埋もれた心を見つめてー1


「…暑い」

  森に囲まれ涼しいティオールの里以外の地をまともに訪れたことがないクラウスさんには堪える酷暑だ。

 辺り一帯砂漠のバルドザック国に降り立ち、早速焼けるような日差しの強さの洗礼を受ける。運動をしていないにも関わらず、汗が次々と身体を伝う。

  飛空艇アレスで町の近くに降ろしてもらったが、強い日差しを受けるだけで眩暈がしそうになる。

「大丈夫ですか?」

「…あぁ…大丈夫だ」

  日差しを避けようとフードを深く被るクラウスさんに声をかけるがとても大丈夫そうではない。早く屋内に入ろう。


  足早に首都ジータへと足を踏み入れれば陽気な音楽が出迎えてくれる。

 外を歩くだけで体力を奪われた俺達二人とは対照的に現地の人達は活気に満ちており、町の中心にある広場の噴水付近で踊りや楽器をかき鳴らす者達は楽し気な笑顔を携えている。

  バルドザックは音楽と舞踊が盛んな国だ。町を歩けば常に音で溢れている。

 元々は砂漠を練り歩く民族だった人達がオアシスの近くに定住し、出来上がった国であるのが所以だろう。

  伝統である民謡を愛し、いかなる時も音楽が傍にある。夜になればお酒と共に大いに盛り上がるそうだが、今の俺達には音楽を聞き入る時間はない。真っすぐに首都を抜け、最奥にある王宮へと向かう。

  バルドザックの首都ジータにある宮殿には考古学を研究している者がいると聞いた。その人ならばバルドザックに現存している古い資料や遺跡、もしかしたら有翼人の遺した祠を知っているかもしれない。 


  祠探しを分かれて行うことになり、行動を共にすることになったクラウスさんは俺と同じで口数が少ない。必要最低限の言葉以外交わさない。

 お喋りな相手は得意ではないが、隣に居ながら無音というのも居心地はあまりよくない。かといって気の利いた話題を出せない。普段、俺はいかに周りに助けられているか身に沁みる。

 俺自身は今の無言なままでもいい。けれど相手がその状況を快く思っていなかったら、そう考えると気が重くなる。

  課外授業でティオールの里に訪れた際、彼は人間を憎んでいた。

 純粋にエルフを、ティオールに住む皆を案じていたからこそ、人間を敵視するディリータさんの思想を支持していた。

 そんな彼も今では少しずつ歩み寄ろうとしてくれているのが分かる。けれど俺のことをどう思っているかまでは分からない。まだ、心を許すほどの相手ではないと考えているかもしれない。

 クラウスさんはどんな思いでいるのだろうか。



  ―――カルツソッドとの戦いの後。

 貧困層地区に居た子供達を飛空艇アレスに乗せ、アルセア本土に戻ると軍は子供達を受け入れてくれた。全員が診察を受け、病状が深刻な者は病院で治療を、軽い者は薬を服用しながら軍の保護下のもとシーツール村の人達と共に暮らすことなった。

 そこまではよかった。子供達の行方を親しくなっていた飛山や鴻達に託し、ティオールの里の皆のもとに行こうとした時、天沢は軍人に包囲された。

  カルツソッドとの戦いにおいて混乱をもたらし、自国の兵士達を負傷させ損害を与えた大罪人として軍から逮捕命令が下されていた。

 反抗するならば生死は問わない。同様の罪で彼女の母である旭さんや御影博士、鳥羽までも既に捕らえられていた。

  咎められるべき対象者は他にもいるはずだ。

 軍の命令を無視し動いたアレスの搭乗員達、そして戦時前に俺は個人として軍内に捕縛命令が出ていた筈だ。

 しかし、軍は俺達には目もくれずに彼女だけを捕らえる意思を示した。

 問答無用に捕縛される天沢を助けようと抗議すれば「手を出さないでください。いいんです、これで」と力なく笑う。彼女は抵抗も反論もせず、成すがまま軍人へと連れて行かれた。


  守る為に命懸けで戦ってくれた彼女達を助けられた俺達が死をもって裁くなんて。彼女達の行為は正しさだけではなかったかもしれない。だが、救われた命がたしかにあった。

 国が彼女達を大罪人とすることが正義だと掲げても、俺はその正義を受け入れられなかった。

 

  俺はアルフィード学園にも戻れず、散々罪を犯した後ろめたさから実家に帰ることもできずに当てもなく人里を避けるように彷徨っていた。

 自分にできることは何だろうか。結局、俺は誰一人守ることができていない。

 いつも目の前で手放してしまう。非力な昔から何も変われていないのではないか。

  川面に映る自分は随分と情けない顔をしていた。

 もっと自信に満ち溢れ、強そうな顔つきの大人に憧れた。

 けれど今の自分は疲れ切り、すぐにでも倒れてしまいそうだった。

  思わず水面を乱暴に叩きつけてしまう。そんなことをしたって何も変わりやしないのに。夜が更けた静かな森に水音がやけに大きく響き渡る。


  ふっと自分の眼前に淡い黄緑色の光が宙を浮いていた。

 突然現れた光は球体の形をし強い魔力マナを秘めている、精霊だ。この精霊に見覚えがあった。

 カルツソッドからの魔導砲の攻撃を食い止めた後に俺達が居た孤島に多くの精霊が集まっていた。彼らの治癒魔法のおかげで島に居た多くの負傷者が一命を取り留めた。命の恩人だ。

  本来意思を持たない精霊達が自主的に行動を起こしたことに驚きはしたが、どうやら意思を持ち言語を話せる精霊が僅かでも存在するようだ。


『どうか力を貸してください。私達はこの大地を、この地に生きる人々を守りたい』

  そんな精霊の一人が俺に助けを求めてきた。何故エルフではなく、ハーフエルフの俺なんかに。疑問が芽生えたが精霊は言葉を続けた。 

『神は地上の戦争に嘆き、世界の再誕を決めてしまいました。神は本気です。あなた方を、地上を無に帰そうとしています。私達は本来世界の流れに干渉をしない、自然と共に生きるだけのエネルギー体。けれど意思を…いえ、あの子はココロと呼んでいましたかね。私達にもココロが生まれてしまった。神の考えを見て見ぬふりできません』

  確証なんてない。だけど嘘をついているようにも思えなかった。

 精霊の真摯な訴えを無下には出来なかった。


「俺なんかに何ができる」

  誰一人まともに救えなかった自分の存在意義を見失っていた。

 話の真偽よりも俺に助けを求める価値を見出したこの精霊のココロが分からなかった。

『できないことなどありますか?だってあなたの守りたいものはまだ消えていない』

  俺の言葉の意味がいまいち理解できなかったのか不思議そうな物言いだった。

 けれどこの言葉で目が覚めた。力がない、できないと諦めるのは簡単だ。

 思い通りにできていなかったとしても救わない理由にはならない。

 俺が守りたかったものは失われていない。ならばまだ、終わってなどいない。

「俺にどうして欲しいんだ」

『精霊の中でも最もこの世界を愛した子が神の手により消失してしまいました。けれどあの子の遺志を継いだ有翼人、ヘスティアが地上に降り立っています。彼女は地上について無知です。どうか彼女に力を貸してあげてください』    


  精霊の導きでもう一人、協力を求めた人物と出会うことになる。それがクラウスさんだった。精霊はティオールの祠を住家にしており彼とは面識があったそうだ。

 クラウスさんは俺と顔を合わせるなり里での非礼を詫びてくれた。

 カルツソッドでの風祭達のエルフ救出もあり、彼は人間全体への考えを少し改めてくれたようだった。

  俺達が地上に居るとされるヘスティアとどのようにコンタクトをとろうか手段を考えている頃、アルセアの大罪人と称され囚われている天沢達の死刑が宣告された。

 俺は精霊とクラウスさんに彼らの救出を優先させてほしいと頼んだ。

 すると二人は嫌な顔一つせず受け入れてくれるだけではなく、協力もしてくれることとなった。

 まさか現場に探していたヘスティア、美奈子さんや1年の南条や古屋達まで現れるとは思わなかったが、おかげで皆を助け出せたので安心した。


  それからもクラウスさんとはこうして行動を共にしているが、やはり未だに距離感が上手く掴めない。

 やはり鳥羽や風祭のような社交性はひとつの才能だ。俺にはとても真似できない。

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