娯楽と欲望の国ー4


  連絡手段用にとヘスティアさんに渡していた携帯端末が繋がらない。

 有翼人ほどの強大な魔力マナの持ち主ならば遠くに居ても気を感じると言っていたフェイ君にも彼女の存在が認知できない。

 となると第三者の介入によってヘスティアさんは居なくなった可能性が高い。

  問題は合意の上で彼女が自らの意志で姿を暗ましたのか、それとも強引に連れて行かれたのかだ。

 責任感の強いヘスティアさんが僕らに何も伝えずに離れるのは考えにくい。

 何か厄介事に巻き込まれたのは間違いないだろう。


  有翼人という強大な存在は狙われるリスクがあるのは分かり切っていたのに。

 宿泊時の警戒を怠った。試合外で悪意を向けられることを想定していなかった。僕のミスだ。

「警察に…!」

  そう言いかけた所で自分が今アルセアに居ない事に気づく。

 行方不明となれば軍や警察組織に真っ先に頼るところだが、パルメキアには軍もなければ警察組織もない。

 自国の害となる者を取り締まる自警団はあるが、観光客の身の安全までは保障しない。そういう国だ。

 連盟に属さず、他国の制裁権は行使されない。僕らの常識は通じない。

  落ち着け。そもそも自分だって学生とはいえ軍人だろう。自分自身で対処できなくてどうする。

 それに自分の今置かれている立場は一般国民ではない、気軽に軍に頼れる状況じゃないだろう。


  フェイ君と二手に別れてパルメキアの娯楽園をくまなく探すがやはりヘスティアさんを見つける事はできなかった。闇雲に時間ばかりが過ぎていく。

  彼女無しでは神器の生成も果たせない、世界の防衛など成し得ない。

 ヘスティアさんは絶対に失ってはならない人なのに。 

 僕らの時間は限られている。焦る気持ちが思考を鈍らせていく。


「勇太!」

  いつの間にか誰かと通話していたフェイ君が慌てて僕に声を掛けてきた。

 隣に居るフェイ君の様子すら気に掛ける余裕も失っていた僕は現状が読み込めず、フェイ君が動揺している原因が理解できなかった。

「どうしたの?」

「メール開け!理央からのヤツ!」

  言われるがままに自分の携帯端末を取り出し起動させると東雲さんからの不在着信の通知が2件表示された。僕に繋がらなかったからフェイ君にも電話を掛けたのだろう。

  最新の受信である東雲さんからのメールには添付ファイルがひとつ。

 ファイルを開くと衝撃的な内容が記載されていた。それは闇オークションの商品一覧だった。

 かつて盗み出されたとニュースになっていた世界大戦時に英雄が装備していたとされる希少鉱石エレタイトで作られた剣や持ち主を必ず死に追いやると曰く付きの呪われた宝石。

 服用した者を惑わし正常な意識を手放させる劇薬など表には決して出せない代物ばかり。

  これが何だというんだ、急いで連絡が来る意図が理解できずに商品一覧を進めていくと、オークションの最後を飾る目玉商品で息が止まる。

 そこに載せられていたのは物ではなく人。白い翼を背に持つ女性。

 見間違うことない。眠らされているのか意識を失っているヘスティアさんだった。


「なっ…!」

『お金欲しさに彼女を売り飛ばしたの?』

  フェイ君は自分の携帯端末の通話をスピーカー出力へ切り替えたのだろう、東雲さんの抑揚のない声が僕にも届いた。

「そんなわけないだろ!」

『そんな度胸ないか』

  冗談のつもりだったのか、僕の否定を疑いもせず怒りもしない。

 こんな時に笑えない冗談を言わないでほしい。

『買い戻すお金あるの?』

「あるわけない」

『じゃあ道は二つ。カジノで買い戻すだけの大金を稼ぐか、ヘスティアの居所を突き止めて助け出すか』

  僕の状態などお見通しなのか東雲さんはテキパキ話を進めていく。 

  有翼人がどれだけ驚異的な存在であるかは調べれば映像として残っている。

 しかも映像に映っている本人が売りに出されている。必ず法外な金額が飛び交う。

 それに太刀打ちするには手元の1億じゃ到底不可能だろう。

 更にマダムに課せられた三億とは別に稼ぐ必要に迫られる。僕ら二人で稼ぐのは極めて難しい。


  闇オークションが開催されるのは3日後、9月1日夜。

 商品である以上手荒く扱われることは無いと思いたいが、それまでの間に彼女へ恐怖を強いることになる。捕らわれている彼女を救い出す方法があるならば迷うことなどない。

「助け出すに決まってる」 

『了解。見当はついてる。近頃エルフのブローカーをしている犯罪グループがあるの。恐らく犯人はそいつらよ』

「どうして分かるの」

『強い魔力マナを持つ有翼人を捕縛しとくなんて正攻法じゃ到底無理。けど、魔力マナを無効化する術を知っている奴らなら可能でしょ』

「でもヘスティアさんが無抵抗で連れ去られるなんて…」

『奴らは証拠を残さず、法律で守られていない土地のエルフを中心に攫う。魔法が使えるエルフと正面衝突すれば勝ち目はない。対象に気づかれないうちに無効化する術を心得てるのよ。手練れで構成された少人数の犯罪集団でメンバーの顔も名前も知られず、未だに逮捕されていない。荒くれ者な犯罪者達と争うより余程難しい。気を抜かないで』

  ヘスティアさんが出品されているという情報を突き止めた上に、ここまで予測、見当をし、調べられるなんて本当に東雲さんは心強い。敵に回したくない人だ。


『あと、勇太は高額商品もう一人引き連れてるんだから。そっちも忘れないでよ』

  そう言われて僕はフェイ君と目を合わせて二人で瞬きしあってしまう。

 フェイ君もエルフの血は薄いとはいえハーフエルフであり、かつ現代で竜神化を取得している唯一の人物。ヒトに値段を付けるという行為は気分の良いものではないが、たしかにフェイ君は高値が付くだろう。 

 素性が知られれば闇ブローカーに狙われても不思議ではない。

 自分の事を言われていると自覚できていないのかフェイ君は頭を傾げた。


  もう僕らは大切な仲間であり、彼らは重要な人物だ。誰一人だって欠けてはならない。

 目的を果たすだけではな駄目なんだ。彼らと行動を共にする以上、彼らを守る義務が僕にはある。皆の強さに頼り切ってばかりではいけない。意識を改めなくては。



  東雲さんは自分が付きっ切りで僕らをサポートするのは無理だと言った。

 彼女は有能故に多忙だ。基本、鳥羽会長に同行してはいるが、僕ら祠探しの人員や御影博士の開発グループなど世界防衛に動いている人全ての情報を共有する連絡網と化している。

 全体の現状把握だけでも大変だろうに、必要に応じて有益な情報提供もしてくれる。

 2年生の榎塚先輩も御影博士達と行動を共にし、情報共有やサポートを担ってくれているが、情報収集力はやはり人並外れたハッカーである東雲さんが凄いそうだ。

  そんな彼女が情報を更に集めた上でそれを託した助っ人を僕らの元へ派遣してくれるという。パルメキアで僕らが頼れる人は誰も居ない。助っ人は大いに救いだ。


  助っ人の到着は夜になるというので僕らは再びカジノへと足を踏み入れた。

 ヘスティアさんのことはもちろん心配だったが、いざという時にお金があれば交渉の手段に成り得るかもしれない。

  気分を高揚させる筈の華々しい音楽や照明なのに誘拐などの犯罪が容易に起こり得る国だと思うと急にカジノも恐ろしい場所に思えた。

 人々の欲望が渦巻く賭博場。欲を満たす為なら犯罪紛いの行為もお構いなしか。


  パルメキアはどんな人種も受け入れ、目に見えた迫害もない。けれど誰もが欲に忠実だ。

 試しに行ったポーカーの高レート台ではイカサマが常套手段のように行われる場面に何度も出くわした。

  もちろんカジノ自体がイカサマ行為を認可している訳ではない。しかし、バレなければ問題ないという空気が蔓延していた。

 場を管理するディーラーに気づかれれば即退場。当人には厳しい処罰が下される。

 取り締まられている場面にも遭遇したが、それでもイカサマ行為は減っていないようだ。

 見抜かれた者は間抜けだと見下し、まるでスリルを楽しむかのように彼らは欺きを続ける。

  同じゲームに参加すればイカサマに気づくこともあったが、彼らの手際は見事で正当性を主張できるだけの証拠もなく、苦い思いを何度かした。せっかく稼いだお金も減る一方だ。


  ルーレットならばと試してもみたが、思い切りのよい掛け金にもできず、大穴が当たる事もなかった。

 始める前より手持ちが少し減るという散々な結果だった。賭けで勝つという事の難しさに直面した。

  やはり初日の稼ぎ方が無難であり目標額への近道だった。

 けれどこれ以上誰かを危険に晒すのは抵抗があった。これでは5日で3億は到底不可能だ。




  頭を悩ませているとあっという間に時間は過ぎ去り夜になっていた。

 カジノには外の様子を窺える窓や時刻を報せる時計の類は一切ない。

 時間を気にせず夢のような空間を存分に味わってもらおうという配慮だろうが時間感覚が狂いそうだ。

  助っ人と落ち合う予定である場所はパルメキアの商業地帯の外れにある薄暗い酒場だった。バーカウンターにテーブル席が3席と小さくシンプルな造りだ。

 レコードの音楽が流れる中、一組だけ居た客らがカウンターの隅で密談をしている。お酒を愉しむ店というよりは表立った場所でするには憚れる内容の会話をするのに愛用された店なのかもしれない。

  大人な雰囲気に不釣り合いな僕らは落ち着かず、隠れるみたいに角のテーブル席で待機した。

  注文を促された際に僕はお酒が飲めないので一瞬戸惑ったが、フェイ君は悩まずに好きなお酒の名を口にする。そういえば、体育祭の閉会式後の宴で彼はバルドラ学園の人とお酒が飲める量の競い合いをしていたと聞いたな。

 こんな少年みたいな見た目でお酒に強いのか…やはり人を見かけで判断してはいけない。

  美味しそうにお酒を飲むフェイ君と待ち時間に今後について話し合うが名案は一向に思い付かない。当たり前だけど大金を稼ぐとは思うようにいかないものだ。


「苦労されていそうですね」

 聞き馴染みのある落ち着いた声に僕は安堵した。

「北里さん!」

  声を掛けられるまで近くに来た事に気づけなかった。相変わらず音や気配を消すのが上手だ。いつもなら驚いてしまうけど、今はそれがとても安心する。

 隠密を得意とする彼女がヘスティアさんの救出に協力してくれるのはとても心強い。

 初対面であるフェイ君に律儀な挨拶を済ますと彼女は僕らに向き直った。 

「微力ですが、お二人に尽力致します」


  北里さんは東雲さんに託された情報をテーブル上に開示してくれる。

 どうやら東雲さんの推測通り、ヘスティアさんを誘拐したのは近年エルフのブローカーとして裏社会では有名な『鴉』という犯罪集団で間違いないそうだ。

  構成メンバーはたったの三人。商談などの交渉は全て一人が担い、残り二人は一切素性を明かさないよう徹底している。

 その一人は写真が入手できたようで開示されたデータに載っていたがフードを被った上に目と鼻が隠れる様な仮面を着け、口元しか確認できなかった。

 身長の高さから見て男性かと思われるが外見からの目ぼしい情報は多くなかった。

  『鴉』とヘスティアさんの現在の居所だが、なんとパルメキアに滞在しているという。闇オークションがパルメキアで行われるとはいえ、国を出ず留まっているとは。

 こちらとしては助かるが、てっきりヘスティアさんを売り飛ばしてすぐに出国しているかと思った。

 オークションの主催側と売買の契約を結んではいるが、意外にもまだヘスティアさんを引き渡してはいないそうだ。ならば引き渡す前にヘスティアさんを取り戻したい。


「手元に置いているとなると彼らも警戒を怠らないでしょう。ですから作戦決行は引き渡すタイミングです」

  情報を共有したところで北里さんは考えてくれていた作戦を僕らへと伝える。

 それは彼女無しでは不可能なものだった。北里さんの技量に委ねる形になる。

 北里さんは覚悟を決めてきているようで確固たる意志を感じ取れた。

 人一倍真面目な彼女がやり遂げると言い切るんだ。信じよう。


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