娯楽と欲望の国ー8


  『鴉』との一件から一夜が明けた。

 無事ヘスティアさんを救い出した後、『鴉』のメンバーをパルメキアの自警団へ引き渡した。

 ヘスティアさんの誘拐を抜きにしてもエルフを売人に売り払った前科が複数ある。

 パルメキアで他にも悪事を行っていた彼らはパルメキア内でも指名手配となっていて逮捕される形となった。

 どんな処罰になるかは分からないが、公正な裁きが下る事を祈るばかりだ。


  最初の奪還作戦では闇オークション側へ『鴉』がヘスティアさんを引き渡す場に僕らが闇オークション側に成りすまして介入し、ヘスティアさんを救い出すものだった。

  ところが北里さんが合流してから一晩明けた頃に問題が発生。

 彼らの交渉が破断したという情報が東雲さんから舞い込んでくる。

 これでは北里さんと東雲さんが二人で考えてくれた作戦は実行できない。

  僕とフェイ君は慌てたものだが、対して北里さんは少し考え込み「これはチャンスです」と言った。そして新たに改良を重ねた作戦が昨晩実行に移したものだった。

  架空の取引相手を捏ち上げるほうが成りすますよりボロがでない。ハッタリも使い放題だと言う。

 僕もフェイ君も嘘が得意ではない。当初は少し不安だったが、北里さんが「交渉の場にさえ引き摺り出せれば必ず取り戻してみせる」と断言した。

 真面目な彼女は責任の取れない発言は滅多にしない。そんな彼女が言い切った。


  僕らは北里さんの指示を忠実に守った。

 交渉の場では絶対に喋らない。合図でのみ動く。この二点だ。

 北里さんは見事一人で場を動かし、自らの優位を確立して『鴉』の行動に制限をかけた。

 彼女の仕掛けるハッタリの多さにいつ嘘が見抜かれるかと僕は『鴉』以上に冷や冷やしていたかもしれない。


  架空の取引相手を捏ち上げ『鴉』と交渉まで取り付けてくれたのは東雲さんだ。

 交渉破談の情報をもらってその場で案を思いついた北里さんが東雲さんに依頼した。

『鈴音もなかなか人使いが荒くなったわね』

「理央さんならお上手でしょう?嘘をつくのは」

『…アンタ根に持ってるわね?私がレジスタンスに入ってるの隠してたこと』

「麻子様も愛美さんも…とても心配されていましたよ。戦争が起きているのに友達の安否が分からないというのは…ずっと忘れません。あんなに不安になったのは初めてです」

  第二次世界大戦時、鳥羽会長率いるレジスタンスに所属していた生徒はこぞって音信不通となった。彼らは軍の緊急招集が掛かる直前には動き出したそうだ。

 東雲さんもその一人。彼女は友人を含めた誰一人にも自分の所在を伝えていなかった。


  戦争時にレジスタンスのとった行動は立派な軍の命令違反だ。

 実際に行った行為が人助けとはいえ、軍の緊急招集を無視して独断で行動したのだから違反は違反。

  東雲さんなりに誰にも迷惑を掛けたくなかったのだろう。

 それでも行方の分からなかった天沢さんと東雲さんの居場所を突き止め、同じ違反を犯してまで北里さんと南条さんは二人の手助けを優先した。

  友達の為とはいえ、すごい決断力と行動力だ。

 あの頃の僕なら例え二人の居場所を知れたとしても迷って動き出せなかっただろう。


『…悪かったわよ。けど、結局二人は自分からレジスタンスに首突っ込んできたじゃない』

「麻子様がご自身の人脈を最大限に活用して皆さんの居場所を調べ上げましたから」

『二人は名家の娘なんだから、もう少し自分を大切にしなよ』

「友達を助けるのに身分なんて関係ありません。私達は理央さんにも自分を大切にしてほしいのですよ」

 東雲さんはひとつ息をつく。

『まだ話せてない愛美にはどれだけ謝ればいいのやら』

「全て終わったら沢山謝りましょう。もちろん、千沙さんも一緒の四人でです」

  北里さんはこんなに柔らかく笑える人だっただろうか。

 初めて会った任務初日の時に比べれば別人のようだ。

 いつも硬い表情で、相手に心を開いていない気難しい印象だったのに。

 きっとそんな彼女を変えたのも"友達"なんだ。

『……分かった』

「では、お願いしますね。『鴉』との交渉取り付け」

『上等よ。半日で『鴉』とコンタクトとって有翼人寄越せって商談取り付けてやる』

  疲れのせいか言葉遣いは悪かったが怒ってはいなさそうであった。

 通話越しだが東雲さんのニヤリと笑う顔が想像できる物言いだったからだ。

 かなりの無茶を押し付けられているというのに、東雲さんは挑発されると燃えるタイプみたいだ。

  そして北里さんも強気な笑みを浮かべていた。

 友達としての付き合いから東雲さんがどのような人物なのか把握していたのだろう。本当、僕の身近に居る女性はどこまでも逞しい。


  この二人の活躍があってこそ、今回無事にヘスティアさんを助け出せた。

 つくづく秀でた才能がある人は頼もしい。僕は飛び抜けている才能なんて何もないから。

 分かり切っている事とはいえ、やはり羨ましいと思う感情はなくならない。



  それから、北里さんはこのまま僕らと行動を共にすることになった。

 今回のような事件がまた起こるとも限らない。北里さんはヘスティアさんの警護をしてくれるという。心強い護衛に一安心だ。 

  すっかりロスしてしまったが、祠の情報を手にする為にお金を目標額まで貯めなくてはならない。

 今日は9月1日。マダムに指定された三億を用意するタイムリミット最終日だ。

  僕らの手持ち額は一億と初日から変われていない。

 もう形振り構っていられない。総員でコロシアムに出場するか、手持ち額を全額賭ける位の大博打に出るか。地道な稼ぎでは間に合わない。

  手段を悩む傍ら、自分のせいだと責任を感じているヘスティアさんはコロシアムで戦い続けている。あんな危険な目に遭ったのだから目立つ行為は避けた方が良いと思ったのだが、覚悟の上だと言われてしまえばコロシアムは彼女に頼りきりな現状で申し出を断ることもできなかった。

  幸い、彼女の驚異的な力のおかげで未だに負け知らず。

 お金は着実に増え続けてはいるが、このペースでは今日中に目標額へは届かない。

 やはり期限ギリギリまで稼いで、最後に全額賭けてルーレットあたりで稼ぐしか道はないか。大事なものほど運に任せるというのは抵抗がある。

 

「また眉間に皺寄せて。怖い顔してるわね」

「うわっ」

  作り物のウサギの耳を着けた女性がいつの間にか僕の顔を覘き込んでいた。

 彼女はマダムとの取次ぎの時に会った人だ。

 仕事柄なのか、女性の性格がそうなのかは分からないが、気さくに手を振り距離感が近い。

「頑張ってる君達に招待状よ」

  そう言って金に輝く小さなカードを見せてくる。

 とても書状には見えない異様なカードの意味が分からず凝視してしまう。

 カードには"VIP"の文字が見えた。

「VIPルームへの入場資格を得たからプレゼントよ。通常の遊戯場と比べて最低レートは数十倍跳ね上がるから気を付けて遊んでね」

「どうして、僕らを助けるような事をしてくれるんですか?」

  手渡された金のカードよりも彼女の行動の真意が気になり、探るように表情を見てしまう。

 コロシアムの助言をくれたのもこの人だ。マダム直属の部下だろうに、まるで僕らに稼がせようとしてくれるみたいだ。

 助けることに得があるのか。それとも頼まれているのか。


「さあ、どうしてでしょうね?」

  女性は僕の頬を指でゆっくり撫でながら愉快そうに微笑む。

 綺麗に笑うことの出来る人の殆どは本音を隠すのが上手い人だ、警戒を解けない。

 そんな僕の態度が可笑しかったのか「君って本当、今時珍しい真面目なボウヤね」と笑われる。

  僕としては毅然に振る舞っているつもりなのだけど。

 子供扱いされているのが悔しいが、年下のは事実だろうし仕方ないか。

「ただ誤解しないでもらいたいのは私達にとって君達は敵でも味方でもないということかしらね。大切なお客様よ」

  女性は香しい香りを残して僕からすっと離れる。

「夢を掴むのも破滅に落ちるのも君達次第。いっぱい遊んできてね」


  釘付けになるような笑顔を浮かべると客である周囲の男性達の視線を奪いつつ女性は去って行った。

 外見も美しい人だとは思うが、それ以外にも歩き方や香り、視線の動かし方までも人を惹き付ける。全てが計算されたように出来ている。

 長年の習慣で身につき自然と溢れ出るのか、それとも常に細心の注意を払っているのか。どちらにしても仕事熱心な人だ。

 そういった雰囲気や技術を総合しているからこそ大衆の男を虜にするのだろう。

  けれど、どうにも僕には彼女が異質に見えて魅力よりも違和感を感じてしまう。

 日常にはない特殊な恰好や見慣れない仕草をする彼女は同じ次元に居ながら別世界を生きる人みたいだ。

 その非日常感こそが客が求めるパルメキアなのだろうけど。


  パルメキアの従業員は誰もが愉快な世界観を共有し、客を楽しませようと振る舞ってくれる。客もそれを期待し、提供される歓びをただ受け入れていく。

  だけど、それは作られた壁を隔てての交流だ。

 言葉が交わせるのに本当の意味で心は通っていない。

 それを気にせず楽しむのが普通なのだろうけど。

 埋まることのない作られた距離感が僕には少し寂しく思えた。

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