埋もれた心を見つめてー5


  熱砂の砂漠に聳え立つ巨大な三角の建造物、ピラミッド。

 誰が、いつ、どのような目的で造られたか。全てにおいて謎のまま。

 近年組まれたバルドザックの研究グループは最新機材を取り入れ、国を発展させる為の開発を続ける中、ターニャさんを含む三人のみがピラミッドの研究を続けている。

  何故これだけ目立つ建造物に長年関心が向けられなかったのかと言えば、ピラミッドは危険な場所として恐れられていたという説が濃厚だ。

 昔から故意に近づいてはならないと伝えられ、興味半分で訪れた者は幽霊を見たと慄き、生きて帰れなかった者もいると噂もある。

 特に利益も生じないピラミッドは次第に足を踏み入れる者はいなくなった。

  歴史的な価値を見出したのはターニャさん自身である。 

 遥か昔から朽ちもせず遺る建造物は必ず何か意味がある場所だと国王に訴え研究に着手した第一人者だ。 

 彼女の働きによりピラミッドの管理化が進み、今では1階部分は誰でも見学可能とし、観光客を招き入れられるよう国が推進していった。

 国は他の階層も解放したいようだが上層階は複雑な迷路となっており何も知らずに進めば確実に迷う。ターニャさんとしてはこれ以上の一般解放は薦めたくないようであった。

 

  足を踏み入れたピラミッドの1階層は広く開けており、建造物を支えるか石柱がある程度の殺風景なものだった。

 しかし目を惹かれるものが一つあった。それが大きな壁一面に描かれた古代文字と壁画だ。似たものがティオールの里の祠にもあった。

「これは遥か昔の祖先の方達が描いたとされる壁画です。少しずつ解読を行ってはいるのですが、私の手元にある古代語の情報は少なくて。もしかしたらエルフの方なら読めるのかもしれないですが…」

 ターニャさんは期待を込めてエルフであるクラウスさんをちらりと見た。

「ティオールの祠に描かれている内容と酷似している。魔法を使わずとも暮らす術の知恵だ。だが…」

 クラウスさんは気にかかった文章を手でなぞった。

「ここは詩だな」

「詩!?一体どんな詩なのですか!?」

 ターニャさんは興味津々でその壁へと近づいた。

「『忘るるなかれ始まりの大地はひとつ 忘るるなかれ我らは皆等しい生命 姿は違えど同じ源より生まれし奇跡』とある」

  貴重な情報を逃さまいとターニャさんは必死に自分の携帯端末にクラウスさんの解読した詩を打ち込んでいる。 

「何かの魔法だろうか…ここに描かれているものだけでは成り立たないな」

  意味もなく描かれた落書きには思えないが、この一文だけでは俺達には詩の真の意味は理解できなかった。

 生活の知恵がティオールと共通しているところを踏まえると、もしかして各祠に何か共通項があるのかもしれない。


「おいおい、ピラミッドの研究に来たんじゃないだろ」

 タルジュはまるで興味がないようで暇そうに石柱に身体を預けていた。

「そうでしたね。すみません、つい癖で…先へ進みましょうか」

  考えても分からないことで足止めをしている時でもない。

 俺達はターニャさんに続いてピラミッドの奥へと進んで行く。


  階段を上った先は遠くを見通せない壁に阻まれていた。早速複雑な迷路の登場だ。目印になりそうな模様や物体はなく、同一の壁と道がひたすらに続き入り組んでいる。壁は天井から床に隙間なく続き、閉塞感に襲われる。

 情報もなく訪れたら間違いなく迷うであろう。この時点で心が折れても不思議ではない。 

  しかしターニャさんは慣れた様子で先導し2階層を進んで行く。

 彼女は2階層の道を全て把握しているようで躊躇うことなく進み、3階層の階段へと差し掛かった。


「ピラミッドの構造上、上のフロアにつれて面積は狭くなるはずです。ですが、道順はどんどん複雑になり階段へ辿り着く時間が長くなります。まるで来る者を拒むかのように。ピラミッドを作った人は何かを守りたかったのかもしれません」

「守るためだけにこんなデカい建物作って暇人かよ。ご苦労なこった」

「研究をしていて分かったのですが、ピラミッドは民を守る意味もあったんですよ」

 タルジュが悪態をつけば、ターニャさんは古人を庇うかのように解説を始めた。

「ご存知の通り、昔この砂漠はルイフォーリアム国とリーフェン国の紛争地帯でした。緑は失われ荒れ果て、魔法による激しい攻防は地理を変えてしまい砂漠となったそうです。そんな度重なる紛争の中、私達の祖先である原住民の避難場所はここピラミッドだったそうです。砂嵐にも魔法による攻撃にも耐え続けた強固な守り。外気の暑さを遮り過ごしやすい気温。避難していた民は1階層で生活をし生き延びたとされています。だから私はピラミッドを作った人達は争いを好まない、優しい人だったのではないかと思っています」

「…守るだけじゃ何も解決しねぇよ。そんなのただの臆病者だ」

  タルジュはそう呟くと先へ進んでしまう。

 口ぶりは乱暴なままだが、今の彼はどこか悲しさを見せた。

 そんな彼をターニャさんは心配そうに見つめる。


「…あの、どうかタルジュ君を怒らないであげてください」 

「怒ったりはしていません。ただ…少し様子がいつもと違いましたね」

  彼の性格は理解しているつもりだ。今更口が悪かろうと怒りはしない。

 しかし様子が変なところは少々気がかりだ。

 自分勝手な行動が目立つタルジュが今朝集まってから移動する度、俺達の最後尾からついてきていた。ターニャさんを立て、彼なりに気を使っているのが分かった。

 それなのに今の解説ひとつで一人で先に進んでしまうとは。

「ちょっと乱暴なところもありますが本当は優しい子なんです。小さい頃はいつも楽しそうに笑って、弱い子達を見捨てない男の子でした…今の彼からは想像できないかもしれませんが、かくいう私も彼に助けてもらっていた一人なんです」

 ターニャさんは嬉しそうに笑った。二人の過去は楽しい思い出だったのだろう。


「裕福ではない家庭に生まれたタルジュ君は権力者や傲慢な人に対する態度は悪かったですが、気の弱い人やいじめられている子供を庇って間に入り喧嘩ばかりしていました。昔から気が短い子でしたが、それでも弱者を助け堂々と戦う彼は私達のヒーローでした。タルジュ君はお母さんと5人のお姉さん達に囲まれて賑やかに暮らしていました…けど、たった一日で全て変わってしまったんです」

  彼女は震え出す手を両手で握り恐怖に耐えている。

 深く刻み込まれている記憶がターニャさんを襲っているのだろう。

「夕暮れ時にタルジュ君が遊びから帰ってくるとお姉さん達は誰一人家に居らず、暗い部屋で泣き続ける母親の姿だけがありました。タルジュ君を見つけると母親はうわ言のように何度も何度もごめんなさいと彼に詫びてきました。…タルジュ君のお家は借金を抱えていました。借金を返済するべく賭け事に手を出し借金を膨らませた父親はタルジュ君が生まれてすぐお亡くなりになり、お姉さん達が必死に働いていましたが、とうとう返済を待ってはもらえなくなった。苦渋の末、お姉さん達は全員身を売り二度と家には帰らなくなりました。それから半年と経たずに気を病んだ母親は幼いタルジュ君を一人残しこの世を去ってしまいました。彼は悲しみよりも怒りに飲まれていました。どうして戦いもせず、抵抗しないで言いなりになったんだと。立ち向かう強さを持っていたタルジュ君にはお姉さん達を犠牲にした母親の弱さが許せなかったのでしょう。それからです、彼は女性を弱いと見下し、武力の強さが全てだと思い込んでしまったのは。最近は少し変わったみたいで安心していたのですが…」


  ターニャさんの言葉を遮るようにガンッと強い音が響く。

 衝撃音はタルジュが壁を叩いた音だった。

 睨みつけるタルジュの表情は険しく、敵を見るかのようだった。

「おい、ブス!余計なことをベラベラ喋るな」

「ごめんなさい…だけどタルジュ君が誤解されてほしくなくて…」

「俺は同情されるのが嫌いなんだ!哀れみは相手より自分が優位に立ってると思う奴が持つ感情だ。勝手に人を下に見やがって!俺は可哀そうでも不幸でもねえ。単にガキの頃の俺が弱かっただけだ。今はもう違う!」

 ターニャさんを怒鳴りつけるとタルジュは怒りを露わにしたまま再び一人で先へ進んでしまった。 

「私はお喋りだってよく怒られてしまうんです。どうか気にしないでください。さあ、先へ急ぎましょうか」

 彼女は悲しみを押し込み、笑みを浮かべると歩み始めた。


  ターニャさんは決してタルジュを下に見たりなどしていない。タルジュの苦しみに寄り添おうとしている。 

 そして理解しているのだろう。自分ではタルジュの苦しみを取り除いてやることができないのだと。だからターニャさんはタルジュを怒りもしないし、拒みもしない。

  けれど、何もしていない訳ではない。

 想いを汲み取ってあげたい。考古学の仕事を彼女はそう表現していた。

 それは考古学のみに留まらず、きっと彼女の生きる指針なのだろう。

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