埋もれた心を見つめてー8


  セレネが指を鳴らすと辺りは一瞬で闇に包まれる。

 苦しそうに呻く声が背後から聞こえ、振り返れば宙に浮く玉に閉じ込められているターニャが居た。

「ターニャ!」

  すぐさま玉に触れるが固くて割れそうにない。

 中に居るターニャは意識がないのか、ぐったりと倒れ込み目を開かない。


「お前コイツに何をした!?」

「落ちてきた彼女を助けただけだよ。決めつけはよくない」

「…そ、そうか。悪かった」

「だけどこのままじゃ彼女は死んでしまう」

「だったら早くこの玉から出せよ!早く医者に診てもらわねぇと!」

「嫌だ」

「はあ!?」

「僕なら彼女をこの玉から出して命も救い出してあげるよ。だけど、タダで出してあげる気はない。引き換えに君の命を差し出すんだ」

「冗談じゃねえ!誰が従うか!俺がお前を従わせる!」

  俺はセレネの胸倉を掴み上げる。

 少し脅せばビビッて考えを改める、そう思った。

 けれどセレネは抵抗もせずに冷めた目で俺を見る。


「君から全てを奪った借金取りと同じように?」 

「っ…なんでお前がそれを知ってるんだよ」 

  俺は思わずセレネを乱暴に振り払った。

 だがセレネは顔色を変えず真っすぐに俺を見る。

 セレネは何が目的でこんなことをする。俺達を弄んでるだけの愉快犯か。

「僕を殺すなり、脅すなりして彼女を救うのもひとつの手段だ。けれど、それは君の憎む者達としていることは何も変わらない。望みは全て力で手に入れようとする。所詮君もそちら側の愚かな人間だ」

「違う!俺は…!」


  助け出す術を模索しようとパレットから武器を取り出し、玉に斬りかかるが玉は傷一つつかない。俺の力じゃ破壊できない。

  目の前に居るのは子供だ。やはり何と言われようが強引に従わせるしか…。

 あいつらと同じになる。そんなこと分かってる。

 けど、じゃあどうしたらいい!どうしたらターニャを救える!?

「君が命を差し出せば彼女は助かる。簡単な話だよ」

「クソがあああああ!」

  力いっぱい曲刀でセレネに攻撃を仕掛けようとするが途端、全身に黒い靄が絡みつき身動きが取れなくなる。

 必死にもがくが靄の拘束は強く、身体の自由が完全に奪われてしまった。

「残念だけど、今の君では僕に勝てない」

  俺は…弱いままなのか。

 あの頃とは違う。今、助けたい奴は目の前に居る。

 それなのに俺は何もできないのか。

  悔しさからか身体が震え出して力がうまく入らない。

 くっそ…!どうして震えるんだよ!?


「怖いだろう」

「うるせえ!!」

「認めなよ。君は弱く、愚かだ」

「違う、俺は…弱くない!」

 こいつの目は全部見透かしているようで嫌だ。やめろ、弱い俺をあぶり出すな。

「このままじゃ彼女は死ぬよ」

  ターニャを見れば先ほどより顔色が優れない。

 本当にこのままでは…!

「ねえ、君が命を差し出せば彼女を助けるって言ってるんだよ?どうしてそうしないの?」

「お前を信用できるかよ!」

「君のお姉さん達は信用できない相手でも躊躇わず自らの命を出したよ。母親と君を守る為にね」

「…え?」

「母親が娘を売りに出したんじゃない。お姉さん達は結託して自ら身を売ったんだ。母親の反対を押し切ってね。けれど君は家族の決意や苦しみを理解しようとはしなかった。弱いからだと切り捨てた」

「嘘だ!…だって俺の前では何も…」

  セレネの言葉は針のように刺さる。

 見て見ぬ振りをしていた愚かな俺を暴き出してくる。


「幼い君に悟られぬよう彼女達はいつも笑顔を絶やさなかった。夜な夜な汚い仕事をしてでもね。身体だけではなく、とうとう命を差し出してでも彼女達は家族を守った。後悔の念で苦しむ母親を君は蔑み続けた。母親は弁解をしない。何を言っても娘達を守り切れなかった言い訳にしかならないと思ったからだ。君の家族は強かったよ。君よりもずっとね」

  知らなかった。いや、知ろうとしなかった。

 だって…俺は…どんなに辛くても皆に生きていて欲しかった。それだけだったのに…。


「君は臆病者だ。現実を直視できない。彼女を助けたい、けれど自分は死にたくない」

「違う!俺はお前の言いなりにならねえ!ターニャも助ける!」

「強がりはよしなよ…僕は怖い。誰かが消えてしまうのも自分が消えてしまうのも」

 セレネは愁いを帯びた瞳で俺を見た。

「怖いと認めないことはそんなに立派かな?弱いことはそんなにいけない?」 

  震える身体で立ち、今にも泣き出しそうなセレネの表情でようやく気づかされる。

  セレネに余裕なんてない。けど俺よりもずっと強い。

 何故なら自身の心の弱さを認め、抗い続けているからだ。

 ずっと弱さに苦しんでいる。その苦しさが俺には少しだけ理解できてしまった。

  だけど俺の想像を遥かに超えているのだろう。

 苦しさを抱えた長さはきっと…とても長い時間だ。


「…お前は強いんだな」

「僕は強くないよ。とても弱い。優れた兄弟の中で唯一の出来損ないって言われるくらいだ」

「自分の弱さを認めて向き合える。お前は強い…俺にはできなかった」

  己の弱さを受け入れられなくて。現実を直視できなかった。否定することでしか生きられなかった。

 ずっと分かっていた。俺は強さに憧れているだけでちっとも強くなれていない。

 辛さや苦しさから逃げ続け、止まったままだ。昔から変われていない。

「そんなことはないさ。最近の君は少しずつできていたよ。けれどそれすら認めようとはしていなかったみたいだけど…ねえ、君はどうして強くなりたいの?」

「誰よりも強くなりてえからに決まってる。当然自分にもだ。俺は弱い自分を越えていく!だから俺は変わらなきゃならねぇんだよ!こんなところで終われねえ!」

「無謀な勇気は身を滅ぼす」

「それでも俺は戦って生き続けなくちゃならねえ!家族の分もな!!」


  震える身体を強引に奮い立たせ、全身に絡みつく靄を振り払う。

 靄は怯えたように俺から離れて行った。

 その隙をついてもう一度、全力を込めて曲刀で一太刀浴びせればさっきは傷一つ付かなかった玉が砕け散った。

「ターニャ!」

 解放されたターニャを抱え起こすと意識を取り戻し目を開けた。

「あれ…私…」

「大丈夫か!?」

「へへ、心配してくれたんだ。ありがとう」

「ヘラヘラ笑う余裕があるなら平気だな」

  ターニャは俺の手を借りて立ち上がった。

 どうやら命の危険はなさそうだ。

 俺達二人にセレネは穏やかな眼差しを向けていた。

  ピラミッドの仕掛けと同じだ。

 彼もまた俺達に致命的な攻撃を与えてはこなかった。


「守る為に命を懸けて戦うことと命を差し出して救うのは似ているけれど、決して同じじゃない。覚悟をしても命を引き換えては駄目だ。自分も相手も守り抜いてこそ戦う意味がある。僕は…怖くて戦いの場に出る一歩すら踏み出せなかった。ずっと後悔しているんだ、どれだけの時が経とうとね。君には同じ後悔をしてほしくない」

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