娯楽と欲望の国ー9
ヘスティアさんにコロシアムの試合を切り上げてもらい、僕らはVIPルームへと向かった。VIPルームはカジノの最上階にあり、エレベータの端末に金のカードを翳して初めて到達できる階層だ。
エレベータを降りると見張りと思しきボーイさんが二人立っていて、カードの提示を要求される。僕は恐る恐るカードを見せると二人は笑顔で大きな扉を開き、僕らを奥へと通してくれる。
進んだ先は薄暗い中を鮮やかな照明が舞っていた下の階とは真逆で室内は様々な光に満ちていた。
煌びやかな調度品の数々に、光よりも明るい金で作られたシャンデリア、天井に着きそうな程大きな噴水。壁には立派な絵画や芸術品が並び、通路にはふかふかで上等な絨毯が敷かれている。天井の中央には巨大な円状のガラス張りの窓から青空が覗いていた。
日が傾き始めた時間ではあるが太陽の光が差し込み自分が何処に来たのか分からなくなりそうだ。ルームと呼ぶには広く、異国に迷い込んでしまった気分だ。
一見豪華なお屋敷の中庭かと思える空間に馴染むよう芸術的な外見をした遊戯台はいくつもあった。
賭け事をする為だけの場というよりは話し込んだり、酒を嗜んでいる人も大勢居た。しかし、よく見れば自身が遊んで賭けるのではなく、遊んでいる人の勝敗を賭けの対象にしているようだった。間違いなく、ここに居る客は全員が賭け事を楽しんでいるようだ。
「やあ」
異様な光景に圧倒されていると男性に話しかけられる。
民族調のある布地の服に頭から足首まで貴金属のアクセサリーを身に着けている。
とにかく装飾品が多く、動く度に音が立つ。いかにもなお金持ちのようだ。
まるで従者のように彼の一歩後ろに少女が立っていた。
少女は特徴的な縦長の耳に翠色の瞳。エルフの少女を連れて歩く富豪か。
二人の関係性は分からないが、彼女が不当な扱いを受けていないか少し不安を覚えた。
「俺とひと勝負しないか」
「ごめんなさい、僕達ちょっと忙しくて」
残念だがこちらは遊ぶ為にここを訪れた訳ではない。
楽しむ時間はないのですぐに断る。
「まあちょっと待てって。君らさ、金が欲しいんだろ?簡単に大金が稼げるゲームに誘ってるんだ。どう?気になるだろ?」
簡単に稼げる。その言葉ほど怪しいものはない。絶対に詐欺だ。
もう目の前の男性は僕の中で信用してはいけない人に分類されてしまう。
「へえ、どんなゲームだ?」
ところがフェイ君は興味を持ってしまったようで男に質問してしまう。
「話聞いちゃ駄目だよ」
僕はすぐにフェイ君の腕を引いて耳打ちする。
北里さんも怪しんだようで、目配せで僕らはその場を離れようとする。
「待て待て!今日中に3億必要なんだろ?」
「…どうしてそれを?」
僕らの歩き出した足が一斉に止まる。
3億を稼いでいる話は仲間内にしか話していない。僕達がお金を欲しているのはカジノに入り浸っている様子を見れば予想できる範囲だが、明確な目標額に期限まで言い当てるなんておかしい。僕らの情報を把握していないければ出てこない言葉だ。
「俺の話、聞く気になってくれた?」
三億の話を知っているという事は他にも僕らの情報を手にしている可能性が高い。このまま放置するのも気が引ける。仕方なく男に向き直ると彼はへらへらと笑った。
「そう構えなさんな。俺は純粋にゲームを楽しみたいんだよ」
「何故僕らが3億を集めていることを知っているんですか?」
相手のペースに持ち込まれまいと気になる点だけ問い質していこうとする。
「壁に耳あり障子に目あり。パルメキアは情報売買が盛んだ。面白そうなネタは全部金になる」
微妙に答えになっていないが、僕らの事情を聞いていた誰かから僕らの情報を買った。ということだろう。
「あなたが僕らと遊ぶ狙いは?」
「狙いなんて大層なもんないって。俺は相手に全額賭けてもらって遊ぶのが好きなんだ。その方が遊ぶ側の本気度が違う。君らならその勝負乗ってくれると思ってさ」
答える男は勝負している時の高揚感を思い出しているのか常に楽しそうである。
他にも僕らを標的にする理由がありそうな気もするが、彼が変わり者なことは間違いなさそうだ。
「君らの今の全額は約1億と見た。そちらが全額賭けるなら俺は2億賭ける。俺と勝負して勝てば無事3億の金が手に出来る。どうだ、悪い話じゃないだろ?」
聞こえはいいが、僕らは全額を賭けるわけだから負ければゼロになるということだ。大博打にもほどがある。
「できません、そんな運試し」
カジノのゲームと言えば運任せなものが多い。その勝負で勝つのは簡単ではない。
「そんなこともないぜ。ゲームはルーレットやトランプだけじゃない。腕に自信があるならチェスやビリヤードでもいい。このVIPルームにあるゲームならどれでも構わない」
空間の外周をなぞるように設置されたビリヤードやダーツ。多く配置されているテーブルではトランプやチェスに興じる者達も居た。
機械化された派手な遊戯台が大半なのにも関わらず、意外とクラシックな遊びも流行っているようだ。
かといってその手のゲームが得意な人物は僕らの中に居るだろうか。
ちらりと三人を見ると、皆も同じように互いの様子を窺っている。これは…居なさそうだ。
同じ学園内ならば鷹取君はダーツが上手くて、鳥羽会長はチェスが強いと聞いたことはある。いつだか皆でトランプをした時は南条さんがとても強かった記憶がある。ババ抜きは単純なゲームながら皆の性格が出て面白かった。
この場には居ない人の顔ばかり浮かんでしまう。…いや、待てよ。あるかもしれない、僕でも勝てるゲーム。
「…あの、トランプを使ったゲームならどれでもいいんですか?」
「ああ、いいぜ。けど、サシで勝負できるゲームで頼むな」
「神経衰弱はどうですか?」
唯一、僕が人生で一度も負けたことのないゲームだ。身内でしか遊んだことはないが、僕の記憶力は異常だとアルフィード学園に来て気づかされた。
どうしてそれまで僕は自分の記憶力の特質さに気が付かなかったのか。
それを自分なりに分析してみたところ、どうやら僕の異常な記憶力は瞬間的な暗記のようなものだからだ。
一目で記憶できる量が多い。繰り返し読み込む必要がなく、集中すれば短時間に本一冊まるごとは可能だった。
寮の同室である笠原君の協力の下、試しに小説の暗唱をしてみたら躓くことなく全て言えた。「一字一句合ってる。抑揚がないから演技は向かないかもね」と1時間を超える暗唱を小説本と照らし合わせながら聞いてくれた感想がそれだった。
僕だって「演じたつもりはないのだから演技力まで問われるのは心外だ」と反論したかったが、論点がズレるので言わなかった。
もしかしたらこの特技は勉強には役立っていたのかもしれない。
けれど確かな記憶として蓄積できる量は人並より少し多い位で、憶えていられる期間は普通の人と大差ない。だから幼い頃の記憶なんかは曖昧だ。
万能というわけでもない。でも、この記憶力があれば神経衰弱なら勝てるかもしれない。
こちらから提案してしまえば勝負を受けるも同然だ。
恐る恐る口にすると、男はニヤリと笑った。
しまった、相手の得意ゲームだっただろうか。
「いいぜ。しようか、神経衰弱」
大金を賭けるゲームなので公正の為にきちんと仲介人を用意しようと、勝負を請け負ってくれるVIPルーム専門のディーラーに依頼し、神経衰弱を勝負することになった。
勝負は既に予約が入っている前試合3回の後、目立つ遊戯場所を指定されてしまった。どうやら客同士の勝負専用のエリアのようで、見世物のように入れ替わり様々なゲームで戦っている。
専門のディーラーとやらはそこを取り仕切っている人で、おかげで見知らぬ人同士が気軽に大金を賭けて勝負事を遊んでいるようだ。
庶民の僕には気軽に大金を賭けて遊ぶ感覚は到底理解できないが。
「勇太大丈夫か?」
あれだけ慎重に行動しなくては駄目だと肝に銘じていた筈なのに。
独断で勝負を受けてしまった。フェイ君にまで心配されてしまう。
「なるほど、神経衰弱とは考えましたね」
僕の記憶力について知っている北里さんは納得してくれたみたいだったけど、僕は信頼に応えられる自信が揺らぎ始めている。
僕の腕に大金が掛かっているのかと思うと途端に震え出しそうだ。
「勇太が自分から提案するということは自信があるゲームなのね」
ヘスティアさんの手放しの信頼が今は重い。
やっぱり無理です。と断るなら今が最後のチャンスかもしれない。
でも、皆の視線を見てしまうと、もう後には引けない。
「神経衰弱なら…大丈夫」
自分に言い聞かせるように皆に答える。
勝つしかない。自分で自分の首を絞めるなんて滑稽だ。
けれど、今まで僕は大して役に立てていない。きっとここが頑張り所だ。
そう信じ、勝負に挑むしかない。
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