埋もれた心を見つめてー2

「お待ちください」

  王宮へ辿り着くと入口で門番に行く手を遮られる。

 バルドザックの民は皆、褐色の肌をしている。白色肌の俺達は一目で他国の者だと分かる。

  広大な砂漠の中心にあるバルドザックに国境や検問などは一切ない。

 北のルイフォーリアムも南のリーシェイも砂漠を越えた山に国境を設けているが、砂漠地帯には価値を見出さず、砂漠はどの国にも属さず昔は無法地帯となっていた。

 かつては南北の国の戦いの地ともなっていた場所だが、バルドザックが建国されてからは管理が進んでいる。ルイフォーリアムもリーシェイも自国と定めていない土地、そこをバルドザックの領土にしたいと協議した結果、今の国土となっている。

 ルイフォーリアムやリーシェイへ入国する際は検問が必要だが、バルドザックに入国する際は特別定められていない。

 移動手段が発達した現代でわざわざ砂漠を訪れる者は少なく、流浪民族の名残があるのか基本来る者を拒まない。そんな開放的な国ではあるが、国王の住まう宮殿は流石に警備を厳しくしているか。


「どのようなご用件で参られた」

  屈強な体つきの男性が二人、俺達を鋭い目つきで見下ろしている。

 予め協力者に連絡を取りつけてはいるものの、クラウスさんは身元を証明する物がなく、アルセアで指名手配の俺は身分を明かせない立場だ。一般兵に何と説明すべきだろうか。

  身元の保証をしてもらうかと携帯端末に手をかけた時、協力者が能天気な声を上げて宮殿の中からこちらにやって来た。

「やあやあ!待ってたよ!」

  俺に駆け寄ると両手を手に取り握手してきた。バルドラ学園のマリク、彼もまた社交性お化けだ。誰と相対しても持ち前の明るさを保て、自分のペースに引き込んでしまう。

「あぁ…待たせてすまない」

「彼らは俺の友人だ。今日は俺が王宮に招待して、わざわざ遠い異国から来てくれたんだ。通してやってはくれないかい?」

「マリク様がそうおっしゃるなら」

  門番兵達は交差させた槍を引き、俺達に道を開けてくれる。

 正規の手順を踏んでいなくて申し訳なさがあったが、今は仕方ない。兵士二人に頭を下げ進んで行く。


  屋内に入り陽の光を遮られ、ひんやりとした石畳の床で体感温度が下がり思わず息を吐く。王宮の中は快適な温度が保たれていて、外の暑さが嘘みたいだった。

「暑い中ご苦労様だったね」 

「いや、大丈夫だ。それよりも…よかったのか?」

「ん?」

「本当に俺達に協力して。後で知られたら…」

  大罪人を逃がした罪で今では俺もアルセアでは立派な罪人扱いだ。

 そんな人間を王宮に招き入れ、支援するとなれば彼も非難を受けずにはいられないだろう。

 けれどマリクは笑みのまま俺に続きを言わせまいと人差し指で俺の口を指した。

「そんなの、悠真から連絡をもらって協力するって決めた以上覚悟はできてるさ。これは世界の一大事、なんだろ?だったら皆で協力して立ち向かわなきゃな」

 マリクは自由奔放な奴だが堂々として迷いがない。羨ましい位だ。


  そんな彼もバルドザック国民であるが、白肌の持ち主。

 父親が元はアルセア国民で、結婚を機にバルドザックへ移り住み、国王の補佐である大臣として働いている。

 マリクはこの地で生まれ育ったが異種血族として扱われ、一部では肌の色だけで非難を浴びることもあるそうだ。これはバルドザックが国になるよりも以前、流浪の民だった時代の名残である。

  肌の白い人間は災いを招く悪魔と扱われ、肌の色の違いだけで迫害の対象となった。元を辿ればルイフォーリアムとリーシェイの戦争が彼らの生活に被害を与え、白人は災厄を連れてくるという印象を植え付けてしまったことが大きいとされている。


  バルドザックとしての建国を境に異国の人間や肌の色の違いに対する認識は変わり、差別も格段に減ったそうだが、それでも白い肌の人物は悪目立ちする。

 大金を落とす異国の観光客は差別対象にならず歓迎され、国民として異種族が混ざり込んでいる感覚が気に食わない、やがて白い人間にバルドザックが乗っ取られてしまうと考えるバルドザック国民が一定数居る。

 そんな一部から大臣という座についているマリクの父や彼の家族は邪見に扱われることがあると聞いた。肌の色など些末な違いだと俺は思うが、迷信や頑なな思想は時に人を強く支配する。


  マリクは持ち前の人懐こさに、周囲を唸らせる実力で味方を増やし、バルドザック内の偏見減少に一役買っている。

「肌の次は性別かな。世の中にはこんなにも魅力的かつ能力に優れた女性で溢れているというのに、バルドザックは男性優位が目立つからね。女性達が活躍するアルセアには程遠い。俺はバルドザックを誰もが自由に職を選べる国にしたいと思ってる」

 かつてマリクはそんな意欲的な発言をしていたが、アルセアにだって貴族と平民の隔たりが今も残っている。

 どの国の歴史にも必ず"差別"という悲しい思想が爪痕を遺している。

 肌の色、体格、種族、貧富、性別、能力、地位…比べ出したらキリがないというのに、ヒトは比べずにはいられない。

 どうしてヒトは違いを良しとできないのだろうか。



「そうだ。協力者を一人、増やしておいたよ」 

  マリクの案内の下、宮殿内にある訓練場へと足を運ぶと汗を流して懸命に稽古する少年の姿があった。彼は俺達に気づくと手にしていた曲刀を力強く振り下ろし、片手で俺を指さした。

「ツキダテ!」

  勢いの良い呼び声に一歩引きそうになる。

 体育祭の時に出会って以来だが、随分久しい気もする。

 バルドラ学園の1年生、タルジュはあの時も今も威勢がいい。相変わらず元気そうで何よりだが。

  マリクはニコニコと笑いながら俺に詰め寄って来たタルジュを迎え入れる。

「何でバルドザックに居るんだ?まあいいや、ちょうどいいから俺と戦え!」

  今はタルジュに構ってやる暇はないのだが、わざわざ引き合わせたとなるとマリクの言う協力者とは彼のことなのだろう。

 好戦的なタルジュにクラウスさんは少し身を引いていた。

「残念だけど、それはまた別の機会で」

「ああ!?何でだよ!棒切ればっか相手じゃつまんねーよ!」

  先ほどまで素振りの相手であった十字に結ばれた木材を指さして不満を爆発させている。マリクに罪はない気がするが、タルジュは割り込んだマリクに今にも殴りかかりそうな勢いだ。 


「タルジュ、君を今から佳祐君の案内係に任命する」

「はあ!?」

  思わず俺まで声を出しそうになった。

 彼に案内を任せるなど一体どういうつもりだ。

「タルジュはターニャと親しかっただろう。彼女を彼らに紹介してあげてほしい」

「なんで俺が!」

「お前、佳祐君に多大な迷惑を掛けただろう?その謝罪の意を込めて、彼らがバルドザックに滞在する間、バルドザックの案内役の任を全うすること」

  タルジュは大きな舌打ちをするとずかずかと訓練場を出て俺達から離れて行った。素行の荒い彼が素直に案内などしてくれるだろうか。

 姿が見えなくなったタルジュを不安に思っていると曲がり角から顔を覗かせた。

「…どうして立ち止まってるんだよ、ターニャの所に行くんだろ」

 そう言い残すとまた姿を消してしまった。付いて来いと言うことなのだろう。

「タルジュに挽回する機会をあげようと思ってさ。根は良い奴なんだ、よろしく頼むよ」

  マリクは俺にウインクしてくる。

 どうやら彼にも反省の気持ちがあったようだ。苦笑しつつタルジュの後を追った。

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