埋もれた心を見つめてー4
ターニャさんは俺達にピラミッドの構造の解説、探索に必要な道具を説明してくれ、その場は解散となったのだが、タルジュは俺達から離れようとはせず、それどころか付いて来いと同行を促した。
変わらず荒い言葉遣いのままだったが、ジータにある店を案内し俺達が泊まる場所の確保までしてくれた。
別れ際に連絡先まで教えてくれ、何かあれば呼び出せと言い残し去って行った。
とても不器用だが、彼なりに役目を全うしようと頑張ってくれたのだろう。
「佳祐はすごいな」
タルジュの後ろ姿を見送りながらクラウスさんは呟いた。
前触れもない発言に意図が分からず少し言葉に詰まる。
冷静なクラウスさんの表情はあまり動かない。
呆れられている?それとも素直に褒めてくれているのだろうか。
「すごくなんてないですよ」
「いや、お前はすごいよ。とても頑張り屋だ」
クラウスさんが柔らかく笑っていた。珍しい表情に少し驚いてしまった。
彼の気難しい顔つきばかり見ていたが、本当はもっと笑う人なのかもしれない。
つい驚いてしまったけれど、単に俺がクラウスさんを笑わせられていないだけだったのかも。そう思うと反省したくなるが、こればかりは直せない。
けど俺の何を見て頑張り屋だと思ったのか。
バルドザックに来てから俺は大した行動をしていない。
「俺はまだ何もしていませんよ?」
「目に見えない努力は何もしていないことになってしまうのか?」
首を傾げて残念そうな顔をするクラウスさん。
改めて自分の言動を振り返るがやはり何のことだか分からなかった。
「苦手からも逃げないことがすごいんだ。俺ならとっくにあの少年との対話を避ける」
ここでようやくクラウスさんの発言の意味を理解した。
俺がタルジュを得意としないのは初対面のクラウスさんにも分かってしまうのか。
「もし違っていたならすまない。佳祐も俺と同じであまり会話が得意ではないと思っている」
「…すみません」
そこもお見通しか。俺と行動を共にして居心地がよくなかったのだろう。
申し訳なくて謝罪をするとクラウスさんは首を横に振った。
「責めているわけではないんだ。俺はあまり喋らないから佳祐を不快にさせていると思う。だが、佳祐は苦手や敵意と相対しても対話を諦めない。その姿勢を俺は尊敬している」
予想外の言葉に俺は固まってしまった。
クラウスさんがそんなふうに自分を見ていたなど思ってもいなかった。
俺は人との会話が苦手で上手くいかないことが多いのに。
それを"努力している"と捉えてもらえるなど考えたこともない。
「…あの時、ディリータさんの身を案じ止めてくれたこと感謝している」
クラウスさんは深々と頭を下げた。
あの時とはディリータさんとクラウスさんが族長の屋敷を襲撃していた夜のことだろう。
感謝されるようなことはしていない。俺はとにかく必死だった。
ディリータさんが敵という認識よりも族長を助けなければという意識が強かった。
それにディリータさんの異変に気づいてからは彼を止めたいという気持ちが勝ってしまった。誰かが身を削って意思を貫こうという姿が俺には堪えた。
「俺は口数が少なくてリリアに怒られる。思いは言葉にしないと伝わらないこともあると。だから佳祐を見習って俺も努力しようと思うのだが…なかなか上手くは行かないな」
リリアがクラウスさんに言った言葉は俺も耳が痛い。
言葉にしなくては伝わらないことも分かる。
現に俺はクラウスさんの思っていたことを口にされるまで分かってはいなかった。
しかし理解はしていても自分の感情を上手く伝えられない。
スラスラと言葉に出来る人たちがすごいんだ。
だから分かる。今、クラウスさんは懸命に伝えようとしてくれている。
彼の真摯な態度に応えられるよう俺も真剣に耳を傾ける。
「精霊に頼れる人物がいないか問われた時、一番初めに佳祐の顔が浮かんだ。俺は人間嫌いだったくせに佳祐がハーフエルフであることを忘れていた。佳祐の言動しか振り返らなかったよ。俺はまともに人間と向き合ったこともないのに歴史のみで人間を恨んでいた自分の愚かさに、誰かを信用するのに種族など関係ないことに初めて気づかされた」
俺だってどうなっていたか分からない。
もしエルフである母に人間は醜く恐ろしい生き物だと教えられて育てられていたら。俺も彼らのように人間を信用できていなかったかもしれない。
だから俺はクラウスさんを愚かだとは思わない。
信頼している人物の言葉はそれほど大きな影響を与える。
いつも明るい母が神妙な顔つきで一度だけ俺に問うたことがある。
ハーフエルフとして生まれたことを恨んでいないか、と。
自分が人間ならば、俺も人間として生まれ、健康な肉体で平凡な幸せを手にしていたかもしれない。
ハーフエルフは肩身が狭い。エルフとしても人間としても生きられない。異端な生き物として扱われる。
幼い頃、病気がちで満足に家の外へ出られない生活を送っていた俺を母は悔いているようだった。
だけど、俺は一度でも両親を恨んだことなどない。
両親は俺を大切に守り育ててくれた。そして広い視野と価値観を教えてくれた。
世界は広い。多くの人が居て、沢山の考えがある。
ひとつに縛られず、常に色々な角度で見るといい。
様々な思いに触れて、そのうえで自分が正しいと思った選択をして生きなさいと言ってくれた。
ずっと変わらない。俺は二人の元に生まれてよかった。
「佳祐はいつも懸命だ、それも自分の為でなく人の為に。俺にはできない」
「誰でもそうなれますよ。俺が特別なわけではないです」
「そうか。でも俺は佳祐以上に他人を思いやれる人に出会ったことはない。佳祐なら信じてもいい」
「…ありがとうございます」
面と向かって言われると少々気恥ずかしい。
頭を下げるとクラウスさんは「この土地の暑さは堪えた。先に休む」と宿へと帰って行ってしまった。
俺もクラウスさんを見習わなくては。
歩み寄る努力。理解するべく相手を知る。
話すのはとても重要なことだな。
夜も更け、焼かれるような暑さだったのが嘘のように少し肌寒いくらいになった。眠りにつけず、散歩をしようと宿を出れば幻想的な音楽が町を包んでいた。
少し前までは屋外はお酒で盛り上がりを見せていたがどうやら宴もお開きとなりしっとりとした空気になっていた。
昼間は陽気な明るい曲調の曲ばかりだったのに、今流れる音は懐かしくどこか物悲しくさせる曲が多かった。一日中音楽に溢れているバルドザックは”音楽と共に生きる国”という異名があるがまさにその通りだ。
町の中央にある広場でウェーブの掛かった長い髪を一つに束ねた人物が高らかに歌を歌い始めると周囲は静まり返り、皆が聴き惚れていた。
男性…か。落ち着いていて澄んだ綺麗な歌声だ。
一瞬女性かと見間違う整った顔立ちだが、意外と細身ながらしっかりとした体格をしていた。あれは武術も心得ていそうだ。
心地の良い声なのにどこか切なげで胸が締め付けられそうだった。
身なりや肌の色を見る限り彼はバルドザックの者ではない。しかしバルドザックの者達は同じように異国の歌に聴き入り、感情が一つになっているように感じた。
とても、悲しい詩を歌っている。別れの歌だ。
離れ離れになる人々。散り散りになる想い。崩壊する大地。
やがて世界は終末を迎える。まるで近い未来を暗示しているかのような…。
思わず詩と現実を重ね合わせてしまい身震いがした。
俺達は決して世界を終わらせはしない。未来へ踏み出してみせる。
「やあ、佳祐君」
歌に聴き入っていると赤ワインの入った瓶を片手にマリクが隣に居た。
「どうした、こんな夜遅くに」
宴好きなバルドザックは毎夜広場を中心に屋外でお酒と音楽を嗜んでいる。
だが、もう殆どの店は閉まり、寝静まっている人も多い。
今広場に残っている人は疲れて寝ているか、物静かにお酒と音楽に浸る人たちだけだ。そんな中わざわざ会いに来るなど、大事な用件だろうか。
「やっとひと段落したから改めて挨拶をしようと思ってさ、タルジュを押し付けたのも俺の自己満足だし」
「律儀だな」
近くの樽に腰かけたマリクは赤々と燃える広場の焚火を眺めていた。
「バルドザックも有翼人に対抗する同盟に正式に加盟することになりそうだよ」
そうか。鳥羽が各国の要人に手を回して協力を要請しているんだったな。
リーシェイから交渉してみるとは言っていたが、もう済んだのだろうか。
相変わらず仕事が早い。
「ちょーっと俺の父親介して橋渡ししただけで悠真は次々話を進めて行っちゃったよ。彼は本当末恐ろしいね。敵に回したくない」
不利な立場に追い込まれようとも器用に立ち回り、自分優勢の流れを作り上げる。それが鳥羽だ。
そんな彼も父親にだけは未だに勝てる気がしないと言っていた。
自分が冷徹であり続ければ、非道の限りを尽くせば手が届くのかもしれない。
だけど、それは出来なかった。どこまでも広い愛情を持った母への尊敬。そして、父の苦しさを理解できてしまう優しさ。鳥羽はそれを捨てられなかった。
俺は鳥羽が思い留まってくれてよかったと思っている。
彼はとても器用で才能のある人だ。自我を殺せば、何者も追いつけない高見にいけてしまう。
だけどそれはとても寂しい孤独な道だ。俺は鳥羽にそうあってほしくない。
勝気で誰とでも笑い合っていられる、先頭に立って皆を先導してくれる人のままであってほしい。
「鳥羽は上手くやっているんだな」
信頼も権力も失くしたと言っていた鳥羽が必死に戦っている。
大した力のない俺も頑張らなくてはな。
「ところで千沙は元気かい?」
「ん…あぁ…恐らく」
カルツソッドとの戦争以来まともにあいつと言葉を交わしていない。
彼女の現状を把握はしていないが、今は古屋とヘスティアと行動を共にしている。大丈夫だろう。無茶をしていなければいいが。
「千沙にも直接お礼を言いたかったけど、別行動なんだね」
「そうだな」
急に黙り込んだマリクは俺をじっと眺めている。何か言いたげなのに一向に口を開かない。物申し辛いから言葉を紡がないのではない、意図的に喋り出さない。
俺の出方や反応を窺っている。苦手な空気だ。
「…何が聞きたいんだ」
こんな拷問耐えられない。俺に何を言わせたいというんだ。
「千沙にはコワーイ騎士が付いているからあんまり近づくと痛い目みるって聞いたからさ。だから予め許可をもらったほうがいいかと思って」
…鳥羽だな、また余計な情報を。
鳥羽には人の反応で遊ぶ悪い癖がある。揶揄ったりして相手を困らせるのが楽しいようで自分でそれを認めている質の悪さだ。
あまりやり過ぎると不用意に信用を落とすと一度説いたのだが、「大丈夫。俺は信頼している相手しか揶揄わない。俺なりの愛情表現だよ」とそれはもういい笑顔で返されてしまった。
信頼されているという点は喜ばしいのだろうが、揶揄われる身にもなってほしい。
大体、俺よりも鳥羽のほうが睨みをきかせているのを俺は知っている。
「許可も何も…誰と親しくするかは本人の自由だ」
「それもそうだね。じゃあ今度会ったらバルドザックの軍に入隊してくれないか誘ってみよう!彼女が来てくれれば皆に大きな影響を与えてくれるに違いない」
あいつは戦闘能力だけではなく、他者へ影響を及ぼす力がある。
自覚なんてないだろうけど、あいつの行動や言葉は人の心を強く揺さぶる。
きっと昔も今も。ありのままで生きているからだろうな。
昔の記憶がないあいつは過去の自分と今の自分は別人だと言っていたがそんなことはない。
母親を目標にし武術の鍛錬を続けていた、天真爛漫な千沙も。
実験に明け暮れ、対価に記憶を失くしていく千沙も。
自らの弱さに向き合い、成長しようとアルフィードで努力を続ける千沙も。
頑固なくせに臆病で。けれど誰よりも優しくて強い。同じ、天沢千沙だった。
有翼人計画から解放されて、彼女が自らの意思で自分の生きる道が選択できるなら、俺はそれでいい。
「タルジュは体育祭の時に千沙に負かされて意識を取り戻すと悔しさでかなり苛立ってたよ。けれど彼にしては珍しく相手に対しての怒りではなく、自分自身の未熟さに腹を立てていた。アザリーも言っていたけど、やはり女性である千沙に圧倒的力量の差を見せつけられたのが良い薬になったみたいだ。バルドザックに戻ったら寝る間も惜しんでひたすら特訓していてね、昼間の訓練場で棒切れ相手にって怒っていたけど以前はそんな基礎の訓練は一切しなかった奴なんだ。それが今では戦闘の基礎から洗い直してる。本当に千沙には感謝しないといけないね」
彼女が他者へ及ぼす影響は必ずしも良い方向だけではない。影響力があるだけに敵も作りやすい。力のある者は他者の未来を大きく変えてしまえる。
けれど、彼女の生きた行動が誰かを良い方向へ変え、明るい未来へ繋がったならば、これ程嬉しいことはない。
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