ずっと会いたかったー1


  アルセアとルイフォーリアムの間の海上に地図にも載っていないひっそりとした小島がある。その小島には飛空艇やW3Aの点検設備が行える工場と医療を兼ねた小さな研究施設があった。悠真君が有翼人計画を止めるべく動き出していたレジスタンスチームの活動本拠点だ。彼らが乗っていた飛空艇アレスが生まれた場所もここだという。

  戦争後、捕まっていた時も胸元に埋まる人工魔石に違和感を感じ、発熱と頭痛を繰り返していた。それでもしばらく経てば痛みは引いたし、歩けなくなることなんてなかった。

 だけどリーシェイの竜の谷に向かう途中で症状は悪化。高熱による体調不良を繰り返した私は大人しくレジスタンス基地で療養するように言い渡されてしまう。

  役に立ちたい気持ちはあったが、これ以上足を引っ張る訳にもいかない。

 古屋君とヘスティアさん、フェイ君は新たな祠を探しに他国へと向かった。


  何もできないというのはとても歯がゆい。今の自分にでも何かできることがないだろうかと横たわるベッドから抜け出したくなる。

 体調が良いと実感したタイミングで一度個室を抜け出して身体を動かしていたら美奈子さんに酷く怒られた。「休むのも仕事のうちよ」って。

 そう分かってはいても皆が今も懸命に頑張っているのかと思うと落ち着かない。

 じっと待っているのが性に合わないと実感する。

  今頃、皆はどうしているだろうか。

 ぼんやりと窓の外を見る。晴天、雲一つない青い空。

 この世の終わりが近づいているなんて想像もできない。

 あとひと月も待たずに神様からの裁判は下される。

 私達は未来を生きられるのかな。


「ちゃんと寝てるわね」

 部屋にやって来た美奈子さんが私の姿を確認するなり安心したように微笑んだ。

「言いつけを守ってますよ。それに今日はまだ熱が出てません」

「本当にー?」

  私の顔をじっと見て言葉に嘘がないか見極めている。健康に関する証言はすっかり信用を失くしてしまった。

 美奈子さんの目の下には隈が出来ており、充分な睡眠がとれていないのがよく分かる。私のことなんかより自分の身体を大切にしてほしい。

  御影博士を中心とした開発スタッフ達は基地の研究施設で寝る間も惜しんで作業しており、強力な魔法攻撃に耐えうる大規模な防護壁を完成させるべく一丸となって頑張っている。ただでさえ忙しいところに看病という余計な迷惑を掛けている以上偉そうなことは言えない。 

「本当ですよ。元気です」

「油断は駄目よ。千沙ちゃんの状態は前例がないのだから」


  私の体調不良は人工で造られた魔石を体内に取り込んだことが原因とみられている。一般の医者に診てもらったところで解決策は見つかるものではない。

  旭さんにも同様に魔石が埋め込まれてはいるが、それは純正の魔石である。

 人間である旭さんには肉体を酷使しなければ扱いきれない代物ではあるが、魔力マナを使用しなければ決して害はない。

  対して人工魔石は悪質なようで魔力マナを使わずとも身体を蝕み、魔力マナを蓄え放出するだけの魔石が魔力マナを欲しているかのようにエネルギーの吸収をしているらしい。

 魔力マナは自然エネルギーとされていたが、力の源はそれだけに留まらないそうだ。今、胸元の魔石は私の命を喰らっている。

 そのせいで高熱や頭痛…そして肉体の結晶化に繋がっていると御影博士の見立てではなっている。

 取り除こうにも結晶化した身体と魔石は深く接合されてしまっていて、強引に剥がせば命の危険に関わるとして今はそのままとなっている。

  有翼人計画に加担していた美奈子さんは人体と魔石に関しての知識がある。

 工藤博士も勿論あるが、彼は人工魔石を造り出した張本人でもあり、私達の間には信頼が薄れてしまった。私への配慮で美奈子さんが診てくれている。


「…私のこと、恨んでるわよね。嫌なら別の人に代わってもらう。遠慮しないで言って」

  優しい手つきで私の脈や体温を計測していた美奈子さんがふいに零した。

 ずっと美奈子さんの手を見ていたので、ふと顔を見れば今にも泣き出しそうな顔をしていた。いつも優しくて、余裕のある大人な彼女しか知らなかった私には衝撃だった。

  美奈子さんだってずっと傷ついていたのに。

 罪の気持ちを抱えながら、それでも私の傍に居てくれた。

  他者から見れば美奈子さんのしてしまったことは許されないのかもしれない。

 それなのに私は彼女を責めようという気持ちにはならなかった。

 地下の研究室に私を閉じ込め続けたのも美奈子さんだけど、私を守ってくれたのも美奈子さんだから。 

 壊れてしまいそうな美奈子さんの手をそっと握る。

「美奈子さんのこと、恨んでいないです」

「私はずっとあなたを騙し続けていたのよ。自分を守る為にあなたを犠牲にした最低な人間。もうあなたは自由なの、自分の気持ちを我慢する必要なんてない!溜まっていた恨みをぶつけていいのよ!」

 吐き出すように美奈子さんは叫んだ。


  私は共に生活をしてきたのに美奈子さんの苦しさを少しも理解できていなかった。嫌なことは忘れて、何も知らずに、現実を直視せず生きてきた。

 私にだって罪はある。責められるべきは美奈子さんだけではない。

 美奈子さんは逃げずに耐え続けた。私とは違う。

「どうして…責めないの…あなたも、旭さんも、晃司も。誰も私を責めない…大切な人達を数え切れないほど裏切った…なのに…どうしてよ…」

  泣き崩れる美奈子さんは懇願するかのように私の手を握り返した。

 いっそ憎悪や怒りを向けられたほうが気が楽になる。そんな気持ちも分かってしまう。 

  優しさが張り裂けるみたいに痛い。罪を重ねる時も、優しさに包まれた時も。

 尊い命を多く奪ってしまった私は何度も胸が引き千切れそうな思いをした。

 そんな私に言えることは多くはない。


「…それでも、美奈子さんは私にとって育ててくれた姉のような人です。美奈子さんは大切な家族です」

  私の思春期と呼べる期間はずっと美奈子さんが傍に居てくれた。

 辛い実験の中でも笑うことを忘れずに居られたのはこの人のおかげだ。

 苦しさも安らぎも。美奈子さんから与えられた。

「守れなくてごめんなさい…私が弱いばかりに…あなたを、あなたの家族を犠牲にしてしまった」

  美奈子さんのか細い手を両手でぎゅっと握り返す。

 もう美奈子さんばかりに背負わせない。並んで抱えてみせる。

「私も弱かった。一人じゃ恐怖に立ち向かえませんでした…アルフィード学園で沢山の人に出会って、ようやく弱さに向き合えています。だから…罪を抱え前を向いて、これからを…一緒に歩きましょう」

「……ありがとう」


  震える背中は随分と小さく見えた。

 常に強いだけの人なんていない。誰もが弱さを抱えている。

 分かったつもりでいても、目の当たりにするまで気づけない。

  大人になると強くなるのではない。

 大人は弱さを上手に隠しているだけだ。

 だから人は支え合って生きていく。

 もしかしたら神様が求める正しさや強さを私達は永遠に手に出来ないのかもしれない。

 でも未熟で不完全だからこそ私達は共に歩いていける。私はそう信じたい。 



「千沙ちゃんの症状は御影博士にもお伝えしてあるの。人工魔石の侵食を防ぐ手立てがないか一緒に考えてくださってる。大丈夫、あの人ならきっと良い治療法も見つけてくれるわ」

  落ち着きを取り戻した美奈子さんは私の体調チェックを済ますと私を元気づけようとそう口にした。

  御影博士は防護壁開発の中心人物だ。

 少しの時間も惜しい中、私の体調を気に掛けてもらうのは正直申し訳ない。

 体調不良の原因が魔石であることは教えたけれど、せめてもと寿命のことは誰にも話さなかった。

 知識も経験も豊富な竜の谷の長老様が言うのだから寿命が短いことは事実なはず。

 世界の行方を見守る頃には死を迎えてしまうが私の命と世界を天秤にかければ私が軽いに決まっている。余計な情報はいらない。


「さっきも言ったけど、もう自分の気持ちを我慢しなくていいのよ。旭さんに…お母さんに会いに行っていいんだからね」

  旭さんも体調が優れず同じ施設の一室で療養している。

 あんなに会いたくて堪らなかった母親が会おうと思えば会える距離に居る。

  それなのに私は会いに行けずにいた。だって、嫌われていたら怖い。

 旭さんが自身を犠牲にしてまで守ってくれたのに私はまんまと工藤博士の有翼人計画に加担してしまった。母親がすぐ傍に居ることにも気づかずに記憶まで手放し、愛してもらっていた千沙まで捨てて。

 私は何をしていたんだ。ただの大馬鹿者だ。

 一番嫌われたくない相手に嫌悪の感情を向けられたら、私は冷静さを保てる自信がない。

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