埋もれた心を見つめてー3


  タルジュに付いて行くと王宮内の一画にある地下の部屋へと辿り着く。

 壁一面に本棚がびっしりと並び、大きなテーブルにも本や書類が積み上げられていた。それでも収まり切らないのか、地べたにも本の塔がいくつも並んでいて奥へ進むのが苦労しそうだった。

 足の踏み場が少なく巻物や開きっぱなしの本の数々が目立つ。あまり片づけが得意な人ではないようだ。

  ターニャという人物がここにいるはずだが、人一人見当たらなければ物音もしない。けれどタルジュは部屋の入り口付近で歩みを止めるとうんざりした表情で室内を見渡していた。


「留守みたいだな。出直そうか」

「あいつは家にも帰えらず、ここに住み着く研究オタクだ。探索に出てないならここにしか居ねぇよ」

  するとタルジュは力いっぱいに部屋の壁を叩いた。

 近くの本棚や書物が揺れ、振動が周囲の本の塔を崩す。

「はひっ!」

  中央で一際大きな音を立てて本達が崩れる別の動きが見えた。

 上体を起こした白髪の女性が驚いたように周囲をキョロキョロと見回していた。

 どうやら本に埋もれて寝込んでいたところを勢いよく起き上がったみたいだった。

「ほらな」

  居ただろと言わんばかりにタルジュは女性を指さした。毎回こんな雑に起こしているのか。

 女性はズレてしまっていた丸眼鏡を直しながらこちらを見た。


「あれ、タルジュ君。ここに来るなんて珍しいね」

  本が崩れたことはさして気にも留めず、気の抜けた笑みを浮かべている。

 随分寝込んでいたのか頬に本の跡がくっきりと残っている。 

「俺だってこんな埃くせぇ所来たかねぇよ。ブス、テメェに客だ」

 二人は知り合いだと言っていたが随分と酷い言葉遣いだ。

「お客さん?私に?」

 女性はタルジュの無礼な態度を気にした様子もなくタルジュの後ろに居た俺達を見た。

「うわあ白人さんだ!マリク君のご家族以外の白人さんは初めてお会いしました!」

  たしかにバルドザックは褐色人種の国ではあるが、今の時世白い肌の人間を見るのは珍しくもないと思うが。それでも女性は歩み寄って来て興味津々に俺達を見回した。

「えっと、あなたがターニャさんですか?」

「はい、私がターニャです。初めまして」

  荒い言動が目立つタルジュとは反して、柔らかい雰囲気を持つターニャさんが握手を求めてきたので応える。

「初めまして、月舘佳祐といいます」

「ツキダテ…?あなたがツキダテさん!」

「はい、そうですが…」

  この苗字はあまり一般的ではない。少なくても俺は生きていて自分と同じ苗字の人を家族以外に見かけたことはない。

 だが、彼女は妙に俺の苗字に食いつき、掴んだ手を上下に振っている。

「わあ!お噂通り綺麗なお方で!体つきもしっかりしていらっしゃる…タルジュ君の目標の人だものね」

「ブス!余計なこと言わなくていいんだよ!あとツキダテも早く用件言えよ!この女ずっと喋り続けるぞ!」

  顔を真っ赤にして怒鳴るタルジュ。嫌な奴だが憎み切れない奴だ。

 また怒られてしまったと笑って反省するターニャさん。

 二人の会話はこのようになることが多いと窺える。


「バルドザック国にある遺跡や古人が遺した文献についてお尋ねしたいです」 

「遺跡、といいますとやはりピラミッドになりますかね」

  飛空艇であるアレスに乗っている上空からでも視認できる程に大きな建造物だ。

 村一つ分はゆうにあるだろう。

 四方から天高く積み上げられ石で造られているのが印象的である。

「あれは一体いつ頃からあったものでしょうか?」

「推定500年以上前に作られた物で間違いないのですが…ハッキリとは分からないことが多いですね。私もずっと研究を続けてはいますが…バルドザックの国土内にある建造物で最も古いのはたしかです」

 最古のものとなれば祠がある可能性は高い。調べてみる価値はある。

「ピラミッド内に祠のような遺物を見たことはありますか?」

「祠…私が調べた範囲ではお見かけしてないですね。ですがピラミッドの中は階層が分かれている上に複雑な迷路になっています。我々研究チームも日夜解明に努めておりますが、謎は多く残っています…一体誰が、どんな目的でこんな迷宮を作り上げたのか…ああ、気になりますね、解明したいですね!」  

「テメェの欲求はいいから早く話を進めろ」

 彼女の癖なのだろう。タルジュが釘を刺すとターニャさんは一言詫びを入れて話を続けた。

「なので真相は誰も知り得ず、文献もあまり残っていないのでピラミッドの奥は国から危険区域に指定させて頂いております。無暗に奥へ進むと帰って来れないとされる大変危ない場所でもあります。その為調査も難航しておりまして…ごめんなさい、あまりお役に立てなくて…」

 分からないこそ、祠がある可能性は非常に高い。ならば奥へ行き確かめるしかない。


「俺達もピラミッドに行きたいのですが構いませんか?」

「ええ、もちろん。と言いたいところですが1層のフロアは迷路になっておらず、観光客をはじめ一般に開放しています。けれど…皆さんの目的は奥、ですよね?」

「はい」

  俺達は観光に来たのではない。

 一刻も早く有翼人達の遺した祠の解放を行い、来る日に向けて対策を練らなくては。危険を恐れている場合ではない。

「困りました。バルドザックの人間なしに奥はご案内できないですし、それに…命の保証はできませんよ」

「大丈夫です。俺達はどうしても祠を見つけなければならないんです」

  意思を変えるつもりはない。

 ターニャさんは俺の意思を確かめるかのようにじっと見つめた。

「…分かりました!研究チームリーダーである私も同行しましょう!」

「リーダーってお前以外に二人しかいないだろ」

「それでも責任者です!私がお供すれば国からお咎めは受けません。それにお二人は遊びで来られているようではありません。とても大切なことなのでしょう、瞳は嘘をつきません」

  ターニャさんの人の良さに救われた。

 マリクが彼女を紹介してくれた理由もよく分かった。


「ありがとうございます」 

 俺が感謝を述べると彼女は頭を横に振った。

「考古学は過去の文明や謎を研究し解明するのが目的ではあります。だけど、私はその時代に生きた人達の想いを汲み取って差し上げるのが一番の仕事だと思っています。届かなかった言葉や遺したかった知識を今へ伝える。それが最も大切な使命なのではないかと。過去の記憶を必要としている今を生きる人が居る。その人をお手伝いするのは考古学者として当たり前のことです!」

  ターニャさんは誇らしげに胸を叩くと即座に動き出し荷造りを始めていた。

 仕事や予定は問題ないのか心配になって問えば、「実は研究チームの二人がすっかり怯えちゃって探索が滞っていたんですよね!」と楽しげに詰め込む荷物を選別する姿はすっかり旅行に行く前の感覚だ。

  国直属の研究チームのリーダーを務める人だ。能力がある人だと思うのだが…少し不安を覚える。天才は変わり者が多いとも言う。彼女もその類であると信じたい。

 何にせよ、ピラミッドに行く手立ては整った。


「タルジュ、君はここまでで構わない。案内してくれてありがとう」

「…も行く」

  ぼそっと呟いた彼の言葉は近くに居たクラウスさんにも正確に聞き取れなかったようでお互いに顔を見合わせてしまう。

「俺も行くって言ったんだよ!お前らがバルドザックに居る間は俺が面倒見なきゃいけねぇんだろ!?ほら、さっさと行くぞ!」

  何も命に関わる危険な場所にまで付いてこなくても良いのだが。

 マリクの言葉を鵜呑みにしているあたり彼も単純なのだろう。

「待って!本当に深層を探索するならしっかり準備をしなきゃ!」

 今にも飛び出しそうなタルジュをターニャさんは呼び止めた。

「見るもん見て帰るだけだろ?準備なんかいらねぇよ」

「いるの!一日で帰って来られないかもしれないんだから」

  ピラミッドの構造がいかに広く難解か。

 丸一日を要するのか、気を引き締めなくてはならないな。

「あー?面倒だな。んなのトロトロ歩いてるからだろ」

「タルジュ君がせっかちなんだよ!ピラミッドを甘く見たら駄目です!」

「お前が用心すぎるんだよ」

 二人の言い合いは平行線を辿りそうだ。

「俺達も準備が必要だ、ピラミッドの探索は明日朝からでいいか?」

「チッ…分かったよ」

 大きい舌打ちをしたもののタルジュもこちらの意見を飲んでくれたようだ。

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