娯楽と欲望の国ー3
ここパルメキアの賭博場は世界で最も巨大だ。
息抜き感覚に遊ぶ者も居れば、人生の一発逆転を狙って臨む者も居る。
さらには賭けで生計を立てるような、いわゆるプロの
賭博において僕ら三人の初心者がいきなり彼らと競おうなど勝ち目が薄い。
まずはスロットやルーレットで黙々と軍資金を増やそうと思っていた。
ところが僕らの素性を知っているであろうバニーの女性に勧められたのは地下だった。カジノ内を把握しきってから稼ぎ始めるのも間違いではない。
勧められるがまま地下へと訪れると、そこは1階と違い熱気に溢れ返っていた。
空間いっぱいに飛び交う歓声や怒号。中央のリングからは金属が衝突する音。
天井から伸びる巨大モニターには戦う者の雄姿が映っている。
やがて戦いに決着が着き、画面上は勝者が大きく映し出される。
そして同一の画面内には巨額を示す数字が行き交う。賭けた人達への配当金に勝者への報酬額。まさか戦闘を賭け事にしているのか。
画面は切り替わり、多くの名前が記された対戦表が映る。
名前の横には勝利した場合の配当金が映っていて常に数字は動いている。
今もどこかで誰かがお金を賭けているのだろう。
なるほど、駆け引きが苦手なら戦って稼げ。ということか。
少ない掛け金でスロットやポーカーで地道に稼ぐよりも、一気に稼ぎ出せる手段ではある。戦えればの話だけど。
先程の試合を見る限り、一対一で腕に自信がある者が試合に臨んでいる様子だ。
軍人として戦闘訓練を受けている程度では歯が立たない。
鍛え抜かれ、戦闘経験のある者でなければ太刀打ちできないだろう。
大きなモニター画面の下には受付と思わしきカウンターがある。
モニターをじっと眺めて大まかな仕組みを理解したのかフェイ君はカウンターへ一直線だ。僕は慌ててフェイ君の腕を掴む。
「待って!まさかだけど、フェイ君自分で戦う気じゃないよね!?」
「まさかも何も。戦って勝つ。それでお金がもらえるならこんなに簡単な話ないだろ」
「駄目だよ!」
「どうしてだ。勝った奴も金を貰えてる。だったら俺が勝って稼ぐ、それで勇太は俺に賭ければさらに儲けられる。これ以上近道はないだろ?」
画面内を目まぐるしく動くお金の額には勿論惹かれたが、僕は敗者の姿がどうしても引っかかった。
試合の決着が着いた途端、画面は一切敗者を映さない。
肉眼でリング内を確認すれば、敗者の姿は大怪我を負い血を流している瀕死状態だ。自分で歩くこともままならず、担架で運び出されている。
仮想実体で戦うデジタルフロンティアとは違う。これは生身での戦いだ。
それも勝敗のつき方が相手を瀕死まで追い込む事だと思われる。
敗者の重体を見る限り、下手すれば命だって…そんな危険が伴う試合に神器の使い手であるフェイ君を出す訳にはいかない。
神器は選ばれた人にしか扱えない。
強力な
賭け事で神器の使い手に大怪我を負わせたなんてあってはならない。
「フェイ君。君は今とても大切な役目を担っているんだ!自分の立場を理解して、もう少し冷静になろう」
「…けど、多少の危険は覚悟しないと3億なんて間に合わない」
年下とはいえ彼だって何も考えずに発言しているわけじゃない。
僕が思っていたよりもフェイ君はずっと様々な事を考えている人だと竜の谷で知った。
たしかに冷静に考えたって勝てさえすれば、所持金の少ない僕らにとって目の前の賭け試合が最も3億への近道になる。
そして戦うならば三人で勝率が一番高いのはフェイ君だ。
直感だけではなく彼なりに考えた上での行動だったのだろう、フェイ君の目は力強い。
だけど、大金を得る代償が命の危険性だと思うと僕はすんなり受け入れ難い。
「ひとまず、この賭け事のルールを把握するのはどう?確認してからだって遅くはないわ」
ヘスティアさんの提案で僕らは三人でカウンターへと向かい受付の人から賭け試合"コロシアム"の説明を受ける。
"コロシアム"の勝敗決着基準はいくつかあった。
・審判に戦闘不能の判断を下された時。
・対戦中に場外へ出た時。
・対戦時間に現れなかった時。
僕が不安視していた瀕死での決着は勝利の絶対条件ではなかった。
けれど、同じような事態がないとは言い切れない。
戦闘不能状態になれば審判が試合を止めてはくれるが、一度出場すると対戦上での命の保証まではしてくれない。
対戦で誰かの命が落ちようと犯罪にはならない、合意の上での戦いとなる。
身体を張った命懸けの戦いになるのは間違いない。
「私が出る」
「ヘスティアさん!?」
説明を一通り受けるとヘスティアさんは迷わずにそう告げた。
「この対戦、リング内での魔法の使用は禁止されていないわ。なら、私が魔法で必ず相手を場外にする。地上人相手に申し訳ないけど、目標額が貯まるまでは力尽くで仕留めるわ」
魔法が使用可能ならば一方的な試合展開に持ち込めるのはヘスティアさんだろう。自分にも相手にも大怪我を負わせる心配もない。
「正直賭け事の仕組みはよく分からないわ。だからその辺りは勇太に任せる。私はただ勝ち続ける。それで問題ないでしょう」
「でも、そうなると…」
たしかに勝つ上で問題はない。しかし魔法を使うならば自分が有翼人である事を晒して戦う事になる。大きな力で地上人を捻じ伏せ続ければ有翼人の心象だって悪くなる。
「私は自身の力を使うだけだわ。不正ではない、ありのままで対峙するだけ。それに、隠れているだけよりも力を示したほうが私の発言を有翼人として信じてもらえるかもしれないわ。だから私にやらせてちょうだい」
彼女が覚悟を持ってここまで言うならば。僕もフェイ君も止めはしなかった。
ヘスティアさんの思惑通り、有翼人の強力な魔法を前に対戦者は誰もが成す術もなかった。試合開始と同時に強風を巻き起こし、相手を場外の壁へと吹き飛ばす。
余裕があれば風に乗せ、場外の地面へふわりと送迎するほどだった。
こうして、ヘスティアさんはコロシアムで快進撃を続けた。
始めの頃は相手を場外へ吹き飛ばすという"戦わない"姿勢に観客からはブーイングも巻き起こったが、彼女が高位の魔法使いであるという噂がたちまちに広がり、圧倒的な力量差に湧き上がる。
やがて配当金はヘスティアさんに偏った数値を叩き出していた。
連勝を続ける彼女に賭ける事へのうまみは減退したものの、決して負けはしないおかげで僕らは順調にお金を手にしていくことになった。
巨大賭博施設カジノは眠らない。むしろ夜こそが本番といえる。
だけど、昼間から連戦続きで疲れたであろうヘスティアさんを気遣い、僕らは夜が更け切る前にカジノを離れた。
ヘスティアさんはまだまだ平気だと言ったが、僕が止めさせた。
「これなら3億貯まるな!」
換金をしていないので手元に形として存在していないが、データ上で僕らは約1億を所持している。半日で1億。夢のような大金だ。
フェイ君は嬉しそうに携帯端末に映る金額を見ていた。
ヘスティアさんが勝って手にした報酬金を含めた全額を毎試合に賭け続けた。
一度でも負ければ全てがパーになる危険な選択だったが、僕らはヘスティアさんを信じ続けた。そして彼女は見事に期待に応え続けてくれた、その結果だった。
「…無理だろうね」
賭けによる配当金のうまさは夕方で潰えてしまった。
彼女が有翼人だと周知されてしまった途端、一気に配当金が偏り、勝っても掛け金とほぼ変わらない金額しか返ってこなくなった。
彼女が戦うと言った時点でこうなる事は予想できた。だからこそ、僕はヘスティアさんにローブを深く着込み、フードで顔を隠すよう指示した。
序盤は謎の魔法使いが現れたと話題になった。
対戦者が我こそは!と挑戦する気概でヘスティアさんとの戦いへ臨んでいた。
しかし、一度強風でフードが捲れ顔が明るみに出ると、先日のアルセアでの放送で現れた有翼人だとすぐに調べがついてしまった。
情報伝達が発達している現代において一度晒されてしまうと隠し通すのは難しい。
ずっと隠し通すつもりはなかったとはいえ、稼ぐのが目的な以上、あまり早くに素性を知られたくはなかった。
「どうしてだ?」
半日で1億なんて驚異的な数字だ。けれど、明日も同じとはいかない。
コロシアムの勝者への報酬金額は対戦相手の勝利回数で変動する。
コロシアムでの勝利回数が10回未満相手への勝利が最低金額で1万。勝利回数が100回を超える相手に勝つと100万が最高金額。
戦績の良い対戦相手に勝つほど報酬金額が高くなる仕組みだ。
1戦で最大100万が報酬金で稼げるとはいえ、対戦相手はこちらで選べない。
コロシアムを仕切る側が対戦相手を決める。戦績の悪い相手とばかり当たれば消耗戦になりかねないし、コロシアムでの戦績が良くない
ヘスティアさんはたった半日で50勝負け無し。これだけ目立てば必ず対策される。今日のように勝ち続ける事はできなくなるかもしれない。
配当金での稼ぎはあまり期待出来ない以上、別の手段を考える必要があるだろう。
「ヘスティアさんが魔法を使うのはもう誰もが知る事実になった。これから相手は必ず魔法に対抗する動きになる。それに、対魔法戦に慣れた人や同じ魔法を扱う人と戦う事になれば…」
そう、今日の連勝はまぐれかもしれない。
たしかにヘスティアさんは強い、彼女が地上人相手に負ける姿は想像できない。
魔法を扱える人と戦うなんて現代でほぼありえない。そんな相手がコロシアムに現れることなんてないかもしれない。けれど、絶対の安心はできない。
「勇太ってよく考えてるんだな」
反論する僕に怒るか、それとも後ろ向きな発言をはぐらかされるかと思った。
けれど、フェイ君は感心したような様子で僕を見て笑った。
「勇太はすごい!」
ストレートに褒められると褒められ慣れていない僕はどのような態度で居ればいいか分からなくなる。
ヘスティアさんも笑みを浮かべ頼もしく頷いた。
「そうね。私もこのまま勝てるとは思わずに、どんな相手が来ようと全力を尽くすわ」
試合に勝ち続けようとヘスティアさんは気を抜かず、常に神経を使って戦いに臨んでいた。強く、油断もしない彼女に隙なんてない。そう思い込んでいた。
しかし、翌朝。ヘスティアさんは僕らの前から姿を消した。
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