埋もれた心を見つめてー9

  記憶を頼りに2階層を進むも、やはりスムーズにはいかなかった。

 以前タルジュとターニャさんの姿はなく、ピラミッド内は電波が悪く通信での連絡手段は使えない。二人の安否が気がかりだ。

 もし4階層の落下が本来の意味での落下であるならば、二人は…。

 最悪の事態が頭を過る。


  同じ形状の道が続く迷路は進んでいる実感が湧かず、焦りを増幅させた。

 急に足を止めたクラウスさんは睨むように天井を見上げ長杖を出現させる。

「幻惑魔法の気配を感じる」

  ティオールの祠で手にした水晶からヘスティアが創り出した神器は普段は腕輪へと形状を変えており、持ち主の意思に呼応して姿が元の形へと戻る。

 水の加護を受けているからか水泡を発しながら変形した神秘的な長杖はクラウスさんの手へと収まる。

 杖からはハーフエルフの俺でも強い魔力マナがひしひしと感じる。


「幻惑を解くことはできるが、強引な解除は魔法を掛けられている対象者の精神を壊す可能性が高い。あまり行いたくはない」

「術者は近くに居ますか」

「上だな。急に強い魔力マナがふっと湧いたように感じた…どうやら術者は隠す気をなくしたみたいだ」

  まるで俺達の会話を聞いていたかのように、目の前に別空間を映す闇の靄が現れる。転移魔法だ。

「招待してくれるようだな」

「行きましょう」

  罠かもしれない。懸念はあったが人の命が掛かっている可能性を思うと迷いはなかった。


  転移魔法で移動した先で待ち受けていたのは小柄な少年だった。

 薄暗い空間でも分かる程白い肌に、特徴的な横に長い耳。

 翼は無いが彼もまた有翼人なのだろう。

「二人をどこにやった」

「あなた方には手の届かない場所です」

  強い魔力マナの持ち主はこの少年で違いない。

 隣に立つクラウスさんよりも流れる魔力マナが濃い。

 はったりではなく、本当に可能であろう。

「彼らは人間です。お二人にとってはどうなっても構わない存在ではありませんか?」

「種族は関係ない。二人は俺達の仲間だ。必ず助ける」

「あなたが有翼人であろうと、二人に危害を加えたならば俺は戦わなくてはならない」

  クラウスさんは杖を構えた。

 できるならば戦いたくはない。けど相手に敵意があるのならば…。


「迷いがありませんね。お二人とも良い目をしています」

 俺達の言葉を聞くと少年は嬉しそうに微笑んだ。

「すみません、少し意地悪をしました」

  そう詫びると少年は高らかに歌い出した。

 するとたちまち周囲は明るみ視界が開けていく。

 暗闇で見えなかっただけで少年の真横にはタルジュとターニャさんが立っていた。

「…っここは…?」

  眩しさに顰めた二人は見知らぬ空間に戸惑っていた。

 散々見てきた石畳や壁は同じだが、部屋の中央には祭壇があり、天井は一点に向かって収束している。

  祭壇はティオールと同様の形状だった。

 やはりピラミッドの中に祠はあった。永い時の中、守られ続けていた。


「ここはピラミッドの頂上です」

 ターニャの問いに短い歌を歌い終えた少年は答える。

「ちょ、頂上!?私落ちた筈じゃ!?」

 驚きで声が裏返ったターニャさんは周囲をキョロキョロと見回した。

「僕が連れて来ました」

「君が?」

  ずれてしまっていた眼鏡を直しながらターニャさんはまじまじと少年を眺める。

 不思議がるのも無理はない。

 少年の見た目は線が細く、外見年齢も14歳程にしか見えない。

 魔力マナを感じない人間には少年がか弱い男の子に見えるだろう。

 人を担ぐなど到底不可能な体格だ。物理的に運んだわけではないだろうが。


  少年が瞳を閉じると肉体が淡い光を帯び、実体を失くしていく。

 やはり彼もタナトス神と同じように魂のみの存在となっているのだろう。

 突然の変貌にタルジュもターニャさんも口を開けて呆然としていた。

『ようこそ参られました。僕の名はセレネ。あなたのお持ちになっている杖から水の力を感じます。タナトス兄様にはお会いになったご様子で』

「ええ」

『祠の力はもしもの為にと僕ら兄弟達が遺したもの。本来は僕らの力など必要にならないのが理想でしたが…やはりお父様のお考えは変わらなかったんですね』

  セレネは目を伏せ悲しそうに呟く。

 "お父様の考えが変わらなかった"とは天空に住まうワールディアを創ったとされる神、彼ら有翼人の父のことに違いない。

  誰よりも永い時を生きる創造神。

 彼の心はどれだけの時間が経とうとも揺らがないことになる。

 俺達はそんな頑なな心を動かせるだろうか。


『タルジュ』

 名前を呼ばれたタルジュは寂しそうにセレネを見た。

「…お前、生きてないのか」

『ピラミッドは死者が大勢眠るお墓。僕もその内の眠る一人に過ぎない』

「そっか…お前は変な奴だけど、友達になれると思ったのに…」

『友達、か。想像もしなかったよ。これだけ長い時を過ごしていたけれど、友達だなんて初めて言われた。ありがとう』 

  セレネが嬉しそうに微笑むとタルジュは気恥ずかしさからか頭を掻いていた。

 二人の間に何があったかは知らないが、どうやら二人には特別な絆が芽生えているようだった。


『友達として、君にしてあげられる最初で最期の手助けになってしまうけれど。僕は君の力になりたい』

  セレネの両の手のひらから黄土色に光る水晶が現れる。

 宙に浮く水晶はふわりとタルジュの眼前へ移動する。

 水晶からはここからでも分かる温かい光が溢れ出ている。

「これは…?」

『君が望んだ人並外れた強い力だ。強い力は守る糧にもなれば滅ぼす危険も伴う。君は命を左右する力を手にすることになる。君には多くの命を背負う覚悟が持てるかい?』

  タルジュは水晶を真剣な目つきで見つめた。

 今まで見たことのない、決意を秘めた目だ。

 もう、彼は大丈夫だ。


「……ああ。俺は自分に責任を持つ。もう弱い自分から目を逸らさない」

 タルジュがそっと手を伸ばすと水晶は腕輪へと形を変えて彼の手首に収まる。

『己の弱さを認め、立ち向かうのはとても勇気のいること。君は自分に負けないで。どうか君自身が後悔しない未来の為にその力を使ってほしい』

「ああ。約束する」

『ありがとう、タルジュ。どうか君の大切な人達と共に生き抜いて』

  その言葉を遺してセレネは光となり姿を消してしまった。

 淡い光が消えて居なくなるまでタルジュは静かに見送っていた。

 そして俺達の方を向き、落ち着いた物腰で口を開いた。

「…教えてくれよ。知ってるんだろ、この力のこと。セレネが何者なのかも」


  タルジュにこれまでの経緯や世界の危機、セレネが太古に生きていた強い魔力マナを持つ有翼人であることを話した。

 普段落ち着きのないタルジュが一度も話を遮る事なく俺の言葉に真摯に耳を傾けていた。

  全てを聞き終えたタルジュは迷いはないのか、すぐに俺達と行動を共にすることを選んだ。

 彼は変わろうとしている。それが伝わったのかクラウスさんも苦手と称していたタルジュを受け入れた。

  静かに様子を見守っていたターニャさんがにこにこと微笑んでいるとタルジュはまた悪態をついた。言葉遣いまではすぐに変わらないかと少し呆れたが、それでもターニャさんは嬉しそうだった。


  タルジュは早く次の祠を目指そうと意欲を見せ、俺達に協力する姿勢も窺えた。

 ターニャさんも有翼人に関する有力な手かがりを見つけたら報告すると手助けをしてくれることとなった。

  少しずつだが心強い仲間が増えている。

 俺達は前に進めている。世界を終わらせたりなどしない。 


  「俺は生きる。家族と友達の分も。自分の弱さを受け入れて戦ってみせる」

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