父であり創造神が世界の終わりをそう定めたからである。それが最初の推測だった。

  けれど、こうして近い間隔で地上を脅かしに有翼人は降りてくる。

 世界の終わりとまではいかなくとも、僕らからすれば世界の崩壊は既に始まっているのと同じだ。


「身勝手な子供の行動を咎めるお父様は眠りについている時間がとても長い。眠られている間は長兄であるウラノス兄様のご意見が下の私達にとって優先度が高いわ。けれど…天上と地上の中立を保とうとするウラノス兄様に地上人への嫌悪感が強い二人、ポセイドン兄様とニュクス姉様は不満を募らせていたわ…もうウラノス兄様にも弟妹達を制御しきれていないのかもしれない…警戒を強めないといけないわね」

  頭を抱えてヘスティアさんは答えた。

 地上へ降り立ったことでの急激な環境変化に敬っている家族からは敵対視され、さらには世界という大きな生命を守り切る大役。彼女の心労は計り知れないものだろう。

 それでも取り乱さず、常に前を向こうとするヘスティアさんは立派だ。


「お父様の言いつけで私達は地上への直接的な介入を禁じられているわ。自らの住処である楽園から離れ地上へ降り立つなどお父様への反逆行為と同じ。だからこそ"制裁の日"までは手出しをしてこないと予想していたのだけど…変わり始めている、私達兄妹も。考えを改めるわ」

  今頃世界中の国々で有翼人への対抗策を論じているだろう。

 願わくば、有翼人を敵と見なさないでほしい。

  これだけ驚異的な力を振り翳されては難しい話だとは思う。

 でも、僕達は種族の垣根を越えて手を取り合って共に生きる道を探しているから。

 僕らは分かり合える筈だ、争う必要なんてない。

 だからどうか、悪意ばかりで彼らを決めつけないでもらいたい。


「ヘスティアさん。立て続けで申し訳ないんだけど、一度悠真に力を貸してほしい」

「悠真に?」

「調停者であるあなたには祠探しに尽力してもらいたいところだけど、今各国のお偉いさん達からの有翼人に対する心象は良くない。このままだと安全を優先する守りよりも、有翼人という脅威を排除しようという動きに傾いてしまう。悠真が各国に結ばせた防衛同盟の統制が危うくなる。同盟に加盟した国々の協力体制を強固にする為にも一度あなたの力をお借りしたいそうだ」

「…分かったわ。悠真に合流すればいいのね」

  有翼人達と地上人達の全面戦争。避けたいと願っていた事態がいつ起きても不思議ではないところまできている。

 地上が空へ明確な敵意を示せば、もう引き返せないだろう。少しの差で埋めようのない軋轢を生んでしまう。


「ここまでが俺が頼まれたお前達への言伝だ。俺もたった数時間前にお前らの状況と情報を叩き込まれてまだ馴染めてないけど。これからは俺達も協力するからさ、よろしく頼むよ」

  風祭先輩は身体を伸ばし、一呼吸つくといつもの人当たりの良い笑顔を浮かべた。

 そういえば風祭先輩は元々鳥羽会長が組織する集団にも属していなかった。

 本来はアルセア国に留まっていただろうに。

 今やアルセア国からすれば反逆一味とも呼べる僕らの味方になってくれた理由は分からないが、頼りになる先輩が協力してくれるなら心強い。



  ヘスティアさんはすぐに鳥羽会長の元へと向かうべく僕らと別れた。

 風祭先輩と共にやって来たレツさんが僕らに同行してくれる事となった。

  驚いたことにレツさんは元カルツソッド軍人だが、今は風祭先輩と行動を共にしていて、僕らにも手を貸してくれるそうだ。

 さらに驚くべきは僕よりも身長が少し低く少年のような顔つきながらも僕らよりも年上だそうだ。背の高い風祭先輩と並ぶと体格差が際立ち、てっきりフェイ君と同い年位かと思ったくらいだ。やっぱり見た目で人を判断してはいけない。


  僕ら五人は目標額を手にしたので再びマダムに会うべくカジノの奥へと向かう。

「世界を震撼させるような事件が起きたというのに、私達どころかカジノに居る誰もが騒ぎ立てませんでした。何故でしょうか」

  今もカジノの遊戯を楽しむお客達を眺めて北里さんが首を傾げた。

 カジノのお客が減った様子もなく、彼らは外の出来事など知らないかのように相変わらず楽しそうだ。

  有翼人によるルイフォーリアム国への襲撃、海の激動によりカルツソッド大陸の崩壊。こんな世界を揺るがす事態が起きていたというのにパルメキアは至って変化がなかった上に、誰も気がつかなかった。

 異常だ、他国の問題とはいえ避難や警戒体勢になるのが普通だというのに。


「パルメキアは観光客を楽しませることに徹底して動いている。客にあらぬ不安を与えないよう国内の情報管理が徹底してるんだよ」

「ですがヘスティアさんですら有翼人の扱う強力な魔法に気づけないないなんて」

  有翼人であるヘスティアさんは魔力マナの感知もエルフより優れている。

 地形変動を起こすほどの強力な魔法が使われていて、それを感じられないのは不自然だ。

「海を操った有翼人、ポセイドンの魔法は凄まじかった。どの国でも大規模な地震が起きた。けど、パルメキアだけが微動だにしていない。まるで海の流れに逆らうかのように動いていなかったそうだ」

「どういうことだ?」

  風祭先輩の説明にフェイ君が眉を顰めた。

 先輩以外の全員が説明の真意を理解できてはいなかった。

「この大陸には外からの魔法の類を一切受けつけない強固な守りが施されている。ということになるな。恐らく外部からの魔力マナは全て遮断されている。そのせいでヘスティアさんも強大な魔力マナすら感知ができなかった」

「そんなこと…可能でしょうか?」

「さあな、俺も魔法のことはよく分からない。けど、そうでもなきゃこの不自然な状況を納得できないだろ」


  そんな優れた技術の設備があるのか、はたまた優秀な魔法使いを大勢抱えているのか。まだまだパルメキアには謎が多い。

「守りに絶対の自信があるんだろうな。今回の件くらいでは国に被害が及ばないと断言できるほどに、だから避難勧告なんかも出さなかった。非戦協定も加盟していない国、小国だろうと財源も防衛力も不安無しか」

「有翼人の魔法にもビクともしないって…そんな守りがあるなら制裁の日もパルメキアに集まれば乗り越えられるんじゃ」

  思わず口にしてしまったが、それでは駄目だ。

 もし仮に有翼人のどんな魔法をも耐え凌げたとして、この小国に世界中の人が留まるなんてまず無理だ。

 例え集まり生き延びても、狭い大陸で全員が暮らすのは限界がある。

  一時凌ぎでは意味がない。僕らは一時の生存ではなく生き続ける為の未来を手にしたいのだから。

 どうせなら強力な魔法から守る術を知りたいとか言えば良かったのに。僕は自分の発言が恥ずかしかった。


「大陸自体が救済の箱舟か。小さな世界で俺達は手を取り合えるかな」

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